ファッション・ビジネスの未来

< WEF5周年 記念シンポジウムを開催。 メッセージは「女性を大志を抱け!」 >

 ファッション業界の女性活躍を支援する WEF(一般社団法人 ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション)が 5 周年を迎え、記念イベントを 7月5日、帝国ホテルで開催しました。有り難いことに、会場に入りきらない数の申し込みを頂き、なんとか  260 名の方に参加頂きました。

 記念シンポジウムにご登壇頂いた、ファーストリテイリングの柳井正会長・CEOのメッセージは  「Girls be Ambitious ! 女性よ 大志を抱け!」 でした。

対談する ファーストリテイリング 柳井正会長・社長と WEF 尾原蓉子名誉会長

情熱があり過ぎて、照り焼きにされることもあるかもしれないが、、」等と語る柳井会長と尾原名誉会長

  シンポジウムは、「ファッション・ビジネスはWomen’s Business」の大テーマでの「柳井会長と尾原の対談」、という企画でしたが、そもそも筆者が柳井会長に初めてお会いしたのは、1984年、私が企画/運営を担当していた旭化成 FITセミナーを柳井会長が初めて受講された年でした。奇しくもその年は、柳井さん(当時は小郡商事専務)が ユニクロの第 1 号店を、朝 6 時開店という奇抜なアイディアで広島にオープンされた年に当たります。

 それ以来、柳井さんが、FITセミナーが招いたベネトン創業者やリズクレイボーン会長あるいは ムジャーニ・インターナショナル社長などのセミナー、次いで旭化成経営戦略セミナーに毎年のように参加されたこともあって、私は、ユニクロの成長(たまには失敗)を興味と感銘をもってフォローしてきました。 とくに東京進出、フリースの爆発的成功に始まり、海外進出や著名デザイナーの起用、“ライフウェア”のコンセプト展開、そして直近の「情報製造小売業」グローバル本部  Uniqlo City (有明) 立ち上げ、などにより、年に2兆円以上を売り上げる、日本を代表するグローバル企業の一つになられたことに、大いに敬意を表している次第です。

 そんなわけで、私は 4つの観点から、柳井さんの経営哲学、人間性、女性や人材に関する姿勢、などを引き出せたら、と考え、お相手を務めました。

 4つの観点とは: 

①   これからのファッション産業の行方は? ― 世界的なアマゾンとウォルマートのパワーゲーム、その間にZARAやユニクロの拡大、ノードストロム(EC比率30%超、ショールーム業態展開)等の革新的ファッション大型店、次々台頭するユニークなスタートアップ企業のせめぎ合い、、。10年後はどうなる?

②   企業の発展/存続に不可欠なイノベーションと起業 ー 日本はこの点では周回遅れ?

③   イノベーションを担う人材の調達/育成/登用 ― ファストリではどのように?

④   女性の活用・活躍 ― ファストリは 2020 年女性管理職比率30%の目標を3年前倒しで達成。主要戦略は? 何が奏功?

  以下の2つの記事が、柳井会長の発言をうまくまとめて頂いたものと思います。

* WWDジャパン: 「ユニクロ柳井社長、働く女性に“野望のススメ”」

            https://www.wwdjapan.com/653191

*アパレル・ウェブ: 「ガールズ・ビー・アンビシャス!」

             https://apparel-web.com/news/apparelweb/58746 

 対談を通じて、柳井会長の大きな野望とみなぎる情熱、現場と細部重視の経営、そして真面目で厳しいけれども人間味あふれるリーダーシップに 改めて拍手を送ったことでした。

 WEFの設立の狙いと、準備期間を含めた足かけ7年の活動と成果については、次回にお伝えしたいと思っています。

NRF 2018レポートplus③ 「現場に浸透しはじめたデジタル技術と、未来を開くiLab」

 NRF 2018の報告に plus (関連情報やその後の動きなどをプラス)して書いている   NRF シリーズ第 3 回目は 「テクノロジー」です。これは2018大会のテーマ 「小売りのトランスフォーメーション」の中核となる手段であり、これまでで最大のスケールで展開されました。展示ブースも700余、開発中のテクノロジーを見せるiLab も例年をはるかに超えるスペースをさき、多様な技術を提示しました。

(写真は iLab に掲げられた“Innovate or Die の看板) 

 「トランスフォーメーション」とは、単なる変化ではなく、“形態・外見・性質の変容”を意味する言葉で、昆虫などの「変態」つまり、幼虫がさなぎになり蝶になるといった変容にも使われる言葉です。ということは、一朝一夕に達成できるものではなく、テクノロジーをテコに、仕事の仕方/組織のあり方を変える、組織文化/行動の変革を意味します。これを、“Outside-In”(顧客から内部改革へ)のデジタル・ダーウイン主義」すなわち、顧客の進化に従い、企業が変容して行くこと、と言う人もいます。その意味で2018年は、昨年のNRFからのメッセージ、「デジタル技術は今、飛躍への“転換点(ティッピング・ポイント)に” に続いて、小売り業界全体が、いよいよトランスフォーメーションに本格的に取り組み始めた年、ともいえるでしょう。

 テクノロジーについて、「今回のNRFは、目新しい技術は少なかった」という人もいます。しかし私は、これまでに登場したテクノロジーが、自社の“トランスフォーメーション”のために、どのように活用出来るか、自社の戦略としてはどこから始めるのがよいか、等の観点で多様な方向性が紹介された非常に重要な大会であったと考えています。議論・提示された最大のテーマは、AI(人工知能)によるビッグデータ分析からパーソナル化、それに絡む人材確保と革新的組織作りでしたが、AR(拡張現実)、コンピュータ投影(computer projection)画像認識、ロボット、IoT(カメラ、センサー、RFID等の多様な要素技術のコネクト)、などの事例も多く紹介されました。RFIDも、在庫管理や一括レジなどの単独機能から、センサーやカメラやAI活用により個別商品・個別顧客の動きを本部や店舗のマネジメントにコネクトし、販売スタッフの業務内容にまでカバーする業務効率アップに加え、顧客体験の向上を達成する、複合的ソリューションの段階に入っています。

 時代は、『新しいテクノロジーについて知る』 ステージから、『どの技術を使って、自社のビジネスを変容させるか』 に入っていると痛感しました。 

AR(拡張現実)>

 AI(人工知能)によるデータ分析や深層学習の事例が多く紹介された大会でしたが、今回筆者はAR(拡張現実)に今後の大きな可能性を感じました。これまでもARについては、色々な試みが進んでいます。たとえばIKEAでは、カタログの気に入った製品を、自宅の環境に置いてみることが出来ます。IKEA Placeのアプリをダウンロードし、自宅やオフィスの床面をスキャン、アプリ内の商品リストを検索し、設置したい商品を選び、その商品を目的のスペースに移動して設置する、といったシンプルな操作で可能になるものです。

 ほかにも、コンバースのモバイルアプリ The Sampler により自分の足にiPhoneを向けると、試したい製品を着用した様子が見られとか、米国ユニクロの、売り場に設置されたマジックミラー(memomi 社、鏡を兼ねたタッチパネル)で、気に入った製品を着用し、色々なカラーをバーチャル試着できる、などもあります。

 Zaraは、今週(2018418日)から、Zara AR appによるARを、世界120店舗でパイロット展開すると発表しています。ここでは、店内やウインドウの服にスマホのカメラをかざし、ARのアイコンで、モデルに着せてみることが出来る。その商品が、欲しければそのままスマホのShop the Lookボタンを押して購入も出来、SNSでシェアも可能で、Zara社は、ユーザーにホログラム(デジタル画像)を撮影しアップするよう勧めています。このテクノロジーは、購入した商品が配達されたボックスを包装紙の上からポップアップで見て中身を確認、さらに他の商品の見ることも可能、とされています。パイロット展開の結果が非常に楽しみです。

 (Spacee社のARテクノロジー 画像NRF提供)

  今回ARとくに興味深かったのは、後述する iLabで紹介された、Sapcee社のテクノロジー。リアルの世界(例えば売り場の商品)にデジタル投影(スーパーインポーズ)することによって、スマホや眼鏡などを使わずに、商品情報を得たり、双方向コミュニケーションをしたり出来る技術です。上の写真がその事例で、AI搭載の最新式サーモスタット製品(室内の温度調整器)の説明をデジタル投影で行っているデモです。この技術はすでにウォルマートの一部の店舗で使われており、家電機器のように細かい説明が必要な商品の販売に、大いに役立っているとのこと。在庫をミニマイズ出来、品減りもほとんどなくなった、といいます。ちなみにSapcee社は、“テクノロジーが人間の体験に自然な形で融合する将来を目指す”ことを唱っているスタートアップで、上記は同社のバーチャル・タッチスクリーン技術を使って、二次元、三次元の物体の表面を光線によるタッチスクリーンにして、人が作動やコミュニケーションすることを可能にするものです。

ARは今後拡大が期待されており、2020年には AR 経由の購買が1億㌦に達するとの予測もあります。 

iLab=新規技術の展示・デモ> 

iLabは、新規ソリューションの展示・デモのコーナーですが、今年は2020のリテーリング」として29社の展示、また「新興テクノロジー」コーナーでは、パイロットに入る前の段階のものを含む多彩なテクノロジーが展示されました。

 「2020のリテーリング」コーナーでは、テクノロジーを顧客の買物プロセスで5つの段階に区分して紹介。非常に親切だと感心しました。上の画像はそのレイアウトを紹介するパネルです。5つの段階とは:
 *認知 Awareness- 先に挙げたSpaceeなど、商品の提示や顧客インタラクションの技術など 

 *検討 Consideration- AI活用で自分に合うものを提示してくれるFINDMINEなど

 *エンゲイジ Engagement- 駐車場まで送ってくれる買い物ロボットのFive Element など

 *サービス Service- 家具据え付けやペンキ塗り等のプロを紹介するプラットフォームのhandyなど

 *購買後 Post Purchase- 返品プロセスを支援する「リバース物流」Optoroなど

 

 「新興テクノロジー」コーナーでは、ユニークな発想による 22 社のソリューションが紹介されました。

  (クレジットカードでドアを開ける無人ショップ)

 例えばAIによる無人ショップdeepmagic ―上の写真参照)、

ラグジュアリー製品の偽物見分けソリューション( entrupy―下の写真参照)。

そのほか、バイオ原料の3D印刷で服を作る、足のサイズの立体的測定ソリューション、などなど、まだ実験段階のものも含めて興味深い展示やデモでした。米国以外のスタートアップも多く、なまりのある英語が飛び交う様子は、まさしくグローバル化とデジタル化の時代、を痛感した次第です。

< サステイナビリティとエシカル精神が、ファッション・ビジネスの未来を創る >

 国連が提唱する SDGs(エスディージーズ)が世界的に注目されています。SDGsは、「持続可能な開発目標」 Sustainable Development Goals)の略称で、20159月国連総会で採択された、『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』 による 17項目の具体的行動指針です。向こう15年の、新たな“持続可能な開発の指針”であり、ダボス会議(世界経済フォーラム)でも、大きな議論を呼びました。

 ファッション・ビジネスもいよいよ、サステイナビリティやエシカルといった、地球と人間にやさしい精神と行動、成果を上げなければ、人々に愛される企業、あるいは産業になれない時代になりました。

  WEF11回目の公開シンポジウムは、この視点から未来を見据え、

 『FBの未来に欠かせないエシカル精神とは-サステイナビリティ志向の思いやりと透明性-

のテーマで、12月12日夜に開催します。 詳細は→ http://www.wef-japan.org/event/1035.html

 講師には、慶応大学の蟹江憲史教授 (自らの研究会でSDGsプラットフォームを立ち上げ、SDGsが向かう道筋を模索している方)、サステイナビリティの先駆企業である米国パタゴニアの日本支社長 辻井隆行氏、そしてオーガニックコットン事業の草分けとしても著名な社会起業家である㈱アバンティ の 渡邉千恵子社長を迎えます。最後にWEF理事の生駒芳子氏の司会で、3者のパネルディスカッションも行われます。

  ファッション・ビジネスは今大きな変容を迫られていますが、それを促す4大潮流は:

1.  人々の意識と価値観、行動の変化

2.  テクノロジーの膨張(特にデジタル・テクノロジー:AI、AR/VR、IoT、3D印刷など)

3.  ビジネスのグローバル化と巨大な新規市場の成長

4.  企業の社会的役割の増大      

これらは『Fashion Business創造する未来』 (尾原蓉子著)の第一部 第2章で取り上げた巨大潮流ですが、このうち、1 、3 は、既にファッションのビジネスにも明解に表れ始めています。

 しかし、4 番目の「企業の社会的役割の増大」については、まだ、特に日本では、関係者の意識が非常に希薄です。これは、これまで言われてきたCSR(企業の社会的責任=Corporate Social Responsibility)の域を超えた、多方面(後述のように国連のSDGsでは、17の領域)での企業の良心に基づく行動への要請なのです。

  ファッション産業は、地球への負荷が 2 番目に大きい産業といわれます。流行を無作為に追い、売れなかったものは廃棄する、の繰り返しは、もはや許されなくなってきました。また時代は、ファッションに限らずあらゆる産業に、「利益追求だけではなく、社会の問題を解決する、あるいは、地球や自然の保全を意識し、持続可能なビジネスを構築する」ことを求めています。倫理的で人にやさしいビジネスであることも、です。

 SDGsが採択した17の行動指針とは、次のようなものです。

1.   貧困をなくそう

2.   飢餓をゼロに

3.   すべての人に保健福祉

4.   質の高い教育をみんなに

5.   ジェンダー平等を実現しよう

6.   安全なトイレを世界中に

7.   エネルギーをみんなに、そしてクリーンに

8.   働きがいも経済成長

9.   産業技術革新の基盤をつくろう

10. 人や国の不平等をなくそう

11. 住み続けられるまちづくり

12. つくる責任つかう責任

13. 気候変動に具体的な対策を

14. の豊かさを守ろう

15. の豊かさも守ろう

16. 平和公正をすべての人に

17. パートナーシップで目標を達成しよう

 企業はこれらのうち、取り組めるものから始めることを期待されています。ユニクロを展開する日本の先進的企業ファーストリテイリング社では、2016年から4つの目標を掲げていると聞きます。ちなみに、ZARAなどで世界展開をするスペインのインディテックス社は、全項目の達成を目指しています。  世界経済フォーラムの2017年3月20日付の発表によれば、2015年時点の算定値からの進展が大きい国は、149カ国のうち、1位がスエーデン、2位がデンマーク、3位ノルウェーと北欧勢が占め、ドイツが6位に入っています。日本は18位でした。

 SDGsの目標は、遠大です。しかし今から始めなければ、ファッション・ビジネスの未来はないでしょう。心ある企業の積極的取り組みに期待します。

WEFのシンポジウムにも、是非お誘い合わせてご参加ください。