ソーシャル・ビジネス

<NRF(米国小売業)大会2014報告⑧―Life is Good!楽観主義がブランドを育てる> 

 今年のNRF大会で大きな反響があったのが、「Life is Good(人生はいいものだ)」の大型セッションでした。Life is Good社の創業者、バート・ジェイコブス氏が講師で、テーマは楽観主義」、「思いやり」、「喜び」――適切なマインドを売ることが、いかにブランドを成長させるか”です。 Life is Goodは、まさしく未来を示唆する「ソーシャル・ビジネス」を実践する事例と言えます。ビジネスが、「金儲け」だけではなく、「社会のためになる、人のためになる、人がそれにより成長し幸せになる」 ものでなければならない、という同社の考え方は、すでに2012年のNRF大会以来、“Conscious Capitalism=意識ある資本主義” 等のテーマで、ホールフーズ (オーガニック食材を扱うグロサリー小売業) やスターバックスの創業者が、熱っぽく語った新しい企業理念、 “ソーシャル(社会的役割)”重視です。

 Life is Good Company は、バートとジョンという2人のジェイコブス兄弟がスタートした 「アパレルやアクセサリーの販売で、前向き思考を推進する」 会社です。売上は1億ドルを越え、利益の10% を恵まれない人達のために寄付をしています。

(画像は同社のアイコンであるJakeのスマイル」 Original Jake drawing

 このビジネス・コンセプトが生まれたきっかけには、非常に興味深いものがあります。バート・ジェイコブス氏は、Villanova University 1987年に卒業。その2年後に、Tシャツをトラックで巡回販売する会社をスタートしましたが、なかなかうまく行かない。 そして疲れ果てながら、弟のジョンと、「なぜ、メディアは、うまくいってない事だけを取り上げ、うまくいっている事は取り上げないのか? そのネガティブ(否定的)エネルギーの影響はどのようなものなのか?」  さらに「ポジティブ(肯定的・前向き)なエネルギーだけを伝播するブランドをクリエ-ト出来ないものか?」 と考えました。その時、部屋の壁に貼ってあった 「Jakeのスマイル」のイラストに心を打たれ、ひらめきを得たといいます。その結果、ビジネスの経験もないまま、たった78ドルの資金で、Life is Good3語を、絵心のある弟が描いたTシャツを売り始めといいます。 

 「Jakeのスマイル」―人にいい気分を伝播するスマイルのイラスト-が、Life is Goodのアイコンです。そして、ユニークなイベントで各地を巡回しながら、それぞれの土地で趣旨に賛同するボランティアを巻き込み、多くの人を動員し、メッセージの伝播と、ファンド・レイジング(寄付金集め)を成功させているのです。

 ファンド・レイジングのイベントで最も話題になったものに、2006年ボストン・コモンでの「かぼちゃ彫刻」があります。一か所に集められたかぼちゃの数で、ギネスの世界記録を更新し、10万ドルを集めたとのことです。

 Tシャツに書かれたメッセージの例をあげましょう。「子供は偉大なる楽観論者」 「楽観的でなければ、革新的な事は出来ない」 「良い価値観は伝染する」 「一人では出来ないStick Together!(みんなくっつけ)」 「簡素化せよ!」 「祝福せよ。Celebrate!」 「仕事と遊びの境界線を消せ!」。メッセージはすべて、前向きで楽天的、楽しくなる、元気が出る、といった人の生き方の示唆に富むものです。

中でも私が特に気に入っているものは、「テイクする者は、“食” には困らないかも。しかし、“ギブ”する者は、よく寝られる。」、、、素晴らしいメッセージですよね。(画像参照)

 Life is Good の社会貢献は、彼らの信条、すなわち「子供が、究極のインスピレーション源」 にもとづき、子供を対象に行われています。全国のフェスティバル・イベントで生みだした資金の100%、また Life is Good の商品の販売で得た利益の100%をハンディキャップのある子供の基金に提供されているのす。 最近では、この考え方に賛同する企業との連携も拡大し、コーヒーチェーン(Sumacker’s)やHallmark(カード・文房具)もグループに入りました。

 バート・ジェイコブスCEOは、自らを、CEO=Chief Executive Optimist(楽観主義最高責任者)と呼び、“Optimism can take you anywhere.”(楽観主義が、あなたを望む場所に導く) をスローガンに、全てクチコミ、広告なしで4500の小売業、30カ国への販売を推進しています。

 NRF大会で彼は強調しました。

  「子供は楽天的。“悲観的な人”が、革新的になったり、殻を打ち破る事は出来ない!」

そして、1000人を超える聴衆に対して、講演の間、強調したいメッセージがあるたびに、“○○はスーパーパワー! 高く飛ばせ!” と大声で唱え、フリスビーを客席の最後部へ向けて投げるのです。 それを聴衆が飛び上がってわれがちに捕まようとする光景は、感動的でした。 たとえば、

   Fun is SUPER POWER!  Let it fly! (楽しい事は、スーパーパワー! 高く飛ばせ!)

   Love is SUPER POWER!  Let it fly! (愛は、スーパーパワー! 高く飛ばせ!)

   Courage is SUPER POWER!  Let it fly! (勇気は、スーパーパワー! 高く飛ばせ!)

  「“物を売る” のが小売業であった時代は終わった――小売は、エンタテイメントであり、教育であり、社会的役割をもっている。」 のジェイコブ氏のメッセージは、まさしく小売ビジネスの新しい時代の到来を、告げるもの、と感銘を深くしました。

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション⑥ ―企業哲学としての社会性 :フェリシモ>

 「社会性」 を意識した事業を継続的に推進している企業で、私が特に感銘を受けているフェリシモという会社の事例を御紹介します。

 ㈱フェリシモは、神戸に本社があるダイレクト・マーケティングの会社です。カタログとインターネットによる販売という意味では通信販売会社ですが、非常にユニークな仕組みを持っています。顧客が商品を選択するのではなく、フェリシモが提供する様々なコレクション・シリーズの中から、顧客が自分の興味や関心によって選んだコレクションの商品が、定期的に届くという仕組みです。 消費者の多様化や個性化が言われる昨今、言ってみれば「おまかせ」のこういったシステムが成り立つのは、同社の歴史が育んだ顧客層、フェリシモ・ファンの強い支持があること、またその「支持」こそが、同社の哲学である “「事業性」、「独創性」、「社会性」のバランス”、の成果だと、私は考えています。この考え方は、今から25年も前から同社が掲げて来た企業理念です。企業活動は、「事業として成り立たねばならない」が、同時に「社会にマイナスをまき散らさないだけでなく、プラスに貢献できる」ものである事が重要、というのが矢崎和彦社長の考えです。そういった社会に役に立つ活動を、単発で終わらせないで持続可能にするためには、商品が顧客にとって魅力あるものでなければなりません。そこで「独創性」つまり簡単には真似できないデザインや作り方の創意工夫が必要になります。商品が顧客の期待を裏切らないものであるから、顧客は会社に「おまかせ」で、次に何が送られて来るかを楽しみにしているのです。

 フェリシモ社の考え方と多様な事業の詳細をここで紹介する事は出来ませんが、興味のある方は、同社の矢崎和彦社長が書かれた『ともにしあわせになるしあわせ』という題名の著書(英治出版。今年の7月に出版)を読まれる事をお勧めします。

 「事業性」、「独創性」、「社会性」の3つが重なる領域こそがフェリシモのめざすべきビジネス、という考え方は、実は25年来のものです。当時、メセナやフィランソロピーに取り組む企業が数多くありました。しかし大手企業が利益の中から多額の寄付をする、あるいは文化事業を行う、というのは、「自分達には関係のない世界だな」と感じていた、と矢崎社長は本の中で述べています。「本業で儲けて別のところで寄付をするというのでは、本業で利益が上がらなくなったら、継続できない。自己の確固たる事業基盤の上で社会に貢献することこそが、サステイナブルな取り組みだ」という考え方です。

 社会的事業の一例、「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト」(CCP) を紹介しましょう。(写真)さをり織りポーチ。スマホを入れたまま操作できる) Challengedとは、欧米で「障害を持つ人」の意味で使われる言葉です。もとは重度の障害を持つ母親が、「チャレンジドを納税者に」のコンセプトで、「障害者が自立できる社会にしたい」の想いで推進しているプロジェクトです。フェリシモはこのプロジェクトに感銘を受け賛同し、障害者がつくる製品が、「バザーなどでしか売られない」のではなく、さらに「障害者のために買ってあげる」といった姿勢ではなく、「欲しいから買う」ものにする方法を考えました。そして障害者が描く色彩豊かなデザインや、細かい手仕事で製品を忍耐強く仕上げるスキルを、同社が持っている商品企画力や生産の仕組み、マーケティング力に結び付けて、魅力ある商品に仕上げているのです。実際に某アパレルメーカーの担当者が、「これはどこのデザイナーのバッグですか?」と尋ねたほどの出来栄えです。

 海外での社会的事業も数多いのですが、2年前から取り組んでいる、「グラミン・フェリシモ」も簡単に紹介しましょう。

グラミンチェックのエコバッグ

このプロジェクトは、グラミン銀行の設立者のムハマド・ユヌス教授が貧しい人の雇用のために現地の織機で織らせていた綿のチェック生地に、フェリシモがオシャレなデザインを持ちこみ「グラミン・チェック」を創造することによって、売り上げと雇用を拡大したものです。チェックのデザインは世界コンペを行い52カ国150人のデザイナーの応募作品から最優秀の「インフィニット・ホープ(無限の希望)」のデザインを選びました。また、これによって設置されたインフィニティ基金は、ペダルをこいで水を浄化する浄水器付き自転車(日本製)を購入・提供、という形で現地を支援しています。

 これらを支える大きな力は、同社の企画力、独創性です。これにはフェリシモの非常にユニークな採用方法も、大きく貢献しています。定員の何百倍におよぶ応募者に選考過程で出される課題は、「自分カタログ」の作成です。自分のやりたい事、考え方などを自由な形で「カタログ」にさせ、編集力や表現力、特に創造性をみるのでしょう。どれも力作で、その努力の過程にその人物がよくわかるそうです。非常に有効な素晴らしい入社試験だと思います。

 障害や貧困に苦しむ人への支援は、多くの企業が色々な形で取り組んでいる社会問題ですが、「魚を与えるよりも、自力で魚が獲れるようにする事」が重要です。フェリシモのユニークな点は、こういった「自立」を支援する事に加え、“ともにしあわせになるしあわせ”という明快な企業哲学をもとに、生活者であるお客さまの賛同・参画を得ながら、つくる人も使う人も、その仕組みを作る人も、すべてが幸せな達成感を得られるビジネスを組み立てている事です。そしてそれが、意欲的で創造力のある社員によって実現されていることに、21世紀企業の進むべき新しい方向性を感じます。

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション ⑤ ――事例: エシカル>

  エコロジー/サステイナビリティの分野に取り組むソーシャル・ビジネスについて、先回述べました。今回は、「エシカル」分野の事例を紹介したいと思います。 「エシカル」とは、 「倫理・道徳的、人道的」 な視点から、社会的問題解決に挑むものです。 事例として取り上げるのは、㈱ マザーハウスと、㈱ ファーストリテイリングの 「グラミン・ユニクロ 」事業です。

1.株式会社 マザーハウス

 「途上国から世界に通用するブランドをつくる」 をミッションとする同社は、高級バッグの生産販売会社です。デザイナーの創業者(山口絵里子)が大学時代に世界でも最貧国のひとつ、バングラデシュを訪問。途上国の現状を知り、現地の大学院に入学。その国にある人や資源の良さを最大限に生かしたデザインで高品質の製品を作り販売することに取り組みました。そこで出会った素材はジュート(麻)。これを様々な苦労を重ねて、ユニークなバッグの開発に成功したのです。その狙いは、貧しい人たちが 「援助を受ける」 のではなく 「ビジネスで自立する」 ことでした。日本の若い女性が、世界の最貧国と言われるアジアの国で、2006の起業でした。生産はその後ネパールに拡大しています。

  同社のホームページには、<MHアクション>として、次の様なメッセージがあがっています。

Fashion is philosophy: We wear what we believe. ファッションとは哲学そのものである。私たちは価値観を身に着けている。』 その説明として、「ファッションとは個人の価値観、そして哲学を表現する重要なツールです。外見だけではない内面の美しさを表現できるファッションの受け皿として、マザーハウスはあり続けたいと考えています。」

  マザーハウスの創業者、山口絵里子さんは、2012 年 12月に 日本ハーバード・ビジネススクール・クラブから「2012 年度アントレプレナー賞」を受賞しました。その時の受賞コメントが感動的だったので、ご紹介します。「最貧国でのビジネスを軌道に乗せるために大事なことは『信頼関係』です。 政情不安でも、非常事態宣言が出ても現地にとどまり、決して逃げなかった。そのうちに 『この人は発注量も少ないが、ベンガル語を話し、普通のバイヤーが来ない工場へもやって来る、、』 と言ってくれる友人になった」というのです。24 歳での起業と事業の成功に、多大な拍手を送ります。 

2.ファーストリテイリング社

  バングラデシュで同社が展開している 「グラミンユニクロ」 も 「エシカル」 分野のユニークな事業例です。ファーストリテーリング社は、バングラデシュの貧困、教育、衛生、ジェンダー、環境など、社会的課題をビジネスの手法で解決することを目的に、2010 年にソーシャル・ビジネスの会社を立ち上げました。2011 年にはグラミン銀行グループの子会社との間に合弁会社、グラミンユニクロ社を設立し、現地でソーシャル・ビジネスを開始。よい服をバングラデシュで企画・生産し、貧困層の人たちが購入可能な価格で提示。商品の販売は、グラミン銀行から融資を受け、それをもとに自立を目指す “グラミンレディ” たちが行う、という仕組みです。同社のホームページによれば、農村部出身の貧しい彼女たちが、農村の家々を訪ねたり、自分の家を店代わりにして、商品の特徴を説明しながら販売に当たるとのこと。商品は基本的には委託販売方式で、グラミンレディは売上代金に応じてコミッションを受け取るのだそうです。そしてその利益はすべてソーシャル・ビジネスへ再投資する、このビジネス・サイクルを現地の人々の手でまわしていくことで、貧国・衛生・教育などの問題解決を目指そうとするものです。 

  商品構成は、「当初からのインナー類や無地のTシャツなどに加え、その後、ポロシャツやプリント Tシャツ、襟付きシャツなどを追加。民族衣装のサリーや衛生改善に役立つ下着やサニタリーナプキンの販売も開始しました。商品の価格については、当初は 1 ドル以下に設定しましたが、生産コストとの兼ね合いで商品に競争力がなく、思うように販売が伸びませんでした。そこで商品構成と価格帯を見直し、2 ~ 4 ドルの商品も開発。素材もコットンに加え、ポリエステルやアクリルなど機能的な化学繊維も取り入れるなど、その種類も豊富になった」という事です。

  さらに従来からの農村部における販売に加え、首都ダッカのショールームでの販売もスタート。今年の 7 月には、バングラデシュのダッカ市内にグラミンユニクロ初の店舗、2 店をオープンしました。今後も都市部での出店と情報発信、ブランディングを積極的に進めるとの事です。

  服の企画、生産、販売を通じて人々が心からほしいと思う商品を提供し、同時に雇用を創出する。特に貧しい国で虐げられている女性の自立を促進することで、社会の色々な問題解決につなげる、というこのグラミンユニクロのプロジェクトは、素晴らしいものだと考えます。またこのような先駆的な活動を、日本企業が世界をリードする形で進めていることを、誇らしく思うとともに、同社 CEO の柳井正氏のグローバルなビジョンと、リーダーシップに、大いに敬意を表すものです。