「オムニチャネル」は、2年前のNRF大会で初めて紹介された 「マルチチャネル 」の進化概念です。 マルチチャネル (店舗以外にカタログやインターネットなど、複数のチャネルでビジネスを行うこと) は、やがて 「クロスチャネル」 (ネット注文したものを店舗でピックアップする、などのチャネルの交差が可能) と呼ばれるものに発展しました。 そしていま、消費者が “シームレス(つなぎ目なし)”、つまり、店舗やネット、スマホなどのチャネルの違いを意識することなく、いつでも、どこからでも、買い物が出来る環境が可能になった、 これが 「オムニチャネル」 です。
「オムニ」 とは 「あまねく」 「全部の」 といった意味ですが、「オムニチャネル」が革命的と捉えられるようになった最大の要因は、「モバイル」(スマートフォーンやタブレット)の急速な普及です。 消費者が「モバイル」 (これは実は電話というよりコンピュータ) を 常時身に付けるようになったことで、自宅や会社のパソコンを使わなくても、ありとあらゆる「場所」から、どんな「時間」にでも、あらゆるチャネル(店舗、ネット、ソーシャル・メディア、など)にアクセスし、必要な情報検索はもとより、商品や価格の比較、フェイスブック等での他人の評価などの入手、買うかどうかの決定、購買アクションをとり、その体験をツイートする、といったことが可能になったのです。
そして企業側は、消費者に、このシームレスで、いらつかない買い物体験を提供することが、厳しい競争に勝つ重要な戦略になりました。
日本では最近、 「O to O」(オンラインtoオフライン) と呼ばれる 「ネットで集客して店舗で買って頂く」 やり方が注目されています。しかし、オムニチャネルが 「O to O」 と異なる点が大きく2つあります。 第1は、「オムニチャネル」 が、ネットとリアルの融合戦略だけでなくソーシャル・メディア等も含むものであること。 第2に、(これが非常に重要なのですが) 「企業の視点」 ではなく 「顧客の視点 」 に立った仕組みであること。 つまり顧客が主体性を持って、自らそのプロセスをコントロールするものだということです。言い換えれば、これまで言われてきた「顧客視点・顧客起点」が、お題目でなく本当に消費者主導で、実現した、といえます。
NRF大会で紹介された 「オムニチャネル」 事例
オムニチャネルの先駆的事例としては、ラルフローレン、ノードストロムやメイシー等があげられますが、今年の大会では、ベルク百貨店の事例が紹介されました。ベルク百貨店は、米国南部16州に300店弱を展開する年商約40億ドルの老舗百貨店(非上場)ですが、百貨店業界が一般に低迷する中で自社の将来を確固たるものにする為に、大改革に取り組みました。 改革全体は、「モダ―ン文化と南部流おもてなし」を目ざして、ブランディング、大規模改装、旗艦店拡大に取り組むものですが、オムニチャネルはその重要な一環として戦略的に取り組んだものです。
5年後に年商を60億ドルにすることを目標としたこの大改革は、そのために5年間で6億ドルを投資(うち3.6億ドルがIT関連)するものでした。売上40億ドルの百貨店が6億ドルを投じる大決断を出来たのは、自社のデータでした。それは、ネット利用のみの顧客の年間買い上げ額と、店舗のみの顧客の買い上げ額が、それぞれ100ドル、352ドルであるのに対して、ネットと店舗の両方を使う顧客は1064ドルと、店舗のみの顧客の3倍と、格段に大きいことが分かったからです。
「オムニチャネル」への取り組みは、「デジタル・ジャーニー第3フェーズ」として行われました。因みに、第1フェーズは、ネット通販拡大(2015年には現在の3.3%を10%に)。 第2フェーズは、基本的なインフラ構築とMDシステムの再構築、でした。
「オムニチャネル」 (第3フェーズ)実現のロードマップ(行程)は27カ月にわたるもので、そのプロセスは図に見る通りです。これは、NRF大会でベルク百貨店のトーマス・ベルクCEOが講演で使ったスライドで、 行程は5つに分かれています。
① Eコマース基盤の確立――ネットビジネスの基盤整備
② POSの入れ替え―― 従来のレジスターをモバイルPOSに切り替える
③ モバイル対応の拡大―― モバイルからの受注・モバイルへの発信の体制を整える
④ 顧客データの統合――顧客情報の一元管理
⑤ 在庫の一元管理――全てのチャネル共通に在庫データが確認が出来るシステム
行程の進捗状況は、今中間点に来たということですが、ベルクCEOはこの改革プロジェクトの大きさを 「偉大なる挑戦だ。住みながらキッチンを改装する様な事業」 と述べています。 「オムニチャネル」は、「すぐれた顧客体験」を提供するためのものですが、ベルク社は、地域のコミュニティへの貢献や、顧客エンゲイジメント(顧客に愛着を持ってもらう)のために、大学のフットボール大会 “Belk Bowl” の開催や、乳がん早期発見のための “マンモグラフィー・トラック” の地域巡回などにも力を入れています。 これは、オムニチャネルに直接かかわるものではありませんが、ベルク百貨店のファンづくりのため、オムニチャネルをサポートする重要な活動です。
(次回は、FITセミナー「オムニチャネル時代のファッション・ビジネス」報告)