ファッション・ビジネスの未来

「変化の波に乗る」 2025年 NRF    (米国小売業大会)リポート

2025年の幕が開き、米国トランプ大統領が次々に打ち出す施策に驚き、あるいは翻弄され、予想される世界情勢の劇的変化と大きな不安が拡大したこの2か月、あっという間に時が過ぎました。小売業も更なる変容が続くことでしょう。

2月28日に日本専門店協会の「新春講演会」で2025年NR大会と米国小売業の現況/注目点について講演しました。そのNRF関連部分をご紹介します。

恒例のNRF Big Showは、1月12日~14日にニューヨークで開催されました。世界最大の小売業コンベンションとして115回目となる今年も、世界105国以上から約4万人(参加企業/ブランド6200社超)が集まり、最新テクノロジーの展示や170を超えるセミナー(登壇講師450人以上)で学びや体験を深めました。私は今年もリアル参加はできませんでしたが、この大会が年々発展していることを頼もしく思います。NRF大会会場 NRF提供

今年のNRF大会から学べることを、現地友人の専門家やリサーチャー、NRFなど各種の報道を通じて得た知識や情報から私の知見としてまとめました。

(画像はNRF大会風景 NRF提供)

大会のテーマは、「Riding the Wave of Change=変化の波に乗る!」

激動する世界情勢、トランプ新政権で予想される関税問題など色々な不安要素、生活に不満を抱く消費者の意識と行動、そして何よりも、猛烈なスピードで進展するAIテクノロジーが、今年を“いつもとは全く違う年”にすると思われます。変化はチャンス! その変化の波に乗れ! Game Changerになれ!がメッセージです。

 「AIはバズワードからリアル実装へ」、「反動としてヒューマン・コンタクトが重要に」

AI が中心に躍り出た大会、と言われる今年のNRFは、「AI」 の言葉の頻出で前例のない年でした。またその反動として、AI(人工知能)ではなく「人間」(ヒューマン)、つまり人の心や感覚が重要になり、あらためてリアル店舗の重要性が、各所で強調されました。例年以上に有名企業/ブランド、それもCEO登壇のセミナーが多かった今回でしたが、際立ったメッセージが少なかったのは、各社が各様に、自社の存続・発展を狙ったロイヤル顧客づくり、強固なブランド構築に、それぞれの戦略を地道に展開しているからだと考えます。またトランプ新政権が、DE&I(多様性・公平性・包摂性)や女性活躍などの社会問題に否定的であることに配慮し、時代を画する象徴的なトピックを打ち出さなくなっていることも無視できません。

 「NRF 2025小売りトレンド」はなんと25項目

NRFは、「“予測”はますます困難になった」と、今年は例年の7~8項目に絞り込むことをやめ、多様な専門家の考えをまとめた形で、25トレンドを挙げています。ビジネスの多様化で、課題も解決策も様々な中、苦肉の策の感じです。

そのなかで私が注目したものは下記です。

◆ライブショッピングは2025年に火がつく、◆実店舗は生まれ変わる、◆デジタル・ネイティブ世代はブランドとマーケターに挑戦し続ける、◆広告への不信感拡大、◆マーケティング業務は今後数ヶ月で厳しくなる、◆ソーシャルコマース繁栄の年、◆キャッシュレス決済は変曲点、◆循環型社会が小売業の未来、◆サイバーセキュリティ(透明性、安全性、プライバシー第一)戦略は消費者の信頼維持の鍵。

 NRF 2025から学ぶべきものとして、私が重視したい6点

1.AI の躍進: バズワードから実装へ

2.AI 拡大の反動として、ヒューマン(人間)が重要に

3.コミュニティ作りの重要性

4.パーソナル化でロイヤル顧客づくりとブランド構築

5.サステイナビリティは サーキュラー(循環型)志向に

6.リアル店舗で顧客とつながるスロー・リテールを

今回は、これらのトレンドを代表する2つの基調講演、「リアル世界のAI」 と 「レント・ザ・ランウェイ」について書くことにします。

 1.冒頭の基調講演: 「小売りのゲーム・チェンジャー」 ――エヌビディア社とウォルマート社

2024年に、生成AI/チャットGPTが自然言語による文章や画像作成で急拡大したAIは、2025年 さらに大きく発展を続け、各種テクノロジーの統合的活用による成果が拡大します。

テーマ、「リアル世界のAI: あなたをより賢く、より生産的にしたいと待機しています」 のもとに、トップバッターとして登壇したのは、ウォルマートUS社のジョン・ファーナーCEO(現NRF会長)と、エヌビディア社 小売り部門担当バイス・プレジデント、アジタ・マーティン氏でした。エヌビディア社は言うまでもなく、米国の大手半導体メーカーで人工知能コンピューティングの世界をリードしている会社です。

基調講演:ウォルマート社ファーナーCEOとエヌビディア社マーティンVP (画像はNRF)

マーティン氏は、最近発表したエヌビディア社の新技術、“MEGA” や “AIエージェント”、“フィジカル(物理)AI ”等について熱っぽく語りました。 「AIは本物です。どこから手をつけるべきか迷うかもしれませんが、ともかく始めましょう。それにはトップのバックアップが不可欠。トップはAIを信じる必要があります。」と自信を見せました。

“MEGA”とは、デジタルツイン(現実世界から収集したデータを基に、仮想空間上に現実世界を再現する技術)を構築できる新しいBlue Printの一つで、倉庫や産業用工場でのロボット群団の大規模なテストを、実世界の施設への導入前に、可能にするものです。“AIエージェント”とは、人工知能(AI )を活用して人間の介入無しに自律的にタスクを実行するプログラムやシステムのこと。“物理AI ”とは、現実世界の物理的な法則や環境(重量や奥行き)を理解し、それに基づいて自律的に判断・行動できるAIシステムを言います。コンピュータ・ビジョンと物理AIモデルの統合が小売りの現場で果たす役割にも期待が集まります。

 ロウズ社(大手ホームセンター・チェーン)の活用事例

ロウズ社は、1,700店舗のデジタルツインを作成し、1日に数回、運用データと在庫データを更新しているとマーティン氏は言います。「その結果、さまざまなレイアウトをシミュレートし、顧客の店舗での買い物方法を、レイアウトの変更や最終的売上と収益の向上を目指して実際に最適化します」。同社は現在、マーチャンダイジング最適化のため、プラノグラム(棚割図)を使用した3Dデジタルツインを試みているとのこと。

ロウズ社では、店舗のコンピュータ・ビジョンとAI の連携により、品べりを削減したり、支援が必要な顧客に店舗スタッフをリアルタイムで配置することもできます。「コンピュータ・ビジョンが助けを要する顧客を見つけ出し、従業員に(個人の)Zebraデバイスで警告する」。このデバイスには、顧客の質問に答えるために使用できる生成AI (GenAI) チャットボットも組み込まれているとのこと。「私たちはアソシエイトに超能力を与えています。誰もが専門家になるのです」。

 Walmartが進めるAI活用  

ウォルマートのファーナー氏は、NVIDIA のデータサイエンス・アクセラレーション・ライブラリとも連携して、予測に注力していると述べました。AI導入により予測精度が向上し在庫管理を最適化。「1%の予測精度アップが巨大な利益もたらす」と。在庫管理・在庫配分では、過去の販売データや天候、イベント、トレンドなどの外部要因を分析し、適切な在庫レベルを算出。在庫過多や欠品を防ぎ、コスト削減と売上最大化の両方を実現。在庫切れが30%削減できたと報告しています。

AI支援のパーソナル化による顧客体験の向上でも成果が上がっており、顧客データ分析がAIで進化したことにより、購買履歴や行動データに基づき最適商品をレコメンド、コンバージョン率向上につながっているとのこと。

ファーナー氏は、サプライチェーンにおける人工知能の有効性を強調しましたが、マーティン氏もこれに共鳴、「サプライチェーンは、AI活用で最も成果が得られる分野」 と二人が興奮していた、とあるメディアは伝えています。店舗や配送センターの物理的に正確なデジタルツインを作成する機能により、多様なレイアウトのシミュレーションが可能なり、設備投資の前に人や物がどのように相互作用するかを観察することができるからです。

 AIが、顧客体験、従業員のパワーアップ、効率向上を向上させることを立証

昨年のホリディ・シーズンが、AIの有効性を立証した、とアドビ・アナレティックスは分析しています。アドビによれば、生成AIチャットボットから小売サイトへのトラフィックが、2024年ホリディは前年と比較して1,300% 増加、サイバーマンデーでは1,950% 増加したといいます。同社の調査では、生成AIをショッピングに使用したことがある回答者の70% が、生成AIによって買い物体験が向上すると考えています。

NRF 2025 の注目テクノロジーは AI 中心でしたが、ローテクエンドにあるRFIDも重要だという認識が高まっています。「現在RFIDを活用する小売業者は15% だが、これは急速に変化し、5年以内にRFIDを使わない企業のほうが15% になる」 との予測があります。(SMLのRFIDソリューション担当プレジデントDean Frew氏)。 RFIDが、単なる在庫の可視化にとどまらず、返品処理、クリック&コレクトの推進、品べり削減などで、小売業者を支援するようになっています。

2.基調講演 「ファッションの未来:Rent the Runwayのイノベーションとインパクト」

ファッションのレンタルビジネス 「レント・ザ・ランウェイ」を創業したジェニファー・ハイマンCEOが登壇したこのセッションは、今年のNRF大会のハイライトの一つといえると思います。(右下画像はハイマンCEO NRF提供)レント・ザ・ランウェイ創業者ハイマンCEO

「レント・ザ・ランウェイ」は、リーマンショックの翌年2009年に登場した多くのディスラプター(市場原理を覆す破壊的イノベーター)の中でも、脚光を浴びた新興企業でした。しかし、“レンタル”の新しい概念の浸透や最適なビジネスモデルの模索、またコロナ禍でのイベント激減や衛生面の懸念などで苦戦し、20年8月にはニューヨーク旗艦店を含めた全店を閉店した経緯があります。待望のIPO(ナスダック上場)を実現(2021年)した後、しばらくして業績は回復しはじめ、昨年の最終赤字は「前年の3200万ドルから1900万ドルに減った」 とのこと。そんな状況にありながらもハイマン氏が注目されるのは、ハーバード・ビジネススクール在学中の女性の起業、ユニークなコンセプトで巨額資金を獲得、ITシステムの効果的活用、米国最大のクリーニング工場設置、SNS活用のマーケティングなど、ダイナミックなアントレプレナー経営者としての行動が注目されるからでしょう。

「レント・ザ・ランウェイ」は、実は筆者が2016年に上梓した 『Fashion Business想像する未来』(繊研新聞社)、“ファッション・ビジネスに破壊的革新を起こさねば未来はない” を訴えた著書でも注目し、冒頭の第1章を「革新的モデル レント・ザ・ランウェイ」 にあてています。 

ユニークなビジネスモデル=ファッション・ビジネスをディスラプトする

「Rent the Runway」 起業のきっかけは、ハイマン氏の妹が、「友人の結婚式に着る服がない」とタンスは服で満杯なのに2000ドルのドレスを購入してクレジットカード支払いに苦労していたことでした。“図書館のように必要に応じて借り出して使用する 公共財”のようにすれば、個人の支出だけでなく環境保護にも大いに貢献する、がコンセプトになりました。そこで相棒(共同創業者)と リサ―チを重ね、ラグジュアリー・ファッション(オケージョン用ドレスやアクセサリー類)のレンタルをサブスクリプション方式(定額課金)でスタートさせました。

当初のモデルは、「4日間(移動日を含む)」を1単位とするレンタル・パターンでしたが、現在では、レンタル、キープ、購入、再販、など多様な展開となり、会費も「クローゼット限定アクセス」では月々$94で5点(月1回出荷、1度に5点)、「フルアクセス」では、月 $119(初回月 $95)で5点(月1回出荷、1度に5点)、あるいは月 $144(初回月 $99)で10点(月2回出荷、1度に5点) 等となっています。送料・クリーニングともに無料、個人スタイリストもつきます。

レント・ザ・ランウェイの商品:カジュアルからオフィスからオケージョンまで(画像は筆者あての同社メルマガより)

コミュニティの重視も同社のユニークなアプローチです。レンタルした服でパーティなどを楽しむ自分の写真をSNSでアップする、は当初から人気があり、「同じ服でもこんなに違うイメージに」と私も驚きましたが、これは現在でも続いており、「着たことのないブランド」を試した客の90%がSNSに参加していると聞きます。

レント・ザ・ランウェイのコミュニティ。同社ホームページより

 ファッションは変化し、ラグジュアリーに対する消費者の見方も変わった

ファッション、ラグジュアリー、の意味合いは、特にリーマンショック以降 大きく変化しており、これをしっかりとらえた同社の戦略やマーケティングから多くを学ぶことが出来ます。

◆消費者は多様性とユニークなスタイルを求めている。◆ファストファッションの品質が上がり、ラグジュアリー商品の品質は逆に下がっている。にもかかわらずラグジュアリーが高騰している。◆顧客はブランドよりコスト効率を重視、◆ラグジュアリーライフは質的に変化し、アパレルなどから旅行/バケーション、ビューティ、ウェルビーイング重視へ移行。◆スノッブだった富裕顧客は賢くなり、ラグジュアリー・グッズ一辺倒の生活を卒業した、など。この中でブランドとして生き残るためには 「ターゲット顧客を明確にし、一貫したブランド・イメージを打ち出すこと」、「自分の意志を強く持った顧客、あるいは美意識を強くもつ顧客をつかむことが不可欠」、「それにはSNS(主要チャネルはTikTok)やインフルエンサーも重要」とハイマン氏。

「私たちは1兆ドルのファッション産業を破壊し、無限のデザイナースタイル満載の夢のクローゼット(クラウド(雲)・クローゼット)からレンタル、着用、返却 (またはキープ)することで、女性の服装を永遠に変えました。」と言い切る氏は、ミッション・ステイトメントで 「私たちの使命は、女性をパワーアップし、毎日を最高の気分で過ごせるようにすること」と述べています。

さらに「服以上のものを共有するコミュニティ」を重視し、「服からインスピレーション、アイデアまで、あらゆるものを交換するコミュニティです。自分が最高の気分になれるものを身に着けることができれば、最高の自分になれるのです」。

未来について、「私たちは循環型経済の出発点となるためにビジョンを広げており、その道は まだ始まったばかりで。ぜひ参加してください。」というハイマンCEOの心意気は、社会変革を実践する “ゲーム・チェンジャー”のものと、大いに感銘を受けました。

                                                                                                     END

<ものづくりのイノベーションー いまこそ、その時>

 繊維(ファイバー)を直接身体に吹き付けて、服をつくる。蜘蛛の糸の原理から人口糸を作る。自動成形編機で、糸から製品までを一挙に国内生産する(裁ち落とし生地の無駄もない)。

アパレル製品の「ものづくり」で、イノベーション(革新)が少ないことを残念に思っていましたが、色々な新規の試みが登場しています。これまで、伝統的工程綿(わた)から糸を作り、生地に編織し、裁断・縫製して製品にする。この手法が明治時代から、抜本的な革新もなく、継続されてきました。その結果、サプライチェーンは低賃金の海外途上国へ長く伸び、国内生産は激減、他方、過剰在庫・大量廃棄も見過ごせない状況になっています。

 ファッションを取り巻く環境が激変し、サステイナビリティ(持続可能性)の観点からも、ファッション産業の革新が不可欠です。とくに、これまで「創・工・商」の内の「商と創」中心であったイノベーションを、今まさに、「工=ものづくり」の仕組みを変革するイノベーションにする時だ、と考えます。つまり、綿(わた)→糸→編織生地→裁断・縫製の、長いプロセス。多くの企業が関わり機能分担し、コストも環境負荷も多大なサプライチェーンを構築している。これを、短く・速く・スリムなプロセスに大変革して、地産地消や無駄の排除に取り組むべし。それは発想の大転換で可能だ、と、言いたくて、「モノづくりのイノベーション」 の小論を書きました。

 掲載紙の繊研新聞から承諾を頂いた寄稿文です。

繊研新聞 尾原寄稿『モノづくりのイノベーションーー「プロダクト(工業発想)」、「サステナ発想」、「クラフト発想」で』(2022.12.1付)

 

  三宅一生さんを悼み、氏が遺した ファッションへの  未来的取り組みを 日本のFBに継承したい

三宅一生さんが、8月5日、84歳の生涯を閉じられました。類まれなる才能と独自の哲学をもって、既成概念を覆す大胆な服作りで世界的に大きな衝撃と影響を与え続けた、日本が世界に誇れるデザイナーでした。

テレビの追悼番組、「陶器のボタンの贈り物」(NHK月曜美術館 再放送)を見ながら、陶芸家ルーシー・リィー氏を語る一生さんの穏やかながら想いがこもった熱い言葉に、この声を二度と聞くことが出来ないと思うと、胸が締め付けられ涙が止まりませんでした。日本にとって本当に巨大な損失。心からご冥福をいのります。

<あらゆる面でのイノベーターだった三宅一生>

一生さんは、単なる服飾デザイナーではなく、挑戦者であり革新者でした。とくに、“もの(プロダクト)づくり” の視点から、クリエーションとインダストリーの連携を提示し、未来へのビジョンを指し示したクリエーターだったと、畏敬の念すら感じます。

創造的デザイナーとしての一生さんを讃えてその死を悼むメッセージや評論はすでに多数紹介されていますが、私は、産業としてのファッションの観点から、氏の5つの功績を強調したいと思います。  

1.プロダクト発想(クリエ-ションの工業化)=プリーツ・プリーズ――かっこいい量販品

2.コレクション(創作活動)と工業的生産・販売の有機的連動 

3.テクノロジーをデザイン設計に活用―― A-POCなど

4.サステイナビリティの実践=132 5 ISSEY MIYAKE―リサイクル素材、ムダ削減の加工手法

5.工業と工芸の融合――1枚の布、を原点とする職人芸(創作への愛着・手仕事のぬくもり)

123 5 ISSEY MIYAKE   ㈱三宅デザイン事務所 Reality Lab.提供。尾原蓉子著『Fashion Business 創造する未来』より)

<一生さんとの出会い>

初めてお会いしたのは、1974年春。結果的にIssey Miyakeの2年目のパリ・コレクションで使われることとなった新素材の紹介でした。当時世界でも珍しかったアクリルの長繊維(フィラメント糸=蚕が生み出す絹のよう細く連続した長い繊維)の開発にかかわっていた旭化成時代の私が、アポをもらっておずおずと訪問。すでにデザイナーとして著名であった一生さんが、非常に優しく自然体でプレゼンを受けて下さり、15分の約束が1時間を超えるほどの熱量で接して下さったことに感激した出会いでした。

コレクションでは、この素材(ピューロン)が、コマ(独楽)と名付けたカラフルな横ストライプのフルスカートに編み上げられ、多彩なコマが回るようにモデルが舞う華やかなフィナーレになりました。場所はモンパルナスの著名ビストロ、ラ・クーポール、音楽はビートルズの、オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ。晴れやかな笑顔で踊るモデルたちの収録ビデオが、今も目に焼き付いています。合繊がまだ、天然繊維の代替品と思われていた時代に、これは素晴らしい”と評価して下さったデザイナーとしても、強く印象に残っています。

以来今日に至るまで、様々な場面でご指導をいただきました。

<ファッション産業の未来ビジョンを示した三宅一生>

多々あるIssey Miyakeのイノベーションの中でも、とくに日本のファッション産業の未来への方向性を示唆する、と筆者が考える5点とその理由は:


1.プロダクト発想(クリエ-ションの工業化)=プリーツ・プリーズ――スタイリッシュな量販品の確立

プリーツ・プリーズは、それまでの生産プロセスを逆転した革命的製品です。つまりプリーツ加工した生地を裁断して服にする方式ではなく、仕上がった服を想定して大きめの寸法に裁断・縫製したものを、デザインを実現する様々な折り方で畳んで、プリーツ機に送り込み、永久プリーツの熱加工をする手法です。製品在庫を、最終的なデザイン仕上げ前の状態で持てるという、売れ行きリスク削減面でも画期的でした。

三宅氏は、パリコレに毎回参加しながら、少数エリートのための高級ファッションと並行して、年齢や職業とも関係なく現代的な美しさを持つと同時に、機能的で、トレンドとも異なる、イージーなスタイルの服があっていいと、考えていました。プリーツ・プリーズは、「ジーンズやTシャツのように多くの人が自由に着られる服」 を一貫して追求した氏のデザイン思想をまさしく具現化したもの。ポリエステル素材の安価で熱可塑性(高温で形状が固定できる)特質を生かした、インダストリー発想のプロダクト創成を象徴するものといえます。89年春夏コレクションを準備中の三宅氏が、「パン焼き機から出てくるみたいに、ポコンとブラウスが生まれている」、と表現したことはよく知られています。

2.創作活動(コレクション)と工業的生産・販売の有機的連動――クリエイティブな会社が、マス市場向けビジネスを併存させる、という仕組み。

一生氏は、クリエイターとして年2回のコレクションを発表しながら、大衆路線の量産品も生産するという、二つの異る仕事を同時並行で進めました。氏の言葉です。「私にとって、この二つのデザインは両方とも必要なのです。しかしデザインのコンセプトは違っています。コレクションの方は、スタッフたちのリサ―チと訓練の場です。皆感情を熱くして仕事をします。もう一つの量産品の方は、少人数で、冷静に、色々な組み合わせをしたり、いかに継続させてゆくのかを考えます。そしてマンネリ化しないように、常に新しいショックと話題性を提供していくことを考えます。そのため “ゲスト・アーティスト・シリーズ”を96年から始めました。どうやってアーティストを服の中に引き込むかも、こちらも首をかしげて見たいわけです。」(『Issey Miyake Making Things』 佐藤和子解説文 「時を超えた服―三宅一生の三十年」より)

プリーツ・プリーズは、量産といっても、画一的製品を大量に作るのではなく、細かい仕組みで多様な表現を可能にする量産です。これを軌道に乗せたことで、創作デザイナーが、膨大なエネルギーや経費をかけてシーズン・コレクションを発表するための、盤石な財政基盤が確立されました。同時に、これにより、氏がいう 「スタッフたちのリサ―チと訓練の場」が、多彩な能力を持つ人材を引き付け、優れた創造力を発揮させるのです。三宅デザイン事務所がそれらの世界級のクリエイター・チームのパワーをまとめます。

3.テクノロジーをデザイン設計に活用=A-POC――編立設計と一体化した創作活動

三宅一生とそのクリエイティブ・スタッフは、高度な技術に大胆に取り組む集団でもありました。それは工学的技術だけでなく コンピュータ技術も含むテクノロジーであり、その真骨頂というべきものが、98年に開発されたA-POCです。氏のアイコンとも言うべきコンセプト、一枚の布”(A Piece Of Cloth、A-POCはそのイニシャル表示)、と名付けられたこの手法は、服のデザインを編み込んだチューブ状の連続した生地を、利用者がハサミで裁断することでデザインを切り出す手法です。具体的には、経編のラッセル機に改造と工夫を加え、服の設計図をコンピュータに読み込ませて、服の前後に必要な空間がある、部分的に繋がった二重織に編みあげるもの。着用者は、設計された線を選びながら裁断して、自分の好みの襟や袖などのカタチを切りだします。生地はラッセル編地ですが、糸の絡ませ方で、裁断してもほどけない様に設計されています。縫い代のない服作りが可能なので、捨てる部分が少なくなり、省資源にもつながるものです。

「A-POC」と呼ばれる服は、その後、一体成型の完成服だけでなく、服のパーツが織り込まれた織生地を裁断、縫製する、デニム製品などにも展開されました。

クリエイターたちの、デザインとテクノロジーへの革新的発想と実践力に脱帽します。

4.サステイナビリティの実践=132 5 ISSEY MIYAKE ――リサイクル素材活用、ムダを削減するデザイン/加工設計

2010年にブランドとしてスタートした 132 5 ISSEY MIYAKE は、一枚の布(1次元)から立体造形(3次元)が生まれ、折りたたむと平面(2次元)になり、身にまとうことで時間や次元を超えた存在(5次元)になるように、との思いが込められたラインです。(上の画像参照)

三宅氏が、同社のReality Lab.(リアリティ・ラボ)のチームと研究開発を重ねて生まれたもので、コンピュータ・サイエンティストと協働した様々な3次元造形を、折りたたみ、プレスし、切り込み線の位置を変えることでシャツやスカート、ワンピース等を生み出す新たな製法の衣服。基本素材には、改良を重ねた再生ポリエステル生地を使用。サステイナブルで、機能的、洗濯自在で、しわにならない、という、時代の要請をフルに盛り込んでいます。一生氏の、「再生・再創造」というものづくりの考え方を集約した、新たな成果物です。

三宅一生のプリーツの折りの美しさについて、「日本人だから出来たのか?」という問いに彼はこう答えています。「私は、日本の伝統文化を客観的に観察したり、そこに存在する意味や空間意識のようなことは常に考えています。、、日本の素材を現代の生活に合わすには合理化も含めてどうしたらいいか、色々リサ―チもしてきました。その中で、プリーツの折りも、長い間 『タタム』という研究を続けてきました。布は、たたみ方により、全部表情が変わるという訓練をしてきました。これは、三宅デザイン事務所の中で一つの伝統が出来たということで、日本人だからできたというより、この中の訓練がプリーツの『折』を生んできたものだと思います」 (前出:佐藤和子解説文より)

5.工業と工芸の融合=1枚の布、1本の糸を原点とする職人芸――アノニマスが成功の理想 

三宅一生は、大学時代から、日本工芸の織や染を熱心に勉強しており、日本には世界に誇れる優秀な技術や素材があるのに、それらが地方の山の中や、小さな工場で正当な評価を受けることなく眠っていることを残念がっていました。また昔から日常的に着られていた野良着や、車引き、鳶などの日本の仕事着の美しさと機能性にも着目し、研究していました。さらに冒頭で紹介した陶芸家、ルーシー・リィーのように、物事の本質を見極めシンプルな用の美を追求する工芸作家にも、非常な敬愛の気持ちを持っておられました。

衣服と身体の関係を追求し、体を包み込む「1枚の布」を基本コンセプトにしながら、工芸作家の職人芸や手仕事のぬくもりと、現代テクノロジーを合体させようとされた三宅氏は、まさしく、工業と工芸の融合を志向したデザイナーだと考えます。

ファッションが、“デザイナーの名前”という記号を必要としていることについて、氏が、「デザイナーが変に著名性を求めると、必ず堕落が始まる」 と言ったことがありました。「デザイナーはアノニマス(名前なし)になったら勝利だ」 とも。人は服を、気持ちがいいとか、便利だとか、カッコイイから着るのであって、“ブランドや有名な名前 ”だから着るのではない、ということです。その意味では、大成功を収めているプリーツ・プリーズも、BAOBAO(三角形ピースを組合わせ構成した革新的バッグ)も、製品の外観にはIssey Miyakeの名前はなく、まさしくアノニマス製品なのです。

 

三宅一生氏が追及し、遺された考え方やイノベーションを、このように振り返ってみると、あらためてIssey Miyakeの偉大さを痛感し、そこから学べることの大きさを確信します。そして、氏を支えてきた、三宅デザイン事務所の北村みどり社長をはじめとする、創造的で情熱と行動力にあふれるIssey Miyakeチームにも、大いなる敬意を表するとともに、今後ののさらなる発展を祈念します。

20年余にわたるビジネスの低迷、さらに加えて今回のコロナパンデミックの打撃により、将来が見えなくなった日本のファッション産業。私たちは、一体、どこに向かおうとしているのか?

一生さんの哲学とビジョンを、いまあらためて学び、具体的事例から多くのヒントを得て前進することで、大きな可能性を持っている日本の企業、ひいては日本の産業が、未来へ向けて勇気ある革新を進めることを、切に願っています。