ファッション・ビジネスの未来

<西脇産地で若手デザイナーたちが活躍―旧態システムの創造的破壊で新時代へ>

 日本最大の先染め綿織物産地、西脇に行ってきました。地場産業の育成と発展のために設立された、(公財)北播磨地場産業開発機構が意欲的に取り組んでおられる活動の一環である「地域ブランド戦略」の講演会講師に招かれたからです。

 そこでの嬉しい発見-デザインを学んだ15人の若者が、地元の支援で日本各地から移住し、伝統的な(言い換えれば旧態依然な)ものづくりと販売の仕方の革新に取り組んでいること-を、ご紹介します。このプロジェクトについては、8月15日の「ガイアの夜明け」(テレビ東京)でも放映されたので、ご覧になった方もあるかもしれません。紹介された事例は、それまで全く考えもつかなかった、“縦糸に100番単糸(非常に細く切れやすい糸)を使い、しかも色がグラデーションになるよう整経(経糸を並べて織機にかけるビームに巻き取る)し、緯糸を甘く打ち込んで広幅のソフトタッチのストールを創る” チャレンジです。出来上がったストールは、59グラムという軽さ。百貨店での試販でも、大好評だったそうです。(写真 ㈱播の製品) 他にも色々なチャレンジが進行しています。

㈱播で 移住修業中のデザイナーが開発した100番単糸使いのストール

 明治時代から第二次大戦後まで、日本の外貨稼ぎの筆頭であったテキスタイル産地が非常な苦境に立たされています。“播州織“で知られる西脇産地もご多分にもれず、特に1980年代中頃の円高とアパレル生産の海外シフトにより、 現在の出荷額はピーク時の4分の1に縮小しているとのこと。世界の有名ブランドや日本の主要デザイナー向けの、先染めチェックやジャカード、二重織りなど、いまも続いているものもありますが、ピーク時には総生産量の80%を超えた輸出も現在は15%を割り込んでいます。西脇に限らず日本のどの産地でも、高度成長時代に組み上がった“大量生産”体制と、それを支えた産地の複雑な分業の仕組み、商社や産元依存の賃加工仕事、などを抜本的に革新し、独自性ある商品を自ら開発し、出来るだけユーザーに直接販売することにより、コストダウンとスピードアップ、情報共有を進める必要に迫られているのです。

 この窮状に風穴を開けたいと西脇市は、片山象三市長のリードで 「ファッション都市構想」 を打ち出し、新規就職・人材育成のサポートによる、産地の活性化・革新に取り組んでいます。「ファッション都市構想」 は、デザイナーなどをめざす若者の西脇地区への移住と最終製品の開発を狙うもので、2015年度にスタート。現在15名の若者(うち13名が、東京や大阪などのファッション専門教育機関でテキスタイルやデザインを学んだ者の移住)が、産元商社や機屋などで働きながら現場での生地作りを学んでいます。支援プログラムには、就職先の紹介と、市から企業に対しての、給与の一部(10万円)と住居代の一部(最大5万円)が支払われるようになっているとのこと。さらに、同市にこの春完成したコワーキングスペース、“コンセントを、月額 3000円で会員になって鍵を預かり24時間好きな時間に利用できる特典、等があります。コンセント会費は受け入れ企業が負担するケースもあります。 (画像下は、工房”コンセント”の外観) 

コワーキングスペースの ”コンセント”

 この工房、 “コンセント(写真)は、西脇商工会議所が西脇市から約600万円の補助を受けて整備し、現在は西脇TMO(西脇商工会議所)が運営しているもので、シンプルながら、アパレルCADなどのデザインシステムをはじめ、工業用ミシン5台、刺繍ミシン、家庭用ミシン3台、プロッターカッター、などの機材が並んでいます。人台や撮影用カメラ、ファッションやデザインに関する書籍のコーナーもあります。

夜遅く訪問した時には、㈱播で修業中の 鬼塚創さんが一人で試作品の撮影にに励んでいました。鬼塚さん(左画像)は、先にご紹介したストールを企画開発した、昨年入社の山梨県出身、文化ファッション大学院大学卒業生です。

 この西脇産地の取り組みは、世界でもトップレベルにある日本の生地づくりの技術を、これまでにない“破壊的創造”により、時代の変化に対応しようとするものであり、北播磨地場産業開発機構理事長と西脇商工会議所会頭を務めておられる齋藤太紀雄氏の熱意にも感銘を受けました。今後はさらに、時代の変化に“対応”するだけでなく、“新しい時代を創る”ために、ネットやデジタル技術を活用して、これまででは考えつかなかったような、画期的な製品やビジネスモデルが生まれることを期待しています。

 「未来は予測するものではなく、創るもの」 の想いで書き上げた、拙著 『Fashion Business 創造する未来』 が、昨日(9月23日)、日経新聞の 「今を読み解く-転換期のファッション・ビジネス」 の欄で紹介されました。ファッション業界だけでなく、日本経済全体にとってファッション・ビジネスの変革が期待されているのです。

 経済産業省のクールジャパン政策課が主催する 「ファッション政策懇談会」 (筆者が座長を務めています)でも、日本人デザイナーの世界への展開支援と、そのための、クリエ-ションとモノづくり(産地)をつなぐプラットフォームの構築について日本を代表する錚々たる委員の皆さんによる議論が進んでいます。

 新しい時代に向けて、若々しい発想と行動力ある人たちの活躍を待っています。

< 『Fashion Business創造する未来』 の読者が広がっています >

 昨秋出版した、ファッション・ビジネスの未来への提言書、『Fashion Business創造する未来』が、大変ご好評をいただき、嬉しく、有り難く思っています。

 講演やディスカッションのご依頼も多く、明日夜は、渋谷で、

START-UPのためのBRANDING×BUSINESS #特別編」

と題するフォーラムが開催され、私も30分のミニ講演と、パネラー(起業関係者)8人との質疑パネルで、若い起業家の皆さんと交流します。

スタートアップのための、会費1000円の勉強会ですが、ご興味のある方があれば、まだお席も少しあるようなのでWelcomeです。(お申し込みは右記URLにて:http://peatix.com/event/252437/

 先週末の、繊研新聞社主催の箱根トップセミナー、合宿勉強会では、「Fashion Business創造する未来」のテーマで、基調講演をする機会をいただきました。アパレル企業から商社や小売り、物流からIT関係まで、多彩な業界のトップの方々との意見交換もでき、講師の私自身も、色々と刺激を受けました。多くの方が、SNSやブログで嬉しいコメントを発信してくださっていますが、そのうちの一つ, 丸安毛糸㈱の岡崎博之社長のブログをご紹介します。丸安毛糸は、日本発のニット製品を世界へ向けて展開したいと、オリジナルブランド“PuntoD’oro”の製品Paris sur Modeに出展、素材では、フィレンツェの Pitti Filati にこの6月の 出展を認められた、意気軒高の会社です。

 タイトルは、「未来は予測するものではなく自ら創るもの」。(原文は こちらを:http://okazaki-knit.jp/2017/04/16/post-1006/ )

 岡崎社長が、尾原の意図であった “ 「どうしても書きたかった。これを書かずして死ねない、、、」と  4年の歳月をかけ書かれた、渾身の1冊。これからのファッション・ビジネスを、マーケティング、モノ作り、流通、人材育成、、、様々な角度から分析され、未来への提言をされています。” と書いて下さった通り、ファッション・ビジネスのパラダイム・シフトを目の当たりにして、何としても、私のキャリアの集大成として書きたい、と、取り組んだ本なのです。

 1968年に、日本にはじめて”ファッション・ビジネス”の言葉と仕組みを紹介した、『ファッション・ビジネスの世界』(ジャネット・ジャーナウ著 尾原蓉子訳 東洋経済新報社)は、言ってみれば、”トレンドとしてのファッションに取り組み、これをいかにしてビジネスとして成功させるか”について書いた本だと言えます。ここでのビジネス・アプローチは、比喩的に言えば〝流行という波のうねりに乗り、頂点で体勢を切り替えて波打ち際までスムーズに滑りきる″といったサーファー的スキルを中核とするものであったといえます。それは今後とも、このビジネスの本質として重要ではありますが、未来へ向けて、「流行」よりは「ライフスタイル創り」を志向する生活者(自分物語の著者)を支援するビジネスになるためには、あらたに、これまでの成功体験を否定する破壊的革新、すなわちディスラプションが不可欠になっていることを強調したい、と書いたのです。

 そしてこれは、ファッション・ビジネスに限らず、消費者にかかわるあらゆる分野、ビジネスに共通したアプローチであることを、私自身も改めて痛感しています。というのは、医学界からエネルギー分野、金融から教育界に至るまで、「旧態のディスラプションが不可欠。進むべき新たな方向は?」と模索している方々から、多くの共感や賛辞をいただくからです。

 ファッション・ビジネスが苦戦している現在、未来へ向けて、悲観的意見も聞かれますが、私は、AIなどのデジタル技術が主導する時代になっても、ファッションの重要性が減ることはない。また、減らしてはならない、と考えます。ファッション、すなわちオシャレ、魅力的な自分創りは、ますます価値あるものになるはずです。社会や生活が機械化されればされるほど、人は、その心やアイデンティティの核となる感動やエモーションを愛しむようになるからです。流行追従は減っても、人間が人間らしく生き、優れた感性を磨き上げながら、お気に入りのものに囲まれた生活を楽しむこと。これが目指すべき未来だと思うのです。

 これからの時代に、AIでは不可能な人間ならではの創造性を発揮し、テクノロジーによる合理性や透明性の革新を推進することにより、これまでなかった新たな価値を有する商品やサービスを開発・提示してゆくこと。それが、ファッション・ビジネスの未来を創造することになると信じています

<NRF 2017 大会 レポート 第3回: 実践に入る、IoT、AI 、ロボット、AR/VR>

 NRF 2017 の基調講演で最大インパクトがあった 「小売のトランスフォーメーションに拍車をかける」 を紹介します。 講師は、Intel  ブライアン・クルザニッチ CEO とリーバイス・ストラウス社グローバルリテールの EVPキャリー・アスク社長。これに加え、多様なデジタル・イノベーション事例をそれぞれの開発者がステージに作った模擬ショップや実演によりプレゼンする、という立体的なものでした。紹介されたもののほとんどは、すぐに実施可能、あるいはすでに進行中の革新モデルです。私が、「デジタル技術がティッピング・ポイントに達し、いよいよ実践の場に入る」、とまとめた、2017年のNRF大会を代表する内容でした。 (繊研20170222_9_NRFリポート もご参照ください)

 セッション・テーマと副題は、小売のトランスフォーメーションに拍車をかける――データ/スマート/コネクテッドのテクノロジーがいかに感動的顧客体験を可能にするか?」です。「データは新しい石油」、とデータの重要性を強調したクルザニッチ氏は、データが ①優れた買い物体験を創る、②顧客情報の蓄積・分析・活用を可能にする、③未来の店を創る、と述べました。 まず、①の〝優れた顧客体験″の事例として、インテル社のIoT 小売りプラットフォームResponsive Retail Platform RRP をご紹介しましょう。 

2016 NRF 大会で実験段階と紹介されたデモ 筆者撮影

これは、店舗での在庫と商品の移動を、商品に付けたRFIDICタグ)を頭上のセンサーが読み取ることで把握し、倉庫はもとより本部も含めた関係部署が共有する仕組みです。 一言でいえば、小売店の機器とソフトとAPIとセンサーをつないで、保持するデータを、標準化された形で統合する 〝IoT″と言えますこれにより、在庫管理の可視化、在庫精度100%、顧客動向の把握、等が可能になり、スタイリストの顧客対応の高度化、本社エグゼクティブを含む情報/インサイトの共有、を可能にします。「ネットで簡単に買い物ができる中で、来店客は購買意欲が明らかに高い。よって陳列レベルの在庫精度は非常に重要」、とリーバイスのアスク氏は強調します。

 他の、デジタル・イノベーション事例として登場したものの中なら、いくつかを紹介します  

 在庫チェック・ロボット〝Tally″――フロアを巡回し棚をスキャンしながら、在庫の有無や正しい場所に置かれているかなどを把握するロボット。 顧客を避けることも可能で、縦型なので混雑時でなければ営業中にも作動可能です。 (画像は、プレゼンより筆者撮影)

 第2は、ウェアラブルによる AR (拡張現実)によるピッキングーー倉庫でのピッキングを、メガネに搭載したコンピュータが指示。間違ったピッキングには、画像の上に指示がでる。 (画像はNRF提供)

 第3に、③未来の店、の事例として、2つを紹介します。はじめは、バーチャル・ショッピングーー中国の最大ECサイトのアリババが昨年の11月11日 ( Single’s Day =独身の日)に実施した、〝中国からの米国小売店での買い物″。 HMD(ゴーグル型ヘッドマウント・ディスプレイ)を着装し、あらかじめ用意されたアメリカ小売業で、売り場を歩く感覚での、商品選びと購入です。越境ECがここまで進展していることには、驚きました。( アリババの「独身の日」のECサイトを紹介するクルザニッチ氏の講演 筆者撮影)

 小売業の未来を拓く、もう一つの事例は、 by REVEAL ――20分で組み立て、ノックダウンもできる PopUp 店です。詳細は先の 繊研20170222_9_NRFリポート でご覧ください。未来的コンセプトである所以は、6フィート平方のミニ店舗でありながら、小さな試着室もあり、デジタル技術により、ICタグをつけた商品をセンサーが読み込み、必要な補足情報の提供やミニ店舗に陳列していない商品の紹介も可能といったものです。店舗のコストをミニマイズし、顧客がいるところに柔軟かつ速やかに出店して、若手デザイナーなど、ブランド知名度の低い小企業を支援したい、と創業者は述べています。

ミニ Pop-Up 店舗の by REVEAL  デモ用店舗を筆者撮影

 このほか、基調講演での言及はされなかったのですが、インテル社の展示ブースには、島精機のホールガーメントも提示され、多様にカスタム化できるアプリで、ボストンのニッターが対応する、ニット製品の1枚生産の紹介もありました。

 デジタル化の浸透で、巨大な変容が進行しているファッション・ビジネス。残念ながら日本は、周回遅れの感じがありますが、これから急速な進展があるものと、期待しています。