<ソーシャル・ビジネス時代とファッション④――事例:エコロジー、サステイナビリティ>

 ファッション関連ソーシャル・ビジネスの日本の事例をいくつか見てみたいと思います。

   ソーシャル・ビジネスには、取り組む製品やサービスにより、多様な事例がありますが、このシリーズでは、まずエコロジー/サステイナビリティの視点での取り組み、ついで(次回に)エシカル(倫理・道徳的。人道的)な視点からの取り組み、さらに、特定の製品や素材ということではなく、ビジネスの考え方・やり方が利潤追求だけでない社会性を持っているもの、に分けて私が注目している事例をご紹介します。

  エコロジー、サステイナビリティの事例として取り上げたいのは、オーガニックコットンのアバンティ社と 「風で織るタオル」 で注目された池内タオル社です。

1. ㈱アバンティ―― 1985年に創立された、この分野の草分けとも言える会社で、無農薬有機栽培綿による、糸、生地、布製品の製造・販売に携わっています。 創業者の渡邊智惠子さんは、1990年にイギリス人のエコロジストからの依頼でオーガニックコットンの生地の輸入を手掛けた際、通常の綿栽培には多量の農薬と化学肥料が使われることから、自然環境へのダメージが極めて大きいことをはじめて知ったといいます。同時に、米国のテキサスに、手間ひま惜しまず無農薬有機栽培農法を徹底し、自然と共存しながらコットンを育てている農場主が居ることを知り、オーガニックコットンを広める目的でアバンティを設立しました。 コットンはもともと種類によって異なる色をもっていますが、それを大事にしながら、原綿から糸、生地までの一貫供給態勢を確立しました。はじめは漂白や染色をしないために鮮やかな色が出ないことから販売にも苦労したとの事ですが、だんだんにシンパが増え、オリジナルブランド 「プリスティン」 を開発したことも奏功して、国内各地の百貨店等に販売するようになった、長年の努力による成功例です。

  2008年には毎日ファッション大賞を受賞、2009年には経済産業省「ソーシャル・ビジネス55選」 にも選出されました。また同年には、日本国内の長野小諸での綿花栽培もスタートさせています。毎日ファッション大賞受賞に当たって渡辺さんは、「オーガニックコットンと出合って18年間、一筋に普及、啓発に取り組んできた。 原綿を輸入し、紡績、テキスタイル、製品までを Made in Japan にこだわり、一貫した顔の見える物作りをしてきた。 日本全国の産地で残っている技を、オーガニックコットンの素材に生かしてもらっている。 オーガニックコットンを通して、素晴らしい日本の技を世界に発信することがアバンティの仕事だと思っている」 と述べています。

2.池内タオル株式会社――  愛媛県今治で創業60年の歴史を持つ、タオルのメーカーです。今治地区は日本のタオルの最大産地であり、一時は国内生産の60% のシェアを持っていました。しかし安い中国製品に押されてビジネスが難しくなり、現社長の池内計司氏は 差別性ある高級品を販売する、それも環境に優しい作り方で製造し、世界のトップクラスのタオルメーカーになろうと決意しました。そのため2000 年に業界で初めて ISO14001を 取得し自社ブランドIKT を立ち上げ、翌年には ISO9001 も取得しました。原材料や生産工程で使用するすべての化学薬品の安全性について『 赤ちゃんが口に含んでも安全なもの 』として国際機関の認証も受けています。またオーガニックコットンを原料にし、風力発電100%で作った 『風で織るタオル』(商標登録)を開発、米国の業界トップ小売業であるABCカーペット&ホーム等でも高い評価を得ることができました。「風で織るタオル」と言っても自社発電ではありませんが、通常より2割高い「風力発電による電気」を購入することで、必要な電力をすべて風力で賄っているということです。2013年6月には、国連グローバル・コンパクトが認める環境ラベルである WindMade(ウィンドメイド)の認証を、日本企業として初めて取得しています。 WindMadeとは、風力エネルギーなどの再生可能エネルギーの普及を世界的に後押しし、 気候変動問題の解決に貢献することを目的とする認証です。

 池内氏が本格的に環境問題に取り組むきっかけとなったのは、同社が世界で最も厳しい排水規制もクリアする浄化施設を持っていると聞いて見学に来たデンマークのノボテックス社社長のことば、「これだけの設備を作り上げた技術に驚いたが、もっと驚いたのは、経営者の池内が、環境に関して無知であること」であったと、経済産業省の ソーシャルビジネス注目事例を集めた巻頭特集は語っています。 地球環境に関心が高い企業だったとはいえ、タオルの原材料である綿が、その生産工程において想像を絶する大量の農薬、消毒薬などを使用している現実があります。「使用する綿を100%オーガニックに変更するにはまだ時間を要するが、企業の活動自体が地球に与える環境負荷を最小限にすると同時に、生産するタオルは出来るだけ長期間に渡って製品品質が持続できる物つくりを基本においている」と池内氏は述べておられます。また「『地球にやさしい会社』 と簡単に言うが、オーガニックコットンを作る農家やその愛用者は「地球にやさしい」としても、それで商売をやっている人は、そのビジネスのプロセスが環境破壊をしているケースが多い。自分の会社が受け持っている範囲、わが社であれば、糸を染めて織って製品にする、その間の工程をどこまで環境に優しく出来るか。 社内的には最小限の環境破壊で、を強調している」と池内氏は同社のホームページで語っています。

   (次回は、エシカル視点でのアプローチの事例を紹介します。)

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション③――米国Dress for Success Worldwide>

  ファッションに関わるソーシャル・ビジネスで、私が以前から注目しているのは、米国の Dress for Success Worldwide (略称DSW)です。訳せば「成功のための衣服、世界規模」とでもなるでしょうか。 この団体は、ニューヨークに本部を持つNPOですが、ファッションの社会的役割をフルに活用し、それをビジネス的手法で運営し、社会の問題解決をしているよい事例といえるでしょう。 

  DSW の設立は1999年。その活動を端的に表現すれば 「就職面接にふさわしいスーツを持っていない人を支援するNPO」 です。経済的に困窮する女性は、仕事に就きたい。しかし就職するには面接をパスせねばならない。面接するには職業人として適切な衣服が必要ですが、それを買うお金が無い。米国人が好んで使う “Catch 22” (堂々巡りのジレンマ)の状態にある女性に、面接用スーツとコ―ディネートした靴やバッグを貸し出し、化粧や面接の指南もして、無事に仕事を獲得させるのがねらいです。さらに就職後も1週間を限度に、職場へ着てゆく衣服を貸し出してくれます。

  「職に就きたい女性」は各地の多様な NPO の紹介やクチコミで DSW を尋ねてきます。そこで、専門的な訓練を受けたボランティアのパーソナル・ショッパー(個人のために買い物を手伝う人)に 1対1で 相談に乗ってもらい、プロフェッショナルにふさわしい衣服やアクセサリーを選びます。このパーソナル・ショッパーは、就職面接の準備についても、励ましやサポートを行います。とくに注目したいのは、DSW が、支援を求めてやってくる女性たち――その多くは、失望や落胆、虐待等を経験し、自信喪失に陥っている場合が多い――に対して、品位と尊敬の念を持って対応し、オフィスを出るときには、“自信”と“自分が歓迎されている”という気持ちを持てるように努力していることです。 「私たちが気にかけていることは、彼女たちの過去ではなく、その前途に広がるジャーニー(旅)の手助けをする事なのです」というDSWの幹部の言葉には、重みがあります。

  衣服は寄付によるもので、運営資金は個人や企業、団体からの寄付と DSW 自身が行うファンド・レイジング(資金集め)によってまかなわれています。 現在では  DSW の活動は世界的に広がって居り、オフィスは、米国のほか世界14カ 国、例えばフランス、英国、オランダ、オーストラリア、カナダ、メキシコ、ポルトガル等の 75 都市にあって、活動しています。日本には残念ながら、まだありません。

  「ファッション」がもつ社会的な役割。たとえば、個性の表現や、社会活動にふさわしい TPO などのルール、さらには、適切なファッションにより、背筋を伸ばして自分の将来を考える姿勢を獲得することが出来る、といった精神的な役割を、「経済的に困窮する女性」という社会問題の解決に活かしている DSW の事例は、営利目的の企業ではありませんが、まさしく「ソーシャル・ビジネス」と言えると思います。

(次回は、日本の事例について書きたいと思います)

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション②――日経ソーシャル大賞 受賞者に学ぶ>

  初めて設置された 「日経ソーシャル・イニシャティブ大賞」 を受賞した 「フローレンス」 と 「ケアプロ」 について感銘をうけた点を書きます。

 <フローレンス> (http://www.florence.or.jp/) 

  「大賞」受賞の 認定NPO法人フローレンス は、日本初の病児保育サービスです。働く女性の増加とともに保育園の不足、あるいは入園できない待機児童が問題となっていますが、入園出来たとしても、子供が病気になると保育は受けられません。たとえば朝、元気で通園した子供が熱を出すと、38度以上で即時に保護者へ引き取りに来るよう連絡が来ます。(父親に連絡が行くようになっているケースは少ないことも、日本特有の実態です。) 働く母親は、いつそんな電話が入るか、戦々恐々としながら働いているのです。フローレンスは、代表理事を務める駒崎弘樹が、多くの母親たちのこういった苦労話をヒントに2004年に立ち上げた事業です。

  日本初の この「共済型・非施設型」の病児保育サービスは、現在、東京23区およびその周辺(千葉県、川崎市、横浜市など)の働く家庭約 2200 世帯をサポートしています。 料金は掛け捨て月会費の共済型で、また2012年1月からは東京23区において、子育て中の女性医師 (ママドクター) による病児保育現場への往診サービスを開始。 これまで 「こどもレスキュー隊員」 (病児保育を担う保育スタッフ) が行うことができなかった 「鼻吸い」 「吸入」 を実施することで、子供の回復をさらに後押しする病児保育を提供できるようにもなったということです。 さらに、今年の71日からは、保育所向けの病児保育の割安な新プランをはじめました。 保育所が子供1人当たり 1050円 の月会費を負担し、保護者は利用した場合のみ1 時間 1680円 の保育料を支払う仕組みで、保育者の負担は、通常の自宅プランより安くなるものです。

  女性の子育て支援の必要性が叫ばれている昨今ですが、すでに 10年近く前から、現場が真に必要としている事業を、それも善意の寄付に頼るのではなく、継続できる形を模索し、「自走」出来る形で実施してこられた駒崎氏に、深い敬意を表します。 授賞スピーチでのことば、「子供が熱を出すのは当たり前。会社を休んだために職を失った事例に憤慨した。女性が、子育てしながら働くのが当たり前の社会を目指したい」、が感動的でした。 

<ケアプロ> (http://carepro.co.jp/)

  「国内部門賞」を受賞したのは、ケアプロ株式会社です。これは米国をモデルにした保険証が必要ない「ワンコイン健診」、つまり 500円 から受けられる低価格の健康診断サービスです。生活習慣病等を早期に発見し、受診者の健康は勿論ですが、財政負担が年々増加している医療費の削減をめざすのが狙いだといいます。

  対象は、個人事業主や専業主婦、あるいはフリーターなど。会社勤めの人には企業内健康診断がかなり一般的になっていますが、その機会のない人たちが、安く、かつ簡便に検診を受けられる手段を、苦労を重ねて編み出したのです。 ケアプロは まず独自の調査をして、「500円であれば、80% の人が受信をする」という感触をつかみ、500円を実現する方策を生み出しました。それは、糖尿病検査等で使われる『自己採血』です。通常の血液検査を病院等で行うのでは、500円ではとても採算に合わないし、また医者が立ち会わない採血は法に触れるということもありました。これは、受診者が自分で指に採血用の注射針を刺して少量の血液を取って、その針は捨てる、という手法です。これにより、「コスト」と「規制」の両方の問題を解決しました。 健診は看護師が担当、受診者は看護師のサポートにより自己採血をする。予約も不要という気軽さで、診断結果は約1分から7分でわかるという早さも特長だということです。 全国の駅ナカ、スーパー、企業などでの出張イベントで 3000回 以上の健診をこなし、利用者は 13万人を超え、売上高も順調に伸びている点が評価された授賞でした。

  ケアプロ社長の川添高志氏は、創業以来「14万人以上の検診を実施、その約 3 割の受診者に異常値が発見された」とし、彼らは「もっと早く受診しなかったことを後悔している」と言っています。

  『フローレンス』 および 『ケアプロ』のケースは、いずれも、大きな社会問題でありながら、行政が対処出来ていない問題の解決に取り組んでいる。 とくに、その社会問題が全体としては非常に大きいものであるために、その中には知恵と工夫で解決できる『部分』が沢山包含されているにもかかわらず、見過ごされている、あるいはギブアップされているもの、と言えると思います。

  (次回は、ファッションに関係する ソーシャル・ビジネスを御紹介したいと思います。)