アマゾンの急成長と急激な業態拡大は、小売業界に大きなプレッシャーをかけています。米国の小売り業は、大手はもとより先進的企業も、アマゾンの攻勢に立ち向かうべく、店舗の優位性を生かすデジタル技術の活用方法を模索し、顧客体験の質を高めることに懸命です。いわゆる自社流のオムニチャネル構築に努力しているのです。それは店舗かネットか、の議論ではなく、それらを合体させ、店舗でのショッピング体験を、ネットのように便利でシンプル、イラつくことが少ない親切なものにするための各種技術の実践です。
しかしそれは簡単な事ではありません。ウォルマート、リーバイス、ノードストロムなどの事例でその努力を、ご紹介したいと思います。アマゾンに挑戦する革新的企業の共通点は、 ①商品の革新/差別化、 ②デジタル/EC化=オムニチャネル、顧客セントリックの仕組み(パーソナル化も含め)、 ③デジタル技術がサポートする優れた顧客体験、 ④店舗/売り場の縮小と最適化、です。
「尾原蓉子のNRF2018レポート」では、ウォルマートとリーバイスの事例を紹介しました。繊研新聞社の了解を得て下記に添付していますが、2社のチャレンジのポイントは次の通りです。
<リーバイス>
リーバイスは、元からの小売業ではありませんが、強固なライフスタイル・ブランドとして、早くから小売展開を重視し、サプライチェーン革新のリーダーとして存在感を強めてきました。3年前のNRFでは、リーバイス社EVPでグローバル・ブランド社のジェイムズ・カーレイ氏が、ICタグ(RFID)を付けた製品と棚の上に取り付けたセンサーにより、顧客が商品を手に取ったり試着したり、あるいは売り場を持ち歩いたりするデータ、買上げのデータなどを、MDやオペレーション部門はもちろん本部の幹部までが共有できるシステムを紹介。欠品ミニマイズや適性在庫、売り場のレイアウトなどに役立てていると話しました。今年は同じカーレイ社長が新規開発製品を着用して登壇。新規製品とは、グーグルの“プロジェクト・ジャカード”が開発した、超細い導電性糸を織り込んだスマート・ファブリックを袖口に使った自転車通勤用ジャケット。タッチでスマホ的機能、すなわち電話やナビあるいは音楽を聴く、などが働くものです。彼は、ボブ・ディランの歌とGPSの音声ナビを流しながら、自転車でドラマチックに登壇しました。(画像参照)
「オムニチャネルも、表(顧客との接点)はシンプルだが背後で高度なアルゴリズムを回している」とデジタルに力を入れるリーバイスですが、片方でライフスタイル・ブランドとして絶えず時代の文化の中にいることを重視し、エキサイティングなイベントを次々に企画。「顧客の期待に応えるのは勿論だが、期待されていない驚きをもたらすこと」で、150年ブランドを更に強化・発展させようとしています。カーレイ氏が “未来のブランド” としてあげた4つの要素は、①お客様への執着 (Customer obsessed)、②何かを信じている こと(Stand for something)、③ 絶え間ない革新と鮮度 (Constant Innovation and Newness)、 ④ 初めから最後までのシームレス体験を提供 (Delivering the seamless end-to-end Experience) でした。
<ウォルマート>
EC化に後れを取ったウォルマートは、2016年から急速にネットビジネス強化に舵を切り、総合Eコマースのジェット・ドット・コム(Jet.com)、アウトドア衣料・用品のムースジョー(Moosejaw)、ビンテージ・スタイル婦人服のモドクロス(ModCloth)、ショールーミングの先駆者メンズウェアのボノボス(Bonobos)などのEビジネスを立て続けに買収。Jet.comの創業CEOのマーク・ローリー氏をウォルマート米国Eコマース事業のCEOに任命。売り上げは、2017年2~4月の第1四半期に63%増と急上昇。その後も好調に伸ばしたものの、2017ホリディの第4四半期は23%増と急減速し、現在は店舗中心に展開したオムニチャネルとネットでのホリディ・ビジネスとのバランスのとり方を学習中といった感じです。
商品面では、ユニークなブランドの買収に加え、プライベート・レイベルのファッションを増強。米国アパレル売上 No. 1 のポジションを、2位のアマゾンを抑えてキープしたい、との意気込みが見られます。店内でのテクノロジー活用も、テスト中も含め、売り場巡回ロボット(在庫管理) 、デジタル投影で商品情報提供をするインタラクティブAR(拡張現実)の設置など多彩です。ARデジタル投影技術は、テック家電など詳しい情報を消費者が求める商品で奏功、陳列在庫もミニマイズ出来、品減りも削減できたといいます。(繊研記事の画像 Spacee 参照) 直近では、買物を便利にするスマホ対応アプリを開発、米国の全店舗4700に展開。店内をナビしてくれるもので、顧客は事前に自宅で必要な商品のバーコードをスキャンすることにより、買物の計画を立てることもでき、在庫切れの場合はその情報も送付されます。アプリについては、生鮮品の鮮度把握するアプリも開発し、それによる廃棄節約額が8600万ドルになったと報道されています。 商品の配送については、ネット購入商品の店舗ピックアップ(割引あり)、駐車場でのセルフ・ピックアップ、35ドル以上購入は会費なし2日以内宅配、 等を行っています。
これらを実現するテクノロジーへの注力は並大抵ではありません。そのハイライト、Store#8については、下記の繊研記事をご覧ください。Store#8とはウォルマートのインキュベーション部門で、その責務は、“3~5年先に強力な事業”となるものを見極め育てることにある、と、次世代小売部門担当上級副社長 兼Store#8プリンシパルのロリー・フリース女史は言います。最近の発表では、同社は4月5日に、テキサス州プラノに新規のテクノロジー・センターをオープンし、すでに設立されている同州オースティンの技術センターとともに、店舗支援の新テクノロジーの開発に当たると発表。既存の技術者2000人を擁するシリコンバレー技術センターは、ECビジネスを担当するとのことです。
売上高5000億ドル(約55兆円)の、世界一の小売業が、アマゾンとどのように闘うのか、アパレルビジネスの将来を左右するものがあると注視しています。
<ノードストロム>
パーソナル・サービスやオムニチャネルで業界をリードするノードストロムについては、既に多くの情報が日本にも入ってきているので、ここでは、新業態のNordstrom Localを紹介しましょう。Nordstrom Localプロト第1号として昨年10月、ロサンゼルスのメルローズにオープンしたのは、商品在庫はもたず、サービスに特化した約300㎡の、フルライン店の何十分の1という小規模のお店です。店舗の在り方が、これまでの “商品を並べて接客・販売・持ち帰り” の場 から、ショールーミングに代表される “ブラウジングと情報・アドバイス提供” の場に、そして究極的には “顧客のあらゆる問題解決”の場、に進化する過程を見る思いがする画期的なコンセプトです。この店からノードストロムが提供できるあらゆる商品やサービスをゲット出来るというもので、優れたサービスで知られるノードストロムを、新たなレベルで地元(ローカル)顧客に持ち込んだもの、といえるでしょう。(画像は Nordstrom Local)
Drop-In Service and Style (ちょっと立ち寄るサービスとスタイル)とホームページでうたう Nordstrom Local は、“便利で時間節約サービスの、新しいワンストップ・ハブをチェックにいらしてください” と呼びかけています。実際にそのサービスは、ファッションからバッグ、靴など、ノードストロムが扱う全ての商品から、事前のリクエストにより準備したものを、アソシエイトがゆったりした8つの試着室でフルアテンドのアドバイスしてくれる。カスタムオーダー、お直し、パーソナル・スタイリングも可能で、メンズのトランク・クラブ(Trunk Club)も利用でき、アメニティとしてのネイルサロンやバー(ワインや地ビールを提供)もあるのです。
商品は、2時までの注文ならその日のうちに宅配あるいはピックアップ可能で、ピックアップも、道路脇のカーブサイド(縁石)で車から降りずに引き取りができます。(カーブサイド・ピックアップはそもそもノードストロムが初めて開始したサービスですが、現在ではウォルマートやJCPも追従しています)。ロサンゼルスのメルローズ街とメルローズ・プレイスが交差するあたりでマーク・ジェイコブスの店舗もある静かなところに立地するこの店は、10分ほどの距離に、ライフスタイル・センターのザ・グローブや、センチュリーシティSCがあり、それぞれにノードストロムのフルライン店が入っています。これも、Nordstrom Localという新しいサービス機能を増幅するものと考えられます。
長年ノードストロムのファンである筆者にとっての極め付きは、“ネットで購入した商品は、どこのものでも返品業務を手伝います。郵便局の長い列に並ばないで済みますよ”です。ノードストロム以外で買った商品でも、それがノードストロム顧客に喜んでもらえることなら、喜んでやらせて頂きます、という同社の姿勢が、このNordstrom Localの神髄だと感じます。
小売はローカル・コミュニティにフォーカスするのが最も効果的、と言われます。顧客のニーズを本当によく分かていて、それに対応することを徹底すれば、アマゾンに負けることはない、と確信します。
NRF2018尾原レポート 2月20日付繊研新聞