サービス化する小売業

「変化の波に乗る」 2025年 NRF    (米国小売業大会)リポート

2025年の幕が開き、米国トランプ大統領が次々に打ち出す施策に驚き、あるいは翻弄され、予想される世界情勢の劇的変化と大きな不安が拡大したこの2か月、あっという間に時が過ぎました。小売業も更なる変容が続くことでしょう。

2月28日に日本専門店協会の「新春講演会」で2025年NR大会と米国小売業の現況/注目点について講演しました。そのNRF関連部分をご紹介します。

恒例のNRF Big Showは、1月12日~14日にニューヨークで開催されました。世界最大の小売業コンベンションとして115回目となる今年も、世界105国以上から約4万人(参加企業/ブランド6200社超)が集まり、最新テクノロジーの展示や170を超えるセミナー(登壇講師450人以上)で学びや体験を深めました。私は今年もリアル参加はできませんでしたが、この大会が年々発展していることを頼もしく思います。NRF大会会場 NRF提供

今年のNRF大会から学べることを、現地友人の専門家やリサーチャー、NRFなど各種の報道を通じて得た知識や情報から私の知見としてまとめました。

(画像はNRF大会風景 NRF提供)

大会のテーマは、「Riding the Wave of Change=変化の波に乗る!」

激動する世界情勢、トランプ新政権で予想される関税問題など色々な不安要素、生活に不満を抱く消費者の意識と行動、そして何よりも、猛烈なスピードで進展するAIテクノロジーが、今年を“いつもとは全く違う年”にすると思われます。変化はチャンス! その変化の波に乗れ! Game Changerになれ!がメッセージです。

 「AIはバズワードからリアル実装へ」、「反動としてヒューマン・コンタクトが重要に」

AI が中心に躍り出た大会、と言われる今年のNRFは、「AI」 の言葉の頻出で前例のない年でした。またその反動として、AI(人工知能)ではなく「人間」(ヒューマン)、つまり人の心や感覚が重要になり、あらためてリアル店舗の重要性が、各所で強調されました。例年以上に有名企業/ブランド、それもCEO登壇のセミナーが多かった今回でしたが、際立ったメッセージが少なかったのは、各社が各様に、自社の存続・発展を狙ったロイヤル顧客づくり、強固なブランド構築に、それぞれの戦略を地道に展開しているからだと考えます。またトランプ新政権が、DE&I(多様性・公平性・包摂性)や女性活躍などの社会問題に否定的であることに配慮し、時代を画する象徴的なトピックを打ち出さなくなっていることも無視できません。

 「NRF 2025小売りトレンド」はなんと25項目

NRFは、「“予測”はますます困難になった」と、今年は例年の7~8項目に絞り込むことをやめ、多様な専門家の考えをまとめた形で、25トレンドを挙げています。ビジネスの多様化で、課題も解決策も様々な中、苦肉の策の感じです。

そのなかで私が注目したものは下記です。

◆ライブショッピングは2025年に火がつく、◆実店舗は生まれ変わる、◆デジタル・ネイティブ世代はブランドとマーケターに挑戦し続ける、◆広告への不信感拡大、◆マーケティング業務は今後数ヶ月で厳しくなる、◆ソーシャルコマース繁栄の年、◆キャッシュレス決済は変曲点、◆循環型社会が小売業の未来、◆サイバーセキュリティ(透明性、安全性、プライバシー第一)戦略は消費者の信頼維持の鍵。

 NRF 2025から学ぶべきものとして、私が重視したい6点

1.AI の躍進: バズワードから実装へ

2.AI 拡大の反動として、ヒューマン(人間)が重要に

3.コミュニティ作りの重要性

4.パーソナル化でロイヤル顧客づくりとブランド構築

5.サステイナビリティは サーキュラー(循環型)志向に

6.リアル店舗で顧客とつながるスロー・リテールを

今回は、これらのトレンドを代表する2つの基調講演、「リアル世界のAI」 と 「レント・ザ・ランウェイ」について書くことにします。

 1.冒頭の基調講演: 「小売りのゲーム・チェンジャー」 ――エヌビディア社とウォルマート社

2024年に、生成AI/チャットGPTが自然言語による文章や画像作成で急拡大したAIは、2025年 さらに大きく発展を続け、各種テクノロジーの統合的活用による成果が拡大します。

テーマ、「リアル世界のAI: あなたをより賢く、より生産的にしたいと待機しています」 のもとに、トップバッターとして登壇したのは、ウォルマートUS社のジョン・ファーナーCEO(現NRF会長)と、エヌビディア社 小売り部門担当バイス・プレジデント、アジタ・マーティン氏でした。エヌビディア社は言うまでもなく、米国の大手半導体メーカーで人工知能コンピューティングの世界をリードしている会社です。

基調講演:ウォルマート社ファーナーCEOとエヌビディア社マーティンVP (画像はNRF)

マーティン氏は、最近発表したエヌビディア社の新技術、“MEGA” や “AIエージェント”、“フィジカル(物理)AI ”等について熱っぽく語りました。 「AIは本物です。どこから手をつけるべきか迷うかもしれませんが、ともかく始めましょう。それにはトップのバックアップが不可欠。トップはAIを信じる必要があります。」と自信を見せました。

“MEGA”とは、デジタルツイン(現実世界から収集したデータを基に、仮想空間上に現実世界を再現する技術)を構築できる新しいBlue Printの一つで、倉庫や産業用工場でのロボット群団の大規模なテストを、実世界の施設への導入前に、可能にするものです。“AIエージェント”とは、人工知能(AI )を活用して人間の介入無しに自律的にタスクを実行するプログラムやシステムのこと。“物理AI ”とは、現実世界の物理的な法則や環境(重量や奥行き)を理解し、それに基づいて自律的に判断・行動できるAIシステムを言います。コンピュータ・ビジョンと物理AIモデルの統合が小売りの現場で果たす役割にも期待が集まります。

 ロウズ社(大手ホームセンター・チェーン)の活用事例

ロウズ社は、1,700店舗のデジタルツインを作成し、1日に数回、運用データと在庫データを更新しているとマーティン氏は言います。「その結果、さまざまなレイアウトをシミュレートし、顧客の店舗での買い物方法を、レイアウトの変更や最終的売上と収益の向上を目指して実際に最適化します」。同社は現在、マーチャンダイジング最適化のため、プラノグラム(棚割図)を使用した3Dデジタルツインを試みているとのこと。

ロウズ社では、店舗のコンピュータ・ビジョンとAI の連携により、品べりを削減したり、支援が必要な顧客に店舗スタッフをリアルタイムで配置することもできます。「コンピュータ・ビジョンが助けを要する顧客を見つけ出し、従業員に(個人の)Zebraデバイスで警告する」。このデバイスには、顧客の質問に答えるために使用できる生成AI (GenAI) チャットボットも組み込まれているとのこと。「私たちはアソシエイトに超能力を与えています。誰もが専門家になるのです」。

 Walmartが進めるAI活用  

ウォルマートのファーナー氏は、NVIDIA のデータサイエンス・アクセラレーション・ライブラリとも連携して、予測に注力していると述べました。AI導入により予測精度が向上し在庫管理を最適化。「1%の予測精度アップが巨大な利益もたらす」と。在庫管理・在庫配分では、過去の販売データや天候、イベント、トレンドなどの外部要因を分析し、適切な在庫レベルを算出。在庫過多や欠品を防ぎ、コスト削減と売上最大化の両方を実現。在庫切れが30%削減できたと報告しています。

AI支援のパーソナル化による顧客体験の向上でも成果が上がっており、顧客データ分析がAIで進化したことにより、購買履歴や行動データに基づき最適商品をレコメンド、コンバージョン率向上につながっているとのこと。

ファーナー氏は、サプライチェーンにおける人工知能の有効性を強調しましたが、マーティン氏もこれに共鳴、「サプライチェーンは、AI活用で最も成果が得られる分野」 と二人が興奮していた、とあるメディアは伝えています。店舗や配送センターの物理的に正確なデジタルツインを作成する機能により、多様なレイアウトのシミュレーションが可能なり、設備投資の前に人や物がどのように相互作用するかを観察することができるからです。

 AIが、顧客体験、従業員のパワーアップ、効率向上を向上させることを立証

昨年のホリディ・シーズンが、AIの有効性を立証した、とアドビ・アナレティックスは分析しています。アドビによれば、生成AIチャットボットから小売サイトへのトラフィックが、2024年ホリディは前年と比較して1,300% 増加、サイバーマンデーでは1,950% 増加したといいます。同社の調査では、生成AIをショッピングに使用したことがある回答者の70% が、生成AIによって買い物体験が向上すると考えています。

NRF 2025 の注目テクノロジーは AI 中心でしたが、ローテクエンドにあるRFIDも重要だという認識が高まっています。「現在RFIDを活用する小売業者は15% だが、これは急速に変化し、5年以内にRFIDを使わない企業のほうが15% になる」 との予測があります。(SMLのRFIDソリューション担当プレジデントDean Frew氏)。 RFIDが、単なる在庫の可視化にとどまらず、返品処理、クリック&コレクトの推進、品べり削減などで、小売業者を支援するようになっています。

2.基調講演 「ファッションの未来:Rent the Runwayのイノベーションとインパクト」

ファッションのレンタルビジネス 「レント・ザ・ランウェイ」を創業したジェニファー・ハイマンCEOが登壇したこのセッションは、今年のNRF大会のハイライトの一つといえると思います。(右下画像はハイマンCEO NRF提供)レント・ザ・ランウェイ創業者ハイマンCEO

「レント・ザ・ランウェイ」は、リーマンショックの翌年2009年に登場した多くのディスラプター(市場原理を覆す破壊的イノベーター)の中でも、脚光を浴びた新興企業でした。しかし、“レンタル”の新しい概念の浸透や最適なビジネスモデルの模索、またコロナ禍でのイベント激減や衛生面の懸念などで苦戦し、20年8月にはニューヨーク旗艦店を含めた全店を閉店した経緯があります。待望のIPO(ナスダック上場)を実現(2021年)した後、しばらくして業績は回復しはじめ、昨年の最終赤字は「前年の3200万ドルから1900万ドルに減った」 とのこと。そんな状況にありながらもハイマン氏が注目されるのは、ハーバード・ビジネススクール在学中の女性の起業、ユニークなコンセプトで巨額資金を獲得、ITシステムの効果的活用、米国最大のクリーニング工場設置、SNS活用のマーケティングなど、ダイナミックなアントレプレナー経営者としての行動が注目されるからでしょう。

「レント・ザ・ランウェイ」は、実は筆者が2016年に上梓した 『Fashion Business想像する未来』(繊研新聞社)、“ファッション・ビジネスに破壊的革新を起こさねば未来はない” を訴えた著書でも注目し、冒頭の第1章を「革新的モデル レント・ザ・ランウェイ」 にあてています。 

ユニークなビジネスモデル=ファッション・ビジネスをディスラプトする

「Rent the Runway」 起業のきっかけは、ハイマン氏の妹が、「友人の結婚式に着る服がない」とタンスは服で満杯なのに2000ドルのドレスを購入してクレジットカード支払いに苦労していたことでした。“図書館のように必要に応じて借り出して使用する 公共財”のようにすれば、個人の支出だけでなく環境保護にも大いに貢献する、がコンセプトになりました。そこで相棒(共同創業者)と リサ―チを重ね、ラグジュアリー・ファッション(オケージョン用ドレスやアクセサリー類)のレンタルをサブスクリプション方式(定額課金)でスタートさせました。

当初のモデルは、「4日間(移動日を含む)」を1単位とするレンタル・パターンでしたが、現在では、レンタル、キープ、購入、再販、など多様な展開となり、会費も「クローゼット限定アクセス」では月々$94で5点(月1回出荷、1度に5点)、「フルアクセス」では、月 $119(初回月 $95)で5点(月1回出荷、1度に5点)、あるいは月 $144(初回月 $99)で10点(月2回出荷、1度に5点) 等となっています。送料・クリーニングともに無料、個人スタイリストもつきます。

レント・ザ・ランウェイの商品:カジュアルからオフィスからオケージョンまで(画像は筆者あての同社メルマガより)

コミュニティの重視も同社のユニークなアプローチです。レンタルした服でパーティなどを楽しむ自分の写真をSNSでアップする、は当初から人気があり、「同じ服でもこんなに違うイメージに」と私も驚きましたが、これは現在でも続いており、「着たことのないブランド」を試した客の90%がSNSに参加していると聞きます。

レント・ザ・ランウェイのコミュニティ。同社ホームページより

 ファッションは変化し、ラグジュアリーに対する消費者の見方も変わった

ファッション、ラグジュアリー、の意味合いは、特にリーマンショック以降 大きく変化しており、これをしっかりとらえた同社の戦略やマーケティングから多くを学ぶことが出来ます。

◆消費者は多様性とユニークなスタイルを求めている。◆ファストファッションの品質が上がり、ラグジュアリー商品の品質は逆に下がっている。にもかかわらずラグジュアリーが高騰している。◆顧客はブランドよりコスト効率を重視、◆ラグジュアリーライフは質的に変化し、アパレルなどから旅行/バケーション、ビューティ、ウェルビーイング重視へ移行。◆スノッブだった富裕顧客は賢くなり、ラグジュアリー・グッズ一辺倒の生活を卒業した、など。この中でブランドとして生き残るためには 「ターゲット顧客を明確にし、一貫したブランド・イメージを打ち出すこと」、「自分の意志を強く持った顧客、あるいは美意識を強くもつ顧客をつかむことが不可欠」、「それにはSNS(主要チャネルはTikTok)やインフルエンサーも重要」とハイマン氏。

「私たちは1兆ドルのファッション産業を破壊し、無限のデザイナースタイル満載の夢のクローゼット(クラウド(雲)・クローゼット)からレンタル、着用、返却 (またはキープ)することで、女性の服装を永遠に変えました。」と言い切る氏は、ミッション・ステイトメントで 「私たちの使命は、女性をパワーアップし、毎日を最高の気分で過ごせるようにすること」と述べています。

さらに「服以上のものを共有するコミュニティ」を重視し、「服からインスピレーション、アイデアまで、あらゆるものを交換するコミュニティです。自分が最高の気分になれるものを身に着けることができれば、最高の自分になれるのです」。

未来について、「私たちは循環型経済の出発点となるためにビジョンを広げており、その道は まだ始まったばかりで。ぜひ参加してください。」というハイマンCEOの心意気は、社会変革を実践する “ゲーム・チェンジャー”のものと、大いに感銘を受けました。

                                                                                                     END

NRF 2023 報告: “信念” と ”ケア(気づかい)” で      ブレイクスルーを

NRF 2023 logo

恒例の、米国小売業大会、NRF2023 Big Showのリポートが、繊研新聞に掲載されました。今年は、エントリーはしていたのですが、最終的にリアル参加は断念しました。直接現地を体験しなかった分、NRF発信のニュースやビデオ、現地の有識者(米国業界リーダーを含む)、あるいは主要講師に直接ネット取材をするなどで、いつもより苦労しましたが、1987年初参加以来、37回連続で定点観測的に見てきたNRF大会だけに、見ていないものが見えた、という不思議な気持ちになりました。

大会の最大のメッセージは、「人間重視(ダイバーシティ/平等/包括性)とケア(気遣い)の重要性」。「企業文化が、戦略やビジネスモデルを超えて、真の顧客価値を生む」でした。

テクノロジーが、特にAIを中心に多様な展開を加速する中で、「人」、「生きること」、「思いやり」、「優しさ」に、明確なギアが入った大会だったと、感銘を深めています。

以下が、繊研新聞から掲載許可を頂いた、寄稿記事です。

コロナ禍3年を経て、アメリカのファッション小売業界は、大きく変容しました。DX(デジタル・トランスフォーメーション)や店舗の変革、DE&I(多様性/平等/包括性)、働き方改革、サステナビリティ、、と。そして今、人・生き物・心・地球が焦点になっています。

それに対して日本は、身を縮めてコロナの嵐が通り過ぎるのを待っていた感じがしてなりません。世界の潮流に、これ以上後れを取らないように、日本の、日本企業の、日本人の、大奮起に期待しています。

<NRF2020 大会リポート ⑤ 小売業のサービス化(2)RaaS サービスとしての小売業>

 いよいよ4月、新年度が始まりました。新型コロナウィルスのパンデミック(世界的流行)が、世界を恐怖と不安に陥れているなかでの、新年度。入社式も入学式も、史上経験したことのない形になり、休校中の学校も再開がさらに延期されるところも多く、緊急事態宣言がいつ出されるのか、など、感染拡大収束時期の見通しも立たない中、不安で落ち着かない毎日を過ごしておられる方が多いと思います。

 3日前(3月31日)、このブログを書き始めた時には、世界の感染者は85万人、死者も4.2万人を超えたと騒いでいたのが、3日でそれぞれ 100万人超え、5万人超えになりました。今やエピセンター(震源地=感染の拡大中心地)となったニューヨークでは、感染者が9万人を超え、死者数も 2001年の同時多発テロの犠牲者数(2977人)を上回り、医療崩壊目前の状況だと報道されています。

 NRF報告第5弾は「小売業のサービス化――その2」 を書こうとしていますが、国家非常事態宣言が出されたアメリカの主要都市、特にニューヨークでは、小売業や食品スーパーやドラッグストア、家電製品などを含む生活必需品を扱う店以外は休業し、レストランもテイクアウト以外は店を閉め、街は閑散。病院などのベッドや人工呼吸器の不足も深刻になってきました。セントラルパークには緊急テントによる野営病院が立ち上がり、米国海軍は病院船の「コンフォート」をニューヨークに派遣。

   マンハッタンの港に向かう米国海軍の病院船 (US Navyのホームページより)

NRFが毎年開催されるハドゾン川沿いのジャービッツ・センターは、急遽1000床のベッドをもつ緊急病院に転換されました。わずか2か月前の、NRF大会会場で見た混雑と熱気、あるいは活気に満ちたニューヨークの街はどこに行ったのか! まるでゴーストタウンのようです。

 マスクやハンドサニタイザー、ばかりでなく、保存食の類もスーパーの棚から消え、必需品の確保と店内感染対策などに懸命な小売り企業は、ソーシャル・ディスタンティングや新規の宅配手法、ネット注文品のドライブスルーやカーブサイドでのピックアップ等での対応。また購買が拡大しているウォルマートやアマゾンは人手確保に注力、アマゾンは時給を2ドル上げて19ドルにするなど、対応に懸命です。

  “顧客の変化・ニーズへの対応”がビジネスの基本と考える米国では、いろいろな新しい試みやサービスも生まれています。例えばキャリア女性向けの“在宅ワーク用カジュアル”の販売を促進するブランドが増えたり、アンテイラーでは、This is Annのハッシュタグで、在宅勤務中の服装をインスタグラムに投稿するよう呼びかけるなどしています。他の例では、アマゾンのAlexa(音声アシスタント)が、コロナウィルスについての会話に対応、いくつかの質問と対話で、CDC(連邦防疫センター=連邦厚生省DHHSの一機関) の指示に基づく、感染リスクレベルをアドバイス。あるいは、手洗い20秒の間、歌を歌ってくれるリクエストへの対応もしてくれます。アップルも症状スクリーニング・アプリをCDCほかの連邦機関などと連携して提供しています。

 企業による寄付行為も多大・多様で、お金の寄付はもちろん、ファッション関連企業によるマスクや防護服などの大量提供や、企業幹部の報酬をカットし休業中の社員の給与を全額保証する企業、あるいはリーバイスのように、バーチャル音楽会を配信し、“Stay Home, Stay Connected”を促進するものもあります。

 店舗休業に伴う社員の自宅待機や一時帰休が拡大し、メイシー百貨店は社員12.5万人の大半、Gap8万人(カナダ含む)、コールズで約8.5万人、ニーマン・マーカスは1.4万人の大半、と報道されています。休業が続く場合の百貨店などの流動性、すなわち、いつまで持ちこたえられるかについて早くも予測するアナリスト(Cowen & Co.社)もでています。曰く、ノードストロムと J Cペニーは8か月、MacyKohl’sなどは5か月だと。

<コロナ・パンデミックの収束はいつになるのか?> 

 答えられる人はいないでしょうが、その経済への影響は恐るべきものになるでしょう。米国ではすでに2兆ドルのコロナ対応施策、(さらに2兆ドルの景気対策?)が動き始めています。日本国の対応の遅れと、政府のアクションが補償なども含む具体策とスピード感に欠けていることに焦りを感じます。今回のコロナ危機で、日本のいろいろな体制、例えば企業のリモートワークや学校のオンライン教育体制(世界の先進諸国では当たり前)の未熟さも、改めて露呈しました。パンデミック収束後のV字回復のためにも、個人も企業も、目先の切迫した感染拡大防止や都市封鎖の可能性に加え、このコロナ危機が私たちの生活やビジネスに、どのようなファンダメンタル(基本的)な変化をもたらすか、について、真剣に考え行動を始めることが不可欠だと思います。

 

 <NRF 2020で注目された 「小売業のサービス化: RaaS>

 コロナ危機が収束した後の小売りビジネスは、どのようなものになるでしょうか?パンデミックの恐ろしさを実感し、生きることの有難さと同時に難しさを体験した消費者。生活必需品の価値と、健康で安全な生活の重要性に改めて思い至った消費者の意識と行動は、これまでとは大きく異なるものになると思われます。自然が生みだす異変や人間による地球環境破壊、サステイナビリティやエシカルへの想いも強まり、ビジネスの仕組みも大きく変わらねばならないでしょう。

 NRF 2020大会の重要なメッセージの一つとして強調したい 「小売業のサービス化」、すなわちRaaS=Retail as a Service(サービスとしての小売業)は、コロナ終息後のビジネスにとって非常に重要なものになると私は考えています。小売り業は、そもそもサービス業といわれますが、これまでは、“メーカー(ものを製造する業)”と対比する意味で使われてきました。商品が、素材から始まり製品化・仕入れ・物流・在庫・販売と続く長いサプライチェーンの最終ポイントとして消費者に接するのが小売業でした。これに対して、顧客(消費者)中心の柔軟な発想で、メーカー(製品を生み出す人/企業)を直接あるいはフラットに顧客や関係ビジネスにつなぎ、優れた顧客体験や利便性といった新たな価値を創造する、しなやかで効率の良い仕組みをつくるのが“サービス化”です。

 言い換えれば、従来のチャネルベースの固定的な縦の流れの生産・流通・販売から、顧客を中心とする360度を視野に入れたフラットでフレキシブル(アジャイル)でフリクション(摩擦やイライラ)の無いコマースを実現しようとするものです。そのために、デジタル技術とクラウドを活用し、リテーリングのバックエンド(商品調達に始まる各種のトランスアクション)と、顧客の体験やエンゲイジにかかわるフロントエンドを切り離し、DTC(メーカー直販)ブランドなどがフロントエンドの実店舗ビジネスを簡単にスタートできるようにする仕組みです。ちょうどトヨタが掲げる MaaSMobility as a Serviceが、 “自動車の製造販売会社”から “移動性という機能を多様な形で提供するサービスに変身しようとするのに似ています。

<NRF 2020で登壇した RaaS事例>

 今回、大会で注目されたのは、Neighborhood GoodsとShowfieldsでした。しかしRaaSモデルの先陣を切ったのは、2015年に、いわゆるガジェット、新しいデジタル機器を好むユーザーに新製品を体験してもらう場をスタートさせたカリフォルニアの b8ta(ベータ)です。製品のβ(ベータ)テストを行いながら、カメラで顧客の行動を把握し、そのデータをリアルタイムでメーカーと共有。「売る」のではなく「消費者に新しい価値を提供する」ことで、企業側からも収益化を試みるビジネスモデル。販売もしますが、収益は月額固定の出展料で、すでに米国内24店舗、ドバイに1店舗を展開しています。(写真は、ハドソン・ヤードSC内の通路から見たb8ta 店)  

出品者はDTCがほとんどで、販売はb8taの訓練されたスタッフが行いますが、“売りこまれる”ことがないので、顧客は専門的説明を受けながら楽しんで製品を体験できます。今年夏には日本に2店舗を開店する予定と聞きます。

 

<ネイバーフッド・グッズ(Neighborhood Goods)>

  今回NRF大会のセミナーで紹介されたNeighborhood Goods「新しいデパートメント・ストア(百貨店)」をうたって2018年11月にテキサス州で創業したスタートアップ。創業1年の2019年12月には早くもニューヨークのチェルシーに2店舗目を開店。さらに先月3月6日には3店舗目をテキサス州オースティンに1000㎡の店舗で開店した、今話題のビジネスです。アパレルから雑貨、趣味の道具類、文房具、ヘルス/ウェルネスやグルーミング関連商品、フランス大手企業のフレグランス・テスト・ショップなどが魅力的な構成やデザイン設計でならび、それらがホットなブランドとして定期的に入れ替わる店になっています。

Neighborhood Goods 売り場風景 (NRFプレゼンより)

  NRFでは、共同創業者のマット・アレキサンダーCEOが登壇しましたが、テーマは、RaaS plug-and-play のインフラを使った、リアル店舗でのテストと学習」

でした。“plug-and-play”とは、“電源を入れるだけですぐに始められる”という意味です。ユニークな製品を作ることは出来ても、小売りビジネスを始める法的手続きの知識や店舗運営ノウハウもないDTCに、販売だけでなくマーケティングやブランディングまで支援するビジネスパートナーになって、新商品をテストし、顧客の嗜好や行動を共に学習する場を提供する、というビジネスです。

Neighborhood Goods 店内風景 手前はデニムとBoy Smells

販売はネイバーフッド・グッズの接客スタッフが受け持ちますが、売り込むのではなく “ブランドアンバサダー”として、ブランドのストーリーや魅力を和やかな会話で伝え、共感を得るといった雰囲気。接客スタッフが得た顧客の反応などの情報は、店内のカメラなどがとらえた顧客の行動データとともに集められ、出展ブランドにもフィードバックされて、それに基づくコンサルティングも行われます。基本的な契約は月額固定の展示費用と販売委託手数料(販売マージン)をブランドが支払う形です。

Neighborhood Goods売り場風景

壁にかかっている同社の自己紹介的メッセージ(画像参照)が、この店のコンセプトをよく表しています。メッセージは言います。

 Neighborhood Goodsは、新しいタイプのデパートです。変化し続ける景色をフィーチャーする、つまり思慮深くエキサイティングでコンテンポラリー(現代的)なブランド、物語、そしてイベント、の風景に注目するお店です。

さらに私たちは、全国で拡大する店舗を通じて、コミュニティ、つまり人々が集まって、買い物をしたり、食べたり、新たな発見をしたり、学んだりするコミュニティの 場所 であるよう努力しています。

 このメッセージを読めば、「いつも新鮮で魅力的な商品がある店」、そして「地域コミュニティのハブ」になりたい、という同社の思いがよく伝わってきます。歩合給でなくサラリー制で働く感じの良いスタッフ(ブランド・アンバサダー)が、チャットも含め親切に対応し、店内で行われる料理教室やエクササイズ教室などの様々なイベントを楽しみに、多様な人が集まる。そんなお店なのです。 

Showfields(ショーフィールズ)>

 今回、スタートからわずか 1 年でNRFセミナーの講師に招かれたShowfields(ショーフィールズ)は、「世界一面白い店」 をうたって、2019年1月に ニューヨークのNOHOに開店しました。その名も“Show(見せる)Fields(場所)” というこのRaaS は、主としてDTCブランドやアートを集めた新しいタイプのセレクトショップといえます。

マンハッタンNOHO、Bond Streetの Showfields

店舗は3フロアにまたがる小さなブース約40コマに、それぞれのブランドが出展。出展期間や契約は様々なようですが、コンセプトや商品説明は、ショーフィールズの訓練されたスタッフが、全員実験室用白衣のような装いで楽しそうに行います。

接客スタッフはブランドや商品について詳しい知識を持ち、ここでも“売り込み”ではなく、製品や関連するストーリーや自分の思い入れを語るなど、なごやかな雰囲気です。(写真は、ブースの例:右  VERTIGGA。下 CBDカンナビジオール店で製品を説明するスタッフ。CBDは麻の主成分の1つで鎮痛剤や睡眠薬として市販され愛用者も増えてている

RaaS拡大への大きな期待>

 RaaSによる新たなビジネスモデルは、今回のコロナ危機で、高度に組み立てられていた分だけダメージも大きかったグローバル・サプライチェーンに、革新をもたらすものと私は考えています。国内生産、ロスを発生させないエコシステムやカスタム生産、ユーズド商品やシェアリング、などなど、これまでの伝統的リテーリングになじみにくい新ビジネスが、ローカル・コミュニティを基盤に、顧客セントリックで展開できると考えるからです。

 RaaSの日本での広がりを、楽しみにしています。                      NRFリポート⑤ End