ファッションに関わるソーシャル・ビジネスで、私が以前から注目しているのは、米国の Dress for Success Worldwide (略称DSW)です。訳せば「成功のための衣服、世界規模」とでもなるでしょうか。 この団体は、ニューヨークに本部を持つNPOですが、ファッションの社会的役割をフルに活用し、それをビジネス的手法で運営し、社会の問題解決をしているよい事例といえるでしょう。
DSW の設立は1999年。その活動を端的に表現すれば 「就職面接にふさわしいスーツを持っていない人を支援するNPO」 です。経済的に困窮する女性は、仕事に就きたい。しかし就職するには面接をパスせねばならない。面接するには職業人として適切な衣服が必要ですが、それを買うお金が無い。米国人が好んで使う “Catch 22” (堂々巡りのジレンマ)の状態にある女性に、面接用スーツとコ―ディネートした靴やバッグを貸し出し、化粧や面接の指南もして、無事に仕事を獲得させるのがねらいです。さらに就職後も1週間を限度に、職場へ着てゆく衣服を貸し出してくれます。
「職に就きたい女性」は各地の多様な NPO の紹介やクチコミで DSW を尋ねてきます。そこで、専門的な訓練を受けたボランティアのパーソナル・ショッパー(個人のために買い物を手伝う人)に 1対1で 相談に乗ってもらい、プロフェッショナルにふさわしい衣服やアクセサリーを選びます。このパーソナル・ショッパーは、就職面接の準備についても、励ましやサポートを行います。とくに注目したいのは、DSW が、支援を求めてやってくる女性たち――その多くは、失望や落胆、虐待等を経験し、自信喪失に陥っている場合が多い――に対して、品位と尊敬の念を持って対応し、オフィスを出るときには、“自信”と“自分が歓迎されている”という気持ちを持てるように努力していることです。 「私たちが気にかけていることは、彼女たちの過去ではなく、その前途に広がるジャーニー(旅)の手助けをする事なのです」というDSWの幹部の言葉には、重みがあります。
衣服は寄付によるもので、運営資金は個人や企業、団体からの寄付と DSW 自身が行うファンド・レイジング(資金集め)によってまかなわれています。 現在では DSW の活動は世界的に広がって居り、オフィスは、米国のほか世界14カ 国、例えばフランス、英国、オランダ、オーストラリア、カナダ、メキシコ、ポルトガル等の 75 都市にあって、活動しています。日本には残念ながら、まだありません。
「ファッション」がもつ社会的な役割。たとえば、個性の表現や、社会活動にふさわしい TPO などのルール、さらには、適切なファッションにより、背筋を伸ばして自分の将来を考える姿勢を獲得することが出来る、といった精神的な役割を、「経済的に困窮する女性」という社会問題の解決に活かしている DSW の事例は、営利目的の企業ではありませんが、まさしく「ソーシャル・ビジネス」と言えると思います。
(次回は、日本の事例について書きたいと思います)