< NRF 2020大会リポート④ 小売り業のサービス化(1)ノードストロム >

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 NRF 2020のセミナーで私の期待が最も大きかったのは、ノードストロムCEOによる基調セッションでした。タイトルは、「お客様に、お客様の条件でサービスする――エリック・ノードストロムとの会話」 。昨年10月に、宿願のニューヨーク、マンハッタン中心部に旗艦店を完成させたノードストロム。顧客の声を、文字通り吸収しながら、これまでになかった業態、すなわち、従来とは全く異質の「最も体験型」(CEO談)百貨店、ワクワク感とコンシェルジェ機能を提供するお店を作り上げました。 階建て、3.2万㎡のレディス館は、2年前開店のメンズ館と合わせて、「もし、私達がやりたいビジネスで世界でベストになるためには、ニューヨークに出店せねばならない」 という先代からの夢を実現するものでした。(画像① レディス館前景。NRFプレゼンより)

 百貨店のディスラプションが求められているいま、ノードストロムがその一つのヒントを提供してくれるのではないか、と私は考えています。

<ノードストロムのニューヨーク旗艦店>

画像① ノードストロム NY旗艦店 (NRFプレゼンより)

 共同CEOエリック・ノードストロムは語ります。「2012年のリース契約時点では、従来型の店を考えていました。しかしこの間消費者も環境も激変。いまやECとリアルの境界線はない。顧客にはチャネルという考え方がないし、またフルプライス、オフプライス、ECと、横断して買い物している。店舗の売上を分析すると、その50%以上が何らかのネット行動と関係しており、EC売上の1/3以上が店舗での体験を含んでいることが分かったのです。」

 そこで実現したのが、マンハッタン57ブロードウェイの旗艦店を中心に、衛星のようにNordstrom Local 2店、Nordstrom Rack(オフプライス)2店、Trunk Clubがマンハッタンに広がる構図でした。(画像② マンハッタンに広がるノードストロム店舗。同社ホームページより) 

画像② マンハッタンに広がるノードストロム店舗。(同社ホームページより)

    旗艦店の内部は、高い天井のゆったりした空間に、シンプルで斬新な移動什器を多様に活用、シーズン毎のファッションをフォーカルポイント的に提示しています。(画像) 

各売り場は、商品がかなり絞り込まれていて見やすく、売り場の表示も親切です。他の百貨店のようにラックいっぱいに商品が下がっている、といった感じはありません。

画像③ ファッション売り場 フォーカルポイント

画像④ BOPISのピックアップ棚 オープン棚だがアソシエイトが手渡し

 扱い商品はデザイナーからDTC、ユーズドまで。サービスコーナーがあちこちに配置され、コンシェルジェ・デスクに始まり、BOPIS(ネット注文の店舗ピックアップ)(画像)、お直しや刺しゅうなどのカスタマイズコーナー(画像、ファッションのスタイリング・サービス、ビューティ関連ではエステからパーソナルケア、ウェルネス等々。その他多様なサービスがあります。

 画像⑤ お直しコーナー 「お待ちの間に、、」

店内には10のレストランやバーが点在し、売り場からの閉鎖性が少なく、リラックスした雰囲気です。極め付きは、靴売り場のShoe Bar(画像)。売り場の中に本格的バーのようにボトルが並んだカウンターがあります。グラスを片手に買い物する顧客が微笑み、知らない客同士の会話がも弾んでいるとのこと。エリック・ノードストロムCEOは、「なぜもっと早く気付かなかったのか!」と述懐。NRFに参加したプレス招待レセプションも、この靴売り場(地下1階)で開催されました。

画像⑥ 靴売り場にあるバー Shoe Bar

 Nordstrom Local は、2017年秋にロサンゼルスで2店を試行した商品陳列が少ないサービス中心のミニ店舗です。ニューヨークでは在庫もサンプルも無い、ロサンゼルスよりは大分小ぶりの地域密着のサービス専門店舗になっていますが、顧客に身近かに位置して旗艦店を補完しながらノードストロム全体としてのサービスを提供しようとしているコンセプトは同じです。機能としては、BOPIS、返品・交換、お直し(他店で購入したものも)、事前にアポを取ればスタイリングも行います。

 ノードストロムは大会後の1月30日に、 See You Tomorrowの名でセカンドハンド商品の販売も発表、翌日から店舗のコーナー展開で販売開始しました。プレスリリースによれば 「お客様が自分が買ったブランド、あるいはどういう買い方をしたかについて“フィールグッド”(いい気持ち)になるよう、服やアクセサリーを同社のクリエイティブ・プロジェクト担当VPのオリビア・キムがキューレイトして提示しているとのことです。商品の仕入れは前回紹介したヤ―ドルとの連携によるもののほか、消費者からの持ち込みもあります。同社のバイヤーが評価し買い上げを決めた商品については、ギフトカードの形でネットあるいは店舗で支払われる仕組みです。 

 これらの新しい挑戦が百貨店の未来を拓くものになるか? 百貨店が総じて苦戦を強いられている中で、「お客様の声」に忠実に耳を傾けながら、絶えず変化を続けてきたノードストロムという小売企業を、いま改めて見直してみたいと思います。

<百貨店の栄枯衰退とノードストロム>

 米国における百貨店の歴史を大づかみに見ると、4つのステージをたどってきました。まず第1に、「都市化」(アーバナイゼーション)の時代です。産業革命の進展と中産階級の台頭とともに百貨店が誕生し発展しました。 

第2は、第2次世界大戦後に急速に進んだ 「郊外化」です。戦後の平和と新ファミリーの急増が郊外化を促進、郊外に ショッピング・モール” が誕生し存在感を強めた時代です。1950年代末には時流に乗ったおしゃれな百貨店は、その中心的存在になりました。

3は、「専門化」の時代です。郊外化は不動産ビジネスにチャンスを広げ、1980年代には多くの専門小売業が成長しました。家電や書籍や玩具といった専門大型店、いわゆるカテゴリーキラーが急成長すると同時に、小型の専門店も、モールのテナントとしてビジネスすることにより、それまでの百貨店すなわちデスティネーション・ストアとしてのワンストップ小売業と、競争しないでも済む環境が生まれました。この段階で百貨店は、それまで保持してきた競争優位を失ったのです。

「デジタル化」の時代には、インターネットの浸透とEコマース、すなわち百貨店を当てにしなくても販路が得られるネット小売業の拡大、あるいは自らが消費者に販売するDTC(消費者直販)などの業態が台頭し百貨店に変革を迫りますが、他の伝統的産業(雑誌や新聞)同様に巨大なレガシー体制と抜本改革を躊躇する意識がそれを阻み、変革が遅れてしまっている、と言えるでしょう。これまでの顧客層が高齢化し、デジタル世代のミレニアルやZ世代を取り込むことが出来なければ、百貨店の回復は困難と言わざるを得ません。

 ノードストロムも決して順調な成長を続けているとは言えません。しかし同社の「絶えず顧客の声に耳を傾け、顧客の行動をもとに考えるDNAともいえる社風と、いつも危機感を持ちながら柔軟にかつ大胆に新規プロジェクトに取り組んできたノードストロムは、明らかに「次世代の顧客にも評価される小売り業」への実験を重ねています。ネットでの売り上げも、35%を超えたといわれています。

 そもそもノードストロムの創業は百貨店ではなく、スエーデンからの移民(ジョン・W・ノードストロム)が始めた靴の専門店でした。彼は16歳の時にわずか5ドルの所持金でニューヨークに上陸。アラスカの金鉱掘りなどで貯めた資金で1901年、ワシントン州のシアトルに靴専門店を開店、成長。その後、1963年に事業拡大を目指し婦人アパレル専門店の Best を買収。1971年上場して正式に Nordstrom,Inc.になり、その2年後には年商1億ドルを超え、西海岸最大の専門店になり、1978年には南カリフォルニアに進出。1988年には東海岸初めての店舗を首都ワシントン郊外に開店、はじめて米国全国展開の小売業となりました。このころから、大型専門店(サックスやノードストロム)が、扱いカテゴリーを減らす百貨店との区別がつけにくくなり、百貨店と呼ばれるようになったのも、歴史の一部です。

 現在の経営陣は、このノードストロム家の4代目に当たります。ノードストロムの創業時からの哲学は、「顧客に、可能な限り最良なサービス、品ぞろえ、品質、そして価値を提供すること」でした。各世代が、まじめに謙虚にそれを継承し、今日に至っています。筆者もノードストロム幹部との会合などで、彼らが何かにつけ「What did customer say? お客さんは何と言っているの?」 とスタッフに問いただすのを聞いてきました。「Customer is always right.お客様は常に正しい」 とする顧客セントリックの考え方と実践がノードストロムの神髄であると感じています。

 今回のコロナウイルスの問題でも、ノードストロムは他社に先駆け3月8日に、顧客に対してメルマガを配信。 「エリック&ピート・ノードストロムから」 という形式ばらないこのメールは、「コロナウイルスによる私たちのコミュニティへのインパクトが高まる中で、お客様の皆さんと直接にコネクトし、皆様と従業員そしてコミュニティの安全と健康を守るために、私どもが店舗とビジネスを通じて取り組んでいるステップをシェアしたいと思います」の書き出しで始まる短いものですが、同社が行っている消毒や販売スタッフの行動などを簡潔ながら誠意と具体性のあふれる文章で伝えるもので、感銘を受けました。(ちなみにエリックとピート、とは、同社の経営トップ、CEOとチーフ・ブランド・オフィサーです)。

 このメールは業界に反響を呼び、あるコンサルタントは、“すべての会社のテンプレート(ひな型)になるもの” と高く評価しました。その後1週間たって、多くの企業が同様のメールを送り始めました。ひるがえって日本では、米国より早くからウイルスの拡大に神経をとがらせて来たにもかかわらず、私のところに来るメルマガはいまだに「新着ご案内」や「あなたへのおすすめアイテム」ばかりであることを悲しく思います。

 「小売業の未来形」について、ご意見をお聞かせ下さるとうれしく思います。

                               NRFリポート④ End