エコ・サステイナビリティ

新型コロナと小売りビジネス③ ――ポストコロナ 求められる7つのアクション

 新型コロナの感染が全国的に広がっています。経済活動の復活が感染第2波を増幅し、再度の緊急事態宣言にならないことを祈るばかりですが、世界の感染拡大を見ても、これからは 「ウィズコロナ」 社会をどのように生きるか。さらなる知恵と工夫が必要であり、感染症に強い社会のあり方について考える必要があります。また個人にも企業にも、生き残るための覚悟と努力が求められていることを痛感します。ワクチンが開発されても、しばらくは安心出来そうにない生活。そして、自然破壊が加速する異常事態の発生を抑える努力をしながらの新しい生活、です。 

変化が起こり始めた日本

 しかし、この4か月ほどの間に、日本が大きく変化しはじめたことは、不幸中の幸いです。とくに長年課題と言われながら岩盤的に強固で崩せなかった規制や社会・ビジネス慣習に、ディスラプション(創造的破壊)が起こり始めたことを喜んでいます。コロナがカタリスト(触媒)役を果たしてくれ、リモートワークやリモート講義をはじめ、公共機関へのデジタル申請、ハンコ無し承認など、日本の旧態維持志向を打ち崩しているのです。

 そして何よりも、これらにより、日本のデジタル化の遅れ、さらに縦割り行政と暫定的でパッチワーク的な施策でがんじがらめになっている行政や企業活動の閉塞状況が明らかになったこと。(“目詰まりを起こしている”とは言いえて妙ですが、それが一国の首相の言であることが悲しいです。) しかしながらそれによって、人々のマインドに、「個」と「合理性」を重視した新たな社会制度の構築への期待と意欲を生んでいることには、勇気づけられます。私も初めて知ったことですが、例えば薬局では「処方箋40枚につき1人の薬剤師配置が義務付けられている」とか、「タクシーによる日用品配達は違法」、などの規制には、今どきの社会やテクノロジー環境から考えると唖然とします。住民登録や税・社会保障などを管理するシステムの仕様が自治体ごとに異なっていて、国や自治体のデータ連携に手間取る、などの現状は、だれが見ても即改善が必要です。

 リモート会議やリモートセミナーは、やってみると意外にメリットも大きく、リモート観劇やリモート飲み会も、“ウィズコロナ”環境ではOKと思うようになった人が多いと思います。ヤフー社が戦略立案を担う人材として、副業者100人(フルタイム勤務中)の募集を始め、人材派遣会社のパソナが副業人材の紹介サービスを開始するのも、象徴的な変革です。形骸化した長年のルールから、たとえばコンビニ最大手のセブンイレブンが、効率化の極みとされた“全国統一店舗”から各店オーナーの自主性と現場裁量重視の運営に転換する、というのも、コロナ危機が加速した変容でしょう。       

 ルルレモン社のハイテク・ミラーによる自宅エクササイズ (Mirror社ホームページより)
  海外では、多様な革新が急ピッチで進んでいます。例えば北米のヨガ・エクササイズ企業として著名なルルレモン・アスレティカ社の、Mirror社買収がそのいい例です。ルルレモンの顧客は、ミラー社のデジタル装備の大型鏡を自宅に設置することで、インストラクターの身体の動きを見ながら指導やデータ提供を受け、多様なエクササイズを、自宅でマイペースでやれるようになりました。(画像参照) ウォルマートは食品の冷蔵庫デリバリーを始めました。従業員が、特殊な機器を使う「スマートエントリー」技術で鍵を解除。利用者の留守宅に入り、商品を冷蔵庫の中まで届ける仕組みで、顧客はスマートフォンで配達の様子のチェックもできます。他にも、消費者セントリック視点に立った、簡便で低コスト、楽しみながら実利を得られるといった、新たな価値創造のビジネスが台頭しています。

 「ポストコロナ:必要な7つのアクション」

 今回は、前回紹介したマッキンゼー社の Next Normal:思考から実現へーー何をやめ、何を始め、何を加速するか」 と題した論説、「ポストコロナ:7つのアクション」 を深堀りすることにします。この論説は、全産業をグローバル視点で論じたものですが、これにファッション流通の観点からとらえた私の考えを加えて書きました。“売り上げをどう取り戻す?”、あるいは“顧客/社員に安全な感染対策”など目前の問題の先にある、本質的な課題を見据えて、広く長期的視点からウィズコロナ時代を考えるべし、とのメッセージです。

ネキスト・ノーマルへの7つのアクション:何をやめ、何を始め、何を加速するか

 ビジネスがネキスト・ノーマルに移行する中で、非常対応でうまく機能したことの評価と、新たに注力すべきものとして、次の 7つの行動」 が挙げられています。

 1.  オフィスが寝場所 から→ 効果的リモートワーク へ

2.  ライン/サイロ(縦割り組織) から→ ネットワーク/チームワーク へ

3.  ジャストインタイム から→ JIT&JIC(ジャストインケース) へ

4.  短期のマネジメント から→ 長期視点のキャピタリズム へ

5.  トレードオフ から→ サステイナビリティを包含 へ

6.  オンライン・コマース から→ コンタクトフリー経済 へ

7.  単純な復帰 から→ 復帰 そして 再考/再構想 へ

1.「オフィスが寝場所」 から→ 「効果的リモートワーク」へ        From ‘sleeping at the office’ to effective remote working>

 リモートワークは、自宅用パソコンさえ与えれば、すぐに実現するものと考えてはいけない。働き方、特に、“オフィス(仕事場)が睡眠・食事・リラックスの場を兼ねる” という新たな生き方を、どう組み立てるか。仕事時間と私的生活時間の境界線を明確にせねば、リモートワークの効果は限られ、長続きしない。オフィスを出たら「その日の仕事は終了」というオフィス勤務時代の区切りは重要であった。境界線を明確にする仕組みをつくる。たとえば、「Eメールは、所定時間外は返事しなくてOK」 ルールなど。廊下での立ち話や、電話一本で仕事が片付いた、といった相互アクションは貴重だった。これがないリモートワークでは、例えばコーヒーブレイクの時間を共有する、なども有効。
 協働(コラボレーション)、柔軟性、インクルージョン(多様な人の巻き込み)、アカウンタビリティ、など、長年実行が進まなかった課題が、コロナによって大変革するだろう。通勤不要により、体の不自由な人も含め、すべての人が参画できるメリットは大きい。シングル・ペアレントなど、人材を広範囲からの確保が可能になる。
<筆者加筆> 日本でも驚くべき速さでリモートワークが拡大しました。今後についても、「7割以上の企業が今後も継続する」、「週2日はリモートで」、「元へはもどらない(もどさない)」などの調査結果が出ています。

 日本の場合は、これまでの時間管理に基づく仕事の仕方から、“ジョブ”型、と言われる働き方への移行が必要になるでしょう。“ジョブ”型とは、職務を明確に規定し(ジョブ・ディスクリプション=職務規定書に基づく)、成果を評価しやすくする制度で、従来型の時間ベースの管理が難しい在宅勤務に適しています。これにより、スタッフが主体性をもって働くという自主管理の仕組みも広がり、管理職の仕事も大きく変化します。必要な管理職、組織の多層構造に大きな変化が起こると思われ、この変化を有効に活用するチャンスが到来しました。

 リモートワークとは一言でいえば、「リモートから仕事」、というよりは、「最も人間的で、ストレスが少なく、生産性が上がる働き方」 をどう創るか、という変革です。

 

2.「ライン/サイロ(縦割り組織)」 から→ 「ネットワーク/チームワーク」へ         From lines and silos to networks and teamwork

  いろいろな部署の会議。2時間かけていたものがキャンセルされたが、各段困ったことは起こらなかった。ミッションと緊急性を明確にし、その問題に関係ある人だけが、縄張り争いでない議論を、役職でなく専門能力をもとに議論する。「総力を挙げて(全力投球)」は長続きしない。うまく作動することを制度化せよ。「より早く、より速く行動し、より確信をもってやるのがベスト」。
 アジリティが重要。アジリティとは、「価値創造・価値保全のチャンスに向けて、戦略、構造、プロセス、人、テクノロジーを、速やかに再構成できる能力。アジリティは、データに基づくものでなければ、意味がない。問題解決のベースとなる分析能力の創造と加速が不可欠なのだ。アジャイルな企業の意思決定は、トップダウンのコマンド&コントロールではなく、分散的である。日常的意思決定は、アジャイルなチームに任せて、シニアマネジャーは会社の存続にかかわる意思決定に取り組む。新たな組織のパラダイムは、エンパワメントとスピードだ。特に情報がつぎはぎの時には。
 エコシステムとして考えることも重要。別々の単位としてではなく、相互に関係する“生態系”的に考える。供給業者、パートナー、ベンダー、親身な顧客が、協業する方策を探る。特に危機の時は、トランザクションだけでなくトラスト(信頼)に基づく関係性が大事。

<筆者加筆>  日本で一般的な縦割り組織は、大組織とくに官僚機構に目立ちます。今回のコロナ対応で、並立する縦組織間の対立や、対応のちぐはぐさが浮き彫りになりました。<縦割り組織から →ネットワーク/チームワークへ>は、ポストコロナの日本にとって最大の課題といえます。

 Zoom会議で私が期せずして体験したことは、画面に映る参加者の顔の画像は皆同じサイズ。声も(大きい人でも)機械が標準化。つまり、平等・並列の仕組みが自ずと出来ているのです。これは絶好のチャンス。「これまで会議では、上司や権力者に配慮して率直な意見が言いにくかったが、リモート会議では臆せず発言できた」という若手の声に、変革と活力を感じました。

 

3.サプライチェーンは ジャストインタイム から→ JIT & JIC(ジャストインケイス)へ

From just-in-time to just-in-time and just-in-case supply chains> 

 サプライチェーンを、個々の部品のコストを基に最適化することはやめよ。主要な原材料の仕入れ元を一社にするのも止めよ。個々のトランザクション・コストより全体の価値最適化end-to-end value optimizationに努力せよ(失敗で学んだ)。弾力性と復元力、とスピード重視のサプライチェーンの再構築が不可欠。 

 ファッション業界は、中国集中から他のアジアや中米、東ヨーロッパなどに移行することを考えている。クリティカル部品の製造は、サプライチェーンのローカル化、より協働的な関係を築くことを考えよ。国内生産か海外生産(オフショア)か、を自問するより、「より大きな価値を創造するサプライチェーンを構築できるか?」 を、出発点にする方がよい。答えは多くの場合、マルチ・ショアであることが多い。1つに絞るリスクから回避もできる

 ネキスト・ショアリングと先端テクノロジーの活用を加速せよ。企業はよりフレキシブルな、そして、ジャストインケース(万一の場合)の対応ができるサプライチェーンの構築に注力すべし。ネキストノーマル時代のネキスト・ショアリングは、①その商品のローカル需要に対応出来るよう生産が顧客に近いところで行われるのがよいのか、②革新的なサプライ拠点の近隣でテクノロジーの変化に遅れないためになすべきことは何か、を明確にすることである。ネキスト・ショアリングとは、生産がどのように変化しているか(特にデジタル化と自動化)を理解することだ。フレキシブルなロボット活用、3Dプリンター、その他のテクノロジー活用が重要だ。労賃は、多くの場合、小さな要素だ。

<筆者加筆>  日本のファッション業界で変容が不可欠と筆者が考える最大の問題は、サプライチェーンが長いこと、その中に中間業者が多層に介在することです。卸機能が介在する形態は、コスト増の問題以上に、企画・生産・在庫・販売を一元管理できない、スピード対応が出来ない、エンドユーザーに直接つながらない、といった問題があります。米国で近年注目されてきたDTCDirect to Consumer=メーカー/創り手から消費者へ直結)はまさしくポストコロナ時代のビジネスモデルと言えましょう。

 デジタル化も日本の喫緊の課題です。たとえばデザイナーがペン入力でデザインを描くペンタブレットは、世界ではごく当たり前に使われています。またそれを取り込むPLMProduct Lifecycle Management=製品ライフサイクル管理)の活用も拡大しています。製品の設計図や部品表などのデータを、企画段階から廃棄、リサイクルに至る全行程にわたって関係企業で共有することによって、製品開発力の強化や設計作業の効率化、在庫削減やスピードアップを目指す取り組みです。これが、コロナ禍のもと、日本でも加速することを期待します。このシステムが、従来の“順送り”から、フラットで水平的な“同時進行”のシステムであることも、ポストコロナの時代の典型的な仕事の進め方だと考えます。

 

4.「短期の経営」 から→ 「長期視点のキャピタリズム」へ                 From managing for the short term to capitalism for the long term> 

  四半期ごとの収益予測はやめよコロナ感染拡大という予測困難な状況の中で、収益予測を出さない企業も増えたが、これは良いことだ。本質的投資家は、企業を四半期よりはるかに長いスパンで見ており、目先の施策よりはもっと深く収益を見ている。

 株主価値を唯一の目標とすることも止めよ。企業には利益を上げるという基本的責任があり、投資リスクを取る株主に報いることは重要である。しかし、価値創造と、従業員・サプライヤー・顧客・債務者・社会・環境の利益になるよう努めることの間には、本質的な対立はない。

 リーダー、次期CEO、への照準を開始し、パートナーと共によりよい未来を創る仕事に取りかかれ。CEO継投の平均年数は、10年(1995年)から5年に短縮している。世界のトップ企業のCEOは15年(ハーバードBS調査)で、ボード(取締役会)と密接な関係で危機を乗り越えている。

 資源の再配分を加速せよ。経営者は、「柔軟性」 「アジャイル」 「革新的」、という言葉を好んで使うが、実際の予算を見ると、「慣性・惰性」の方が目を引く。先の経済変容での「インフラ」とは、道路やパイプラインだった。民主的社会では、政府が計画を立て安全やその他の規制を確立し、企業が実際の構築をする。今これが2つの分野で必要だ。一つはデジタル・テクノロジーの抵抗不可能な台頭、もう一つは労働市場だ。 McKinseyは2017年に、「2030年には職業の3分の1が自動化される」 とした。よって、ミッド・キャリア人材の職業訓練とより効果的なOJTが必要だ。特に働く人に求められるのは、アジリティ。現在のシステムはそれに向いていないからだ。

<筆者加筆> 日本はこれまで、米国よりも長期的な企業の存続を重視し、そのための人事・労務制度を取ってきました。しかしそれは、保守・安定志向で、大胆な変革を避ける結果になっています。今回のコロナ禍は、日本企業に経営と人材活用の抜本的な変革を迫るものです。さらに、ファッション・流通産業では、目先のトレンドや表層的な価値を追う短期的な収益志向で推移してきた企業が大半と言っても過言ではないでしょう。企業の持続的発展、とくに顧客・消費者に信頼され愛される会社/ブランドになる。そのためには、What(何をやる)、より前に、Why(何のために)、が重要です。パーパス(企業存在の目的、社会における存在意義)と言い換えてもいいでしょう。Why をぶれない理念として持ちながら、時代の変化に柔軟・果敢に対応し、長期に存続する企業が成功する時代になっています。

 

5.(環境問題は) 「トレードオフ」 から→ 「サステイナビリティ包含」へ

From making trade-offs to embedding sustainability> 

 環境問題は、二律背反(片方を取れば、他を捨てなければならない)から、本業ビジネスに包含するものにせねばならない。また環境の問題を、コンプライアンス(規則・法・社会の要求などに従うこと)の問題だと思ってもいけない。なぜなら環境問題は、マネジメントと財務上の中核となるイッシュー(問題)だからだ。英国の保険会社は、「ハリケーンのサンディが、米国の海面を引き上げたことで保険に30%のダメージを与え、2035年までには英国の洪水リスクは倍になる」としている。これを無視すれば、2016年のカナダの山火事後のように、保険料金は大幅にアップするだろう。

 世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEO、ラリー・フィンクは、最近の企業CEOへのメッセージのなかで、気候リスクは投資リスクだ。投資家は気候リスクをどうポートフォリオに入れ込むか、答えを探しており、リスクと資産価値を再評価している」 と述べている。環境戦略を、復元力優位と競争力優位の源泉だと考えよ。

 新型コロナ・パンデミックは、世界のサプライチェーンを凍結した。米国の食肉生産は停止され、ブラジルは二毛作が困難になった。サプライチェーンの柔軟性を再構築する中で、環境要因への考慮は不可欠だ。気候リスクは地理的に偏っている。地域によっては、物理的あるいは生物学的にティッピング・ポイント(ある一定値を超えると物事が一気に広まっていくポイント) に近くなっている場所もある。コロナは突然のショックであり世界を同時に襲った。気候変動危機は、時間軸も危険が蓄積する点でも違いはあるが、いずれも、レジリアンス(弾力性/回復力)とコラボレーションが不可欠な点では、同じだ。コロナ禍と気候変動による危機とは、似たものだと考えるべきだ。温暖化はまた、感染症の発生にもつながる。

 

<筆者加筆> 日本のファッション・ビジネスでは、サステイナビリティの問題を、主に資源の再利用や廃棄物削減の問題として対応してきました。しかしファッションを扱うビジネスは、基本的に流行により商品の陳腐化を促進して新たな購買を促すビジネスとして発展してきた特性をもち、その底流にある量産・大量流通・大量廃棄の仕組みも合わせて、ビジネスの考え方自体を変えなければならなくなりました。ポストコロナ時代は、自社のパーパス(目的)を明確にして、まったく新たなビジネスを再構築する必要があります。以前のこのブログで触れた国連のSDGs(持続可能な開発目標)にのっとった企業経営やサプライチェーンの構築が、新たな時代のチャレンジです。環境問題や労働倫理(エシカル)の問題、人が人間らしい生活を送れること、などの解決策が、本業のビジネスに取り込まれている(寄付行為や広報活動ではなく)、そんな社会的企業が求められるでしょう。

 

6.「オンライン・コマース」 から→ 「コンタクトフリー経済」へ

From online commerce to a contact-free economy

 コンタクトレス経済を、いずれおこるもの、と考えてはいけない。

コンタクトレス運営への転換のスピードは早い。ヘルスケア(健康・医療)がよい例だ。2019年英国で、初診をビデオで行ったケースは1%以下だったが、ロックダウンにより100%がリモートになった。小売業のカーブサイドピックアップも急速に普及したし、オンライン・バンキングはコロナ禍で10%から90%まで拡大。しかも、トランザクションの質の低下なしでだ。B2Bでも、例えば建設現場で、無人重機を何マイルも離れたところから操縦が可能になった。

 非常事態での変革を、いかにキープし拡大するかを計画すべし。医者と患者の関係が従前に戻るとは考えられない。同じように、世界の最高エリート大学がリモート学習に転換する中、従来低く見られれていたリモート教育を下に見る考え方は大きく減少するだろう。今後とも集合教育や個別指導は継続するとしても、いま、時代に合ったものを評価する大きなチャンスが広がっているのだ。製造業でも、作業者が離れた状態で仕事を進めることが可能だ。

 デジタル化と自動化を加速せよ。デジタル化は、コロナ以前から言われていたが、それがはやり言葉でなく現実に、多くの場合、不可欠になった。

<筆者加筆>  オンライン・コマース、すなわちEコマースの発展の方向を、“コンタクトフリー経済”ととらえる考え方には、目からウロコが落ちました。オンラインかオフラインか、の問題ではなく、さらにスマホ片手の生活者がオムニチャネルを操る段階を超えて、スマホさえ不要なコンタクトレスの世界へ入ってゆく。そこには大きなビジネスチャンスが広がっているのです。先に紹介した、ウォルマートの冷蔵庫デリバリーや、ルルレモン社の自宅に居ながらハイテク鏡でのエクササイズを可能にした、などその好例でしょう。ファッション・ビジネスにどんな可能性があるのか、考えるとワクワクします。

 

7.「単純な復帰」 から→ 「復帰 そして 再考/再構想」へ 

From simply returning to returning and reimagining: 

 パンデミック後の復帰は緩慢なものになるだろう。政府が達成目標と達成日を決めるものではない。復帰のステージは産業部門によって異なるが、企業がスイッチを切り替えて再開できるものでない。フォーカスすべき4つの分野がある。収益の回復オペレーションの再構築組織の再検討、そしてデジタル・ソリューション導入の加速である。いずれの場合もスピードが重要。そこに到達するには、慎重なプロセスを一歩一歩創造することだ。

 ネキストノーマルでのビジネスを、あるべき形としてイメージ(想像)すべし。小売やエンタメ分野では、ディスタンティング(距離をとる)が生活の一部になり、スペースやビジネスモデルの再設計を必要とするだろう。オフィスは、リモート・ワーキングのポジティブ要素を取り込むものになる。製造業では、生産ラインとプロセスの再編だ。サービス業の多くでは、オンラインでのインタラクションに不慣れな人やそれにアクセスのない人にどうリーチするか、が問題だ。輸送では、A地点からBに移動する人が、病気にならないこと。どの場合でも、かつて当たり前だった、人対人のダイナミック(力学)が変化する。

 デジタル化の加速—-インダストリー4.0と呼ぼうが第4次産業革命と呼ぼうが、そこには新しく速いスピードで進化するツール、すなわち、オペレーションコストを削減し柔軟性をもたらすデジタルと分析的ツールが存在する。 McKinseyとWEF(世界経済フォーラム)は2017年に、先進的な製造分野での44のデジタル・リーダー、いわば 「灯台」を特定した。これらの会社は彼らが持つデジタル能力を中心に全く新しいオペレーティング・システムを創造した。彼らはそれらのテクノロジーの、新しいUse case(ざっくりとわかる事例)を開発し、ビジネスプロセスやマネジメント・システムに横断的に適用し、同時に社員に対しては、バーチャル・リアリティやデジタル・ラーニングやゲームで再教育している。「灯台」企業は、サプライヤーや消費者や関連産業の企業とのパートナーシップを創造する傾向が強い。彼らが力を入れているのは、ラーニング、コネクティビティ、そして問題解決――これらは常に求められるものであり、広範に効果を及ぼすものである。

 すべての会社が、灯台になれるわけではない。しかし、どの会社でも、計画を創ることは出来る。その計画は、到達すべきゴールのために、何をなすべきか(誰が)を明らかにし、それに必要な資源を保証し、従業員をデジタル・ツールとサイバー・セキュリティについて教育し、それを担当するリーダーを配置する、ということだ。 世界のビジネスは、パンデミックにスピード感をもって対応している。かつての常態に戻ることを望む人には、ストップ(やめろ!)と言いたい。現実を受け入れ、どうやればうまくゆくのかを考えてほしい。

 希望と楽観主義は、厳しいときには痛い目に合う。回復への道を加速するには、リーダーはパーパス(目的)と楽観主義の精神を持ち、不確実な未来でも、努力によって、より良いものにできると主張する必要がある。 

<筆者加筆>  ウイズコロナ、ポストコロナのビジネスは、「パーパス」をもって自社の進むべき方向をイメージ(想像)することで、創造・構築できると考えます。経済価値は急速にモノからサービスへ、人々の価値観も“有形”から“無形”へシフトしています。ファッション・ビジネスの変容の方向は、人々の考え方の変化による 「モノで自己顕示するビジネスの衰退」 と、人々が優先するようになった 「心が喜ぶ消費」、を目指すものだと私は考えています。 そこで不可欠なのは、デジタル・テクノロジーの効果的導入と環境問題解決/抑制への取り組みでしょう。

  ダボス会議の2021年のテーマが、「グレート・リセット」Great Reset)と発表されました。「リセット」 とは、「すべてを元に戻すこと」 です。ダボス会議を主催するWEF(世界経済フォーラム)は主張します。「“グレイト・リセット”は、経済・社会システムをよりフェア(公正)でサステイナブルで復元力ある未来にするための土台を、共同で緊急に構築するコミットメントである。それは、人間の尊厳、社会正義、そして社会正義が経済発展に後れを取らないことを中心に置く、新たな社会契約を必要とする。」

 コロナパンデミックにより、時の進むスピードが速くなっています。間に合わなくならないうちに、新たなアクションを、是非!

<新型コロナウィルスと小売りビジネス ①――次なる新常態(ニューノーマル)とは?>

 新型コロナウィルス (Covid-19) の感染拡大により緊急事態宣言が 4月 7日に発令されて4 週間。待望のゴールデンウイークも“Stay Home” 自粛が要請され、さわやかな若葉を恨めしく眺めながらも、自宅生活を少しでも楽しく快適にする工夫を重ねておられる方も多いでしょう。

 日本国民の心がけと行動変容により、何とかオーバーシュートは抑えられたようですが、緊急事態はさらに 5月 31日まで継続、と本日発表されました。個人の生活、経済、教育などへのダメージは、戦後最大のものと言われます。店舗などの閉鎖に苦しむ事業者や職を失った方々、育児支援のない貧困母子家庭、などのニュースに胸が痛みます。その中で、感染リスクに身をさらしながら昼夜努力されている医療従事者の方々には、心からの感謝と敬意の気持ちを捧げたいと思います。

毎年咲いてくれる ベランダの蘭

  パンデミックの深刻化で、NRF 2020報告シリーズを書く筆が止まってしまっていました。止まった、というよりも、NRFが提示した消費流通ビジネスにかかわる先端的動きを、新しい視座でとらえなおす必要がある。言いかえれば、先端的と注目された革新的考え方や技術が、ポストコロナの世界にどのような意義をもつか、を改めて考えなければならなくなったと痛感するからです。ポストコロナの世界、といっても1年そこらで終息は不可能と言われる状況では、With Corona、つまり人とウィルスあるいは細菌との新たな“共生”の生活/経済/社会システムをどのように構築するか。その一環としての、“革新的考え方や技術”とは何か、という視座です。
  金儲けと過剰な豊かさ追及の生活、天然資源の乱用、自己中心的に展開する資本主義、などに代わって、人、生きること、そして地球、社会、コミュニティ、家族、への愛情が、新たな価値、そして人々の活動の“パーパス(目的)”になる時代に入っています。そこでは、消費者の意識と行動が変わり、SDGsに象徴される“持続可能な開発目標”の実現、人間性や健康重視、働き方/仕事への意識/仕組みの変革、そしてこれらを実現する手段としてのネット/デジタルの立体的拡張、などが重要になるでしょう。
  折しも、コロナ対策としての非常事態宣言で、世界の主要都市がロックダウン(都市封鎖)したことで、CO2 の排出が50%ダウンしている、という記事に衝撃を受けました。(大気汚染や温室効果ガスが激減」 BBC 3月20日)。 また、新型コロナウイルスの影響で人びとが外出しなくなった途端に、インドのビーチに約28万匹のヒメウミガメが集まり、6000万を超える卵を産んだ、とのこと。(「人類が外出をやめた中で… 絶滅危惧種の産卵が大復活」 エキサイト 4月6日)。われわれが現在、当り前と考えている日常生活を支える仕組みが、いかに自然を痛めているか、思い知らされる事象です。コロナの蔓延は、自然を破壊している人類に対する天誅ではないかと思うのです。実際に世界的に有名な霊長類学者のジェーン・グドール博士は、コロナパンデミックの原因は「動物の軽視」(FAP通信4月12日)で、「われわれが自然を無視し、地球を共有すべき動物たちを軽視した結果、パンデミックが発生した。これは何年も前から予想されてきたこと。例えば、われわれが森を破壊すると、森にいる様々な種の動物が近接して生きていかざるを得なくなり、その結果、病気が動物から動物へと伝染する。そして、病気をうつされた動物が人間と密接に接触するようになり、人間に伝染する可能性が高まる」と述べています。

  パンデミックが収束した段階(とりあえず、でも)での人々の生活の仕方、そしてそれを扱うビジネスは、これまでのものから大きく変容するでしょう。新たなNew Normal(新しい常態)、あるいはNext Normalとはどんな様相を呈するのか? Essentials(必要不可欠なもの、本質的なもの)以外、すなわち「不要不急」のものは後まわしとする環境や体制では、「不要不急」の象徴のようなファッション・ビジネスは、どうなるのか? この悩ましい問題に、ファッション産業はどう取り組むのでしょうか?
  次回から、海外で少しづつ進んでいる活動規制の緩和で、消費者と小売業にどのような新たな動きが起こっているかを、NRFが示す潮流に照らしながら考えてゆきたいと思います。
  またこの機会に、日本の生活文化を振り返り、自然との共生や「モッタイナイ」の思想など、世界に誇るべき価値観や慣習を、改めて見直し、Next Normal の日本版を探りたいとも考えます。江戸時代の日本には、あらためて見直す価値のある仕組みや生き方が多々ありました。当時の江戸を訪問した西洋人は、世界の3大都市(人口が100万を超える)の、パリ、ロンドン、江戸のなかで、江戸ほど街が清潔な都市はなかった、と書いています。人々は貧しくても穏やかでにこにこしており、着ている衣類はボロでもきれいに洗濯してある、と。

 パンデミックは、傲慢、強欲がはびこる現在の人間社会への「警告」と受け止めましょう。                                  End

< サステイナビリティとエシカル精神が、ファッション・ビジネスの未来を創る >

 国連が提唱する SDGs(エスディージーズ)が世界的に注目されています。SDGsは、「持続可能な開発目標」 Sustainable Development Goals)の略称で、20159月国連総会で採択された、『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』 による 17項目の具体的行動指針です。向こう15年の、新たな“持続可能な開発の指針”であり、ダボス会議(世界経済フォーラム)でも、大きな議論を呼びました。

 ファッション・ビジネスもいよいよ、サステイナビリティやエシカルといった、地球と人間にやさしい精神と行動、成果を上げなければ、人々に愛される企業、あるいは産業になれない時代になりました。

  WEF11回目の公開シンポジウムは、この視点から未来を見据え、

 『FBの未来に欠かせないエシカル精神とは-サステイナビリティ志向の思いやりと透明性-

のテーマで、12月12日夜に開催します。 詳細は→ http://www.wef-japan.org/event/1035.html

 講師には、慶応大学の蟹江憲史教授 (自らの研究会でSDGsプラットフォームを立ち上げ、SDGsが向かう道筋を模索している方)、サステイナビリティの先駆企業である米国パタゴニアの日本支社長 辻井隆行氏、そしてオーガニックコットン事業の草分けとしても著名な社会起業家である㈱アバンティ の 渡邉千恵子社長を迎えます。最後にWEF理事の生駒芳子氏の司会で、3者のパネルディスカッションも行われます。

  ファッション・ビジネスは今大きな変容を迫られていますが、それを促す4大潮流は:

1.  人々の意識と価値観、行動の変化

2.  テクノロジーの膨張(特にデジタル・テクノロジー:AI、AR/VR、IoT、3D印刷など)

3.  ビジネスのグローバル化と巨大な新規市場の成長

4.  企業の社会的役割の増大      

これらは『Fashion Business創造する未来』 (尾原蓉子著)の第一部 第2章で取り上げた巨大潮流ですが、このうち、1 、3 は、既にファッションのビジネスにも明解に表れ始めています。

 しかし、4 番目の「企業の社会的役割の増大」については、まだ、特に日本では、関係者の意識が非常に希薄です。これは、これまで言われてきたCSR(企業の社会的責任=Corporate Social Responsibility)の域を超えた、多方面(後述のように国連のSDGsでは、17の領域)での企業の良心に基づく行動への要請なのです。

  ファッション産業は、地球への負荷が 2 番目に大きい産業といわれます。流行を無作為に追い、売れなかったものは廃棄する、の繰り返しは、もはや許されなくなってきました。また時代は、ファッションに限らずあらゆる産業に、「利益追求だけではなく、社会の問題を解決する、あるいは、地球や自然の保全を意識し、持続可能なビジネスを構築する」ことを求めています。倫理的で人にやさしいビジネスであることも、です。

 SDGsが採択した17の行動指針とは、次のようなものです。

1.   貧困をなくそう

2.   飢餓をゼロに

3.   すべての人に保健福祉

4.   質の高い教育をみんなに

5.   ジェンダー平等を実現しよう

6.   安全なトイレを世界中に

7.   エネルギーをみんなに、そしてクリーンに

8.   働きがいも経済成長

9.   産業技術革新の基盤をつくろう

10. 人や国の不平等をなくそう

11. 住み続けられるまちづくり

12. つくる責任つかう責任

13. 気候変動に具体的な対策を

14. の豊かさを守ろう

15. の豊かさも守ろう

16. 平和公正をすべての人に

17. パートナーシップで目標を達成しよう

 企業はこれらのうち、取り組めるものから始めることを期待されています。ユニクロを展開する日本の先進的企業ファーストリテイリング社では、2016年から4つの目標を掲げていると聞きます。ちなみに、ZARAなどで世界展開をするスペインのインディテックス社は、全項目の達成を目指しています。  世界経済フォーラムの2017年3月20日付の発表によれば、2015年時点の算定値からの進展が大きい国は、149カ国のうち、1位がスエーデン、2位がデンマーク、3位ノルウェーと北欧勢が占め、ドイツが6位に入っています。日本は18位でした。

 SDGsの目標は、遠大です。しかし今から始めなければ、ファッション・ビジネスの未来はないでしょう。心ある企業の積極的取り組みに期待します。

WEFのシンポジウムにも、是非お誘い合わせてご参加ください。