いよいよ4月、新年度が始まりました。新型コロナウィルスのパンデミック(世界的流行)が、世界を恐怖と不安に陥れているなかでの、新年度。入社式も入学式も、史上経験したことのない形になり、休校中の学校も再開がさらに延期されるところも多く、緊急事態宣言がいつ出されるのか、など、感染拡大収束時期の見通しも立たない中、不安で落ち着かない毎日を過ごしておられる方が多いと思います。
3日前(3月31日)、このブログを書き始めた時には、世界の感染者は85万人、死者も4.2万人を超えたと騒いでいたのが、3日でそれぞれ 100万人超え、5万人超えになりました。今やエピセンター(震源地=感染の拡大中心地)となったニューヨークでは、感染者が9万人を超え、死者数も 2001年の同時多発テロの犠牲者数(2977人)を上回り、医療崩壊目前の状況だと報道されています。
NRF報告第5弾は「小売業のサービス化――その2」 を書こうとしていますが、国家非常事態宣言が出されたアメリカの主要都市、特にニューヨークでは、小売業や食品スーパーやドラッグストア、家電製品などを含む生活必需品を扱う店以外は休業し、レストランもテイクアウト以外は店を閉め、街は閑散。病院などのベッドや人工呼吸器の不足も深刻になってきました。セントラルパークには緊急テントによる野営病院が立ち上がり、米国海軍は病院船の「コンフォート」をニューヨークに派遣。
マンハッタンの港に向かう米国海軍の病院船 (US Navyのホームページより)
NRFが毎年開催されるハドゾン川沿いのジャービッツ・センターは、急遽1000床のベッドをもつ緊急病院に転換されました。わずか2か月前の、NRF大会会場で見た混雑と熱気、あるいは活気に満ちたニューヨークの街はどこに行ったのか! まるでゴーストタウンのようです。
マスクやハンドサニタイザー、ばかりでなく、保存食の類もスーパーの棚から消え、必需品の確保と店内感染対策などに懸命な小売り企業は、ソーシャル・ディスタンティングや新規の宅配手法、ネット注文品のドライブスルーやカーブサイドでのピックアップ等での対応。また購買が拡大しているウォルマートやアマゾンは人手確保に注力、アマゾンは時給を2ドル上げて19ドルにするなど、対応に懸命です。
“顧客の変化・ニーズへの対応”がビジネスの基本と考える米国では、いろいろな新しい試みやサービスも生まれています。例えばキャリア女性向けの“在宅ワーク用カジュアル”の販売を促進するブランドが増えたり、アンテイラーでは、This is Annのハッシュタグで、在宅勤務中の服装をインスタグラムに投稿するよう呼びかけるなどしています。他の例では、アマゾンのAlexa(音声アシスタント)が、コロナウィルスについての会話に対応、いくつかの質問と対話で、CDC(連邦防疫センター=連邦厚生省DHHSの一機関) の指示に基づく、感染リスクレベルをアドバイス。あるいは、手洗い20秒の間、歌を歌ってくれるリクエストへの対応もしてくれます。アップルも症状スクリーニング・アプリをCDCほかの連邦機関などと連携して提供しています。
企業による寄付行為も多大・多様で、お金の寄付はもちろん、ファッション関連企業によるマスクや防護服などの大量提供や、企業幹部の報酬をカットし休業中の社員の給与を全額保証する企業、あるいはリーバイスのように、バーチャル音楽会を配信し、“Stay Home, Stay Connected”を促進するものもあります。
店舗休業に伴う社員の自宅待機や一時帰休が拡大し、メイシー百貨店は社員12.5万人の大半、Gapは8万人(カナダ含む)、コールズで約8.5万人、ニーマン・マーカスは1.4万人の大半、と報道されています。休業が続く場合の百貨店などの流動性、すなわち、いつまで持ちこたえられるかについて早くも予測するアナリスト(Cowen & Co.社)もでています。曰く、ノードストロムと J Cペニーは8か月、Macy、Kohl’sなどは5か月だと。
<コロナ・パンデミックの収束はいつになるのか?>
答えられる人はいないでしょうが、その経済への影響は恐るべきものになるでしょう。米国ではすでに2兆ドルのコロナ対応施策、(さらに2兆ドルの景気対策?)が動き始めています。日本国の対応の遅れと、政府のアクションが補償なども含む具体策とスピード感に欠けていることに焦りを感じます。今回のコロナ危機で、日本のいろいろな体制、例えば企業のリモートワークや学校のオンライン教育体制(世界の先進諸国では当たり前)の未熟さも、改めて露呈しました。パンデミック収束後のV字回復のためにも、個人も企業も、目先の切迫した感染拡大防止や都市封鎖の可能性に加え、このコロナ危機が私たちの生活やビジネスに、どのようなファンダメンタル(基本的)な変化をもたらすか、について、真剣に考え行動を始めることが不可欠だと思います。
<NRF 2020で注目された 「小売業のサービス化: RaaS>
コロナ危機が収束した後の小売りビジネスは、どのようなものになるでしょうか?パンデミックの恐ろしさを実感し、生きることの有難さと同時に難しさを体験した消費者。生活必需品の価値と、健康で安全な生活の重要性に改めて思い至った消費者の意識と行動は、これまでとは大きく異なるものになると思われます。自然が生みだす異変や人間による地球環境破壊、サステイナビリティやエシカルへの想いも強まり、ビジネスの仕組みも大きく変わらねばならないでしょう。
NRF 2020大会の重要なメッセージの一つとして強調したい 「小売業のサービス化」、すなわちRaaS=Retail as a Service(サービスとしての小売業)は、コロナ終息後のビジネスにとって非常に重要なものになると私は考えています。小売り業は、そもそもサービス業といわれますが、これまでは、“メーカー(ものを製造する業)”と対比する意味で使われてきました。商品が、素材から始まり製品化・仕入れ・物流・在庫・販売と続く長いサプライチェーンの最終ポイントとして消費者に接するのが小売業でした。これに対して、顧客(消費者)中心の柔軟な発想で、メーカー(製品を生み出す人/企業)を直接あるいはフラットに顧客や関係ビジネスにつなぎ、優れた顧客体験や利便性といった新たな価値を創造する、しなやかで効率の良い仕組みをつくるのが“サービス化”です。
言い換えれば、従来のチャネルベースの固定的な縦の流れの生産・流通・販売から、顧客を中心とする360度を視野に入れたフラットでフレキシブル(アジャイル)でフリクション(摩擦やイライラ)の無いコマースを実現しようとするものです。そのために、デジタル技術とクラウドを活用し、リテーリングのバックエンド(商品調達に始まる各種のトランスアクション)と、顧客の体験やエンゲイジにかかわるフロントエンドを切り離し、DTC(メーカー直販)ブランドなどがフロントエンドの実店舗ビジネスを簡単にスタートできるようにする仕組みです。ちょうどトヨタが掲げる MaaS=Mobility as a Serviceが、 “自動車の製造販売会社”から “移動性という機能を多様な形で提供するサービス” に変身しようとするのに似ています。
<NRF 2020で登壇した RaaS事例>
今回、大会で注目されたのは、Neighborhood GoodsとShowfieldsでした。しかしRaaSモデルの先陣を切ったのは、2015年に、いわゆるガジェット、新しいデジタル機器を好むユーザーに新製品を体験してもらう場をスタートさせたカリフォルニアの b8ta(ベータ)です。製品のβ(ベータ)テストを行いながら、カメラで顧客の行動を把握し、そのデータをリアルタイムでメーカーと共有。「売る」のではなく「消費者に新しい価値を提供する」ことで、企業側からも収益化を試みるビジネスモデル。販売もしますが、収益は月額固定の出展料で、すでに米国内24店舗、ドバイに1店舗を展開しています。(写真は、ハドソン・ヤードSC内の通路から見たb8ta 店)
出品者はDTCがほとんどで、販売はb8taの訓練されたスタッフが行いますが、“売りこまれる”ことがないので、顧客は専門的説明を受けながら楽しんで製品を体験できます。今年夏には日本に2店舗を開店する予定と聞きます。
<ネイバーフッド・グッズ(Neighborhood Goods)>
今回NRF大会のセミナーで紹介されたNeighborhood Goodsは、「新しいデパートメント・ストア(百貨店)」をうたって2018年11月にテキサス州で創業したスタートアップ。創業1年の2019年12月には早くもニューヨークのチェルシーに2店舗目を開店。さらに先月3月6日には3店舗目をテキサス州オースティンに1000㎡の店舗で開店した、今話題のビジネスです。アパレルから雑貨、趣味の道具類、文房具、ヘルス/ウェルネスやグルーミング関連商品、フランス大手企業のフレグランス・テスト・ショップなどが魅力的な構成やデザイン設計でならび、それらがホットなブランドとして定期的に入れ替わる店になっています。
Neighborhood Goods 売り場風景 (NRFプレゼンより)
NRFでは、共同創業者のマット・アレキサンダーCEOが登壇しましたが、テーマは、「RaaS: “plug-and-play” のインフラを使った、リアル店舗でのテストと学習」
でした。“plug-and-play”とは、“電源を入れるだけですぐに始められる”という意味です。ユニークな製品を作ることは出来ても、小売りビジネスを始める法的手続きの知識や店舗運営ノウハウもないDTCに、販売だけでなくマーケティングやブランディングまで支援するビジネスパートナーになって、新商品をテストし、顧客の嗜好や行動を共に学習する場を提供する、というビジネスです。
Neighborhood Goods 店内風景 手前はデニムとBoy Smells
販売はネイバーフッド・グッズの接客スタッフが受け持ちますが、売り込むのではなく “ブランドアンバサダー”として、ブランドのストーリーや魅力を和やかな会話で伝え、共感を得るといった雰囲気。接客スタッフが得た顧客の反応などの情報は、店内のカメラなどがとらえた顧客の行動データとともに集められ、出展ブランドにもフィードバックされて、それに基づくコンサルティングも行われます。基本的な契約は月額固定の展示費用と販売委託手数料(販売マージン)をブランドが支払う形です。
Neighborhood Goods売り場風景
壁にかかっている同社の自己紹介的メッセージ(画像参照)が、この店のコンセプトをよく表しています。メッセージは言います。
Neighborhood Goodsは、新しいタイプのデパートです。変化し続ける景色をフィーチャーする、つまり思慮深くエキサイティングでコンテンポラリー(現代的)なブランド、物語、そしてイベント、の風景に注目するお店です。
さらに私たちは、全国で拡大する店舗を通じて、コミュニティ、つまり人々が集まって、買い物をしたり、食べたり、新たな発見をしたり、学んだりするコミュニティの 場所 であるよう努力しています。
このメッセージを読めば、「いつも新鮮で魅力的な商品がある店」、そして「地域コミュニティのハブ」になりたい、という同社の思いがよく伝わってきます。歩合給でなくサラリー制で働く感じの良いスタッフ(ブランド・アンバサダー)が、チャットも含め親切に対応し、店内で行われる料理教室やエクササイズ教室などの様々なイベントを楽しみに、多様な人が集まる。そんなお店なのです。
<Showfields(ショーフィールズ)>
今回、スタートからわずか 1 年でNRFセミナーの講師に招かれたShowfields(ショーフィールズ)は、「世界一面白い店」 をうたって、2019年1月に ニューヨークのNOHOに開店しました。その名も“Show(見せる)Fields(場所)” というこのRaaS は、主としてDTCブランドやアートを集めた新しいタイプのセレクトショップといえます。
マンハッタンNOHO、Bond Streetの Showfields
店舗は3フロアにまたがる小さなブース約40コマに、それぞれのブランドが出展。出展期間や契約は様々なようですが、コンセプトや商品説明は、ショーフィールズの訓練されたスタッフが、全員実験室用白衣のような装いで楽しそうに行います。
接客スタッフはブランドや商品について詳しい知識を持ち、ここでも“売り込み”ではなく、製品や関連するストーリーや自分の思い入れを語るなど、なごやかな雰囲気です。(写真は、ブースの例:右 VERTIGGA。下 CBD=カンナビジオール店で製品を説明するスタッフ。CBDは麻の主成分の1つで鎮痛剤や睡眠薬として市販され愛用者も増えてている)
<RaaS拡大への大きな期待>
RaaSによる新たなビジネスモデルは、今回のコロナ危機で、高度に組み立てられていた分だけダメージも大きかったグローバル・サプライチェーンに、革新をもたらすものと私は考えています。国内生産、ロスを発生させないエコシステムやカスタム生産、ユーズド商品やシェアリング、などなど、これまでの伝統的リテーリングになじみにくい新ビジネスが、ローカル・コミュニティを基盤に、顧客セントリックで展開できると考えるからです。
RaaSの日本での広がりを、楽しみにしています。 NRFリポート⑤ End
NRF 2020のセミナーで私の期待が最も大きかったのは、ノードストロムCEOによる基調セッションでした。タイトルは、「お客様に、お客様の条件でサービスする――エリック・ノードストロムとの会話」 。昨年10月に、宿願のニューヨーク、マンハッタン中心部に旗艦店を完成させたノードストロム。顧客の声を、文字通り吸収しながら、これまでになかった業態、すなわち、従来とは全く異質の「最も体験型」(CEO談)百貨店、ワクワク感とコンシェルジェ機能を提供するお店を作り上げました。 7 階建て、3.2万㎡のレディス館は、2年前開店のメンズ館と合わせて、「もし、私達がやりたいビジネスで世界でベストになるためには、ニューヨークに出店せねばならない」 という先代からの夢を実現するものでした。(画像① レディス館前景。NRFプレゼンより)
百貨店のディスラプションが求められているいま、ノードストロムがその一つのヒントを提供してくれるのではないか、と私は考えています。
<ノードストロムのニューヨーク旗艦店>
画像① ノードストロム NY旗艦店 (NRFプレゼンより)
共同CEOエリック・ノードストロムは語ります。「2012年のリース契約時点では、従来型の店を考えていました。しかしこの間消費者も環境も激変。いまやECとリアルの境界線はない。顧客にはチャネルという考え方がないし、またフルプライス、オフプライス、ECと、横断して買い物している。店舗の売上を分析すると、その50%以上が何らかのネット行動と関係しており、EC売上の1/3以上が店舗での体験を含んでいることが分かったのです。」
そこで実現したのが、マンハッタン57丁目ブロードウェイの旗艦店を中心に、衛星のようにNordstrom Local 2店、Nordstrom Rack(オフプライス)2店、Trunk Clubがマンハッタンに広がる構図でした。(画像② マンハッタンに広がるノードストロム店舗。同社ホームページより)
画像② マンハッタンに広がるノードストロム店舗。(同社ホームページより)
旗艦店の内部は、高い天井のゆったりした空間に、シンプルで斬新な移動什器を多様に活用、シーズン毎のファッションをフォーカルポイント的に提示しています。(画像③)
各売り場は、商品がかなり絞り込まれていて見やすく、売り場の表示も親切です。他の百貨店のようにラックいっぱいに商品が下がっている、といった感じはありません。
画像③ ファッション売り場 フォーカルポイント
画像④ BOPISのピックアップ棚 オープン棚だがアソシエイトが手渡し
扱い商品はデザイナーからDTC、ユーズドまで。サービスコーナーがあちこちに配置され、コンシェルジェ・デスクに始まり、BOPIS(ネット注文の店舗ピックアップ)(画像④)、お直しや刺しゅうなどのカスタマイズコーナー(画像⑤)、ファッションのスタイリング・サービス、ビューティ関連ではエステからパーソナルケア、ウェルネス等々。その他多様なサービスがあります。
画像⑤ お直しコーナー 「お待ちの間に、、」
店内には10のレストランやバーが点在し、売り場からの閉鎖性が少なく、リラックスした雰囲気です。極め付きは、靴売り場のShoe Bar(画像⑥)。売り場の中に本格的バーのようにボトルが並んだカウンターがあります。グラスを片手に買い物する顧客が微笑み、知らない客同士の会話がも弾んでいるとのこと。エリック・ノードストロムCEOは、「なぜもっと早く気付かなかったのか!」と述懐。NRFに参加したプレス招待レセプションも、この靴売り場(地下1階)で開催されました。
画像⑥ 靴売り場にあるバー Shoe Bar
Nordstrom Local は、2017年秋にロサンゼルスで2店を試行した商品陳列が少ないサービス中心のミニ店舗です。ニューヨークでは在庫もサンプルも無い、ロサンゼルスよりは大分小ぶりの地域密着のサービス専門店舗になっていますが、顧客に身近かに位置して旗艦店を補完しながらノードストロム全体としてのサービスを提供しようとしているコンセプトは同じです。機能としては、BOPIS、返品・交換、お直し(他店で購入したものも)、事前にアポを取ればスタイリングも行います。
ノードストロムは大会後の1月30日に、 See You Tomorrowの名でセカンドハンド商品の販売も発表、翌日から店舗のコーナー展開で販売開始しました。プレスリリースによれば 「お客様が自分が買ったブランド、あるいはどういう買い方をしたかについて“フィールグッド”(いい気持ち)になるよう、服やアクセサリーを同社のクリエイティブ・プロジェクト担当VPのオリビア・キムがキューレイトして提示しているとのことです。商品の仕入れは前回紹介したヤ―ドルとの連携によるもののほか、消費者からの持ち込みもあります。同社のバイヤーが評価し買い上げを決めた商品については、ギフトカードの形でネットあるいは店舗で支払われる仕組みです。
これらの新しい挑戦が百貨店の未来を拓くものになるか? 百貨店が総じて苦戦を強いられている中で、「お客様の声」に忠実に耳を傾けながら、絶えず変化を続けてきたノードストロムという小売企業を、いま改めて見直してみたいと思います。
<百貨店の栄枯衰退とノードストロム>
米国における百貨店の歴史を大づかみに見ると、4つのステージをたどってきました。まず第1に、「都市化」(アーバナイゼーション)の時代です。産業革命の進展と中産階級の台頭とともに百貨店が誕生し発展しました。
第2は、第2次世界大戦後に急速に進んだ 「郊外化」です。戦後の平和と新ファミリーの急増が郊外化を促進、郊外に “ショッピング・モール” が誕生し存在感を強めた時代です。1950年代末には時流に乗ったおしゃれな百貨店は、その中心的存在になりました。
第3は、「専門化」の時代です。郊外化は不動産ビジネスにチャンスを広げ、1980年代には多くの専門小売業が成長しました。家電や書籍や玩具といった専門大型店、いわゆるカテゴリーキラーが急成長すると同時に、小型の専門店も、モールのテナントとしてビジネスすることにより、それまでの百貨店すなわちデスティネーション・ストアとしてのワンストップ小売業と、競争しないでも済む環境が生まれました。この段階で百貨店は、それまで保持してきた競争優位を失ったのです。
第4 の 「デジタル化」の時代には、インターネットの浸透とEコマース、すなわち百貨店を当てにしなくても販路が得られるネット小売業の拡大、あるいは自らが消費者に販売するDTC(消費者直販)などの業態が台頭し百貨店に変革を迫りますが、他の伝統的産業(雑誌や新聞)同様に巨大なレガシー体制と抜本改革を躊躇する意識がそれを阻み、変革が遅れてしまっている、と言えるでしょう。これまでの顧客層が高齢化し、デジタル世代のミレニアルやZ世代を取り込むことが出来なければ、百貨店の回復は困難と言わざるを得ません。
ノードストロムも決して順調な成長を続けているとは言えません。しかし同社の「絶えず顧客の声に耳を傾け、顧客の行動をもとに考えるDNAともいえる社風と、いつも危機感を持ちながら柔軟にかつ大胆に新規プロジェクトに取り組んできたノードストロムは、明らかに「次世代の顧客にも評価される小売り業」への実験を重ねています。ネットでの売り上げも、35%を超えたといわれています。
そもそもノードストロムの創業は百貨店ではなく、スエーデンからの移民(ジョン・W・ノードストロム)が始めた靴の専門店でした。彼は16歳の時にわずか5ドルの所持金でニューヨークに上陸。アラスカの金鉱掘りなどで貯めた資金で1901年、ワシントン州のシアトルに靴専門店を開店、成長。その後、1963年に事業拡大を目指し婦人アパレル専門店の Best を買収。1971年上場して正式に Nordstrom,Inc.になり、その2年後には年商1億ドルを超え、西海岸最大の専門店になり、1978年には南カリフォルニアに進出。1988年には東海岸初めての店舗を首都ワシントン郊外に開店、はじめて米国全国展開の小売業となりました。このころから、大型専門店(サックスやノードストロム)が、扱いカテゴリーを減らす百貨店との区別がつけにくくなり、百貨店と呼ばれるようになったのも、歴史の一部です。
現在の経営陣は、このノードストロム家の4代目に当たります。ノードストロムの創業時からの哲学は、「顧客に、可能な限り最良なサービス、品ぞろえ、品質、そして価値を提供すること」でした。各世代が、まじめに謙虚にそれを継承し、今日に至っています。筆者もノードストロム幹部との会合などで、彼らが何かにつけて「What did customer say? お客さんは何と言っているの?」 とスタッフに問いただすのを聞いてきました。「Customer is always right.お客様は常に正しい」 とする顧客セントリックの考え方と実践がノードストロムの神髄であると感じています。
今回のコロナウイルスの問題でも、ノードストロムは他社に先駆け3月8日に、顧客に対してメルマガを配信。 「エリック&ピート・ノードストロムから」 という形式ばらないこのメールは、「コロナウイルスによる私たちのコミュニティへのインパクトが高まる中で、お客様の皆さんと直接にコネクトし、皆様と従業員そしてコミュニティの安全と健康を守るために、私どもが店舗とビジネスを通じて取り組んでいるステップをシェアしたいと思います」の書き出しで始まる短いものですが、同社が行っている消毒や販売スタッフの行動などを簡潔ながら誠意と具体性のあふれる文章で伝えるもので、感銘を受けました。(ちなみにエリックとピート、とは、同社の経営トップ、CEOとチーフ・ブランド・オフィサーです)。
このメールは業界に反響を呼び、あるコンサルタントは、“すべての会社のテンプレート(ひな型)になるもの” と高く評価しました。その後1週間たって、多くの企業が同様のメールを送り始めました。ひるがえって日本では、米国より早くからウイルスの拡大に神経をとがらせて来たにもかかわらず、私のところに来るメルマガはいまだに「新着ご案内」や「あなたへのおすすめアイテム」ばかりであることを悲しく思います。
「小売業の未来形」について、ご意見をお聞かせ下さるとうれしく思います。
NRFリポート④ End