プロフェッショナル

<若者よ 世界に出よう ③  FITのGFMコース と卒業プロジェクト>

 FITの大学院でユニクロ奨学金の対象になっている Global Fashion Management (GFM)コースが世界でも類の無いユニークなものであることは先回書きました。その卒業プロジェクトとも言うべき Capstone Project の発表会(1月10日開催)に出席することが出来ましたので、このコースの概要と合わせてご紹介します。

(写真は、教授陣やアドバイザーや父兄を前に プロジェクトのプレゼンをする学生。筆者撮影)

 GFM(グローバル・ファッション・マネジメント)コースでは 18週(1年半)かけて全講座を終了しますが、Capstone(冠石、絶頂の意)プロジェクトは 3 学期目の必要単位である合計 12 単位のうち3単位を占める重要な課題です。学生はそれぞれ2~3名のチームを組み、選んだテーマに関するリサ―チ(情報収集や業界のフィールドワーク)や企業トップのインタビューなどを行い、その結果をまとめて発表します。私が聴講したのは、このプレゼンを最後に 2013年春に卒業する学生によるものです。16名の学生が6つのグループに分かれて各々のテーマに取り組み、そのうち優秀として選ばれた3グループが、キャンパス外の、ニューヨーク州立大学の共同施設で、教授陣や父兄  約 100名 を前に、発表を行いました。

因みにその3グループのテーマは:

 Wholesaling Luxury:  Profit or Paradox?                                                                                           =「ラグジュアリーのビジネス: プロフィット(利益)か Paradox (矛盾・ジレンマ)か?」

 Mobilizing  M-Commerce  =「M コマース(モバイル・コマース)をどう実働させるか?」

 Retail to All-Tail  =「リテール(Retail)から オールテイルへ(すべてのチャネル)へ」 

 いずれも今業界で最もホットな話題です。Mobilizing  M-Commerceは、モバイルが拓く顧客中心の新たなコマースをどうビジネスにつないでゆくか、を考えるプロジェクト。 また Retail to All-Tail は、「オムニチャネル」と呼ばれるマルチチャネルの進化形が、消費者にすべてのチャネルをシームレスに利用できる環境を構築して 『優れた顧客体験』 を提供し始めている、それをRetail ならぬ All-Tail と呼ぶ新しい時代と捉えたものです。いずれも最新のビジネス変化です。

 事例としてトップバッターでプレゼンをした「ラグジュアリー・ビジネス」プロジェクトの内容を御紹介しましょう。 3人の女性チームによるこのグループ(写真)は、米国のラグジュアリー業界が今いくつかの大きな問題に直面している事を取り上げました。 一つは価格がチャネルによって大きく異なり、それが消費者に不安感・不信感を与えつつある問題です。 たとえば『フラッシュ・セール』と呼ばれる、期間限定のディスカウント販売チャネルである Rue La La やGilt Groupe などのオンライン販売企業が『48時間のみ』などといった安売りを行い、人気を得ています。このプロジェクトのメンバーは、市場の価格を広く調査し、たとえばある商品は、ニーマン・マーカスでは 995ドル だが、同じものがル・ラ・ラでは 799ドル で提供されていることなど、いくつかの事例を見せました。また、独自の調査を行い、消費者(ラグジュアリーを買う顧客層でも半数以上の人)がショッピングに出かける前にオンラインで価格比較をし、安い店があればそちらで購入すること。また、正価で買ってしまったものを、「他店の方が安い」と分かったという理由で返品に来る人も57%に達することなどを、紹介し、ラグジュアリー・ビジネスに対する消費者の信頼感を脅かしていることを、問題提起しています。また、企業によっては、(たとえば Loro Piana  などが)ブランドの正規のロゴと異なる字体でネット・ビジネスをやっている、等のケースも紹介し、ブランディングにおける問題点、あるいはブランディングのトータル・マネジメントの欠如を指摘しました。iPad を片手にパワーポイントを駆使し、3人がよどみなく交代でプレゼンする様は、プレゼンの内容と質の高さとともに、 まさしく業界のプロフェッショナルを見る思いがしました。

 選ばれた3つのプレゼンテーションは、いずれも非常にレベルの高いものであり、プレゼンの選に漏れた他の3つも、良い出来栄えだったといいます。プレゼンの評価は、学内で「評価委員会」(業界の専門家複数のコミッティ)によって行われる「非常に公明盛大なもの。そうしないと学生が納得しないから」 と担当教授がいうのも米国らしいと思いました。

 次回はこの、FIT GFMコースの詳細と、このコースから日本の教育が学ぶべき事について、書きたいと思っています。

<若者よ 世界に出よう ② ユニクロの FIT と パーソンズ への留学奨学金>

 ユニクロ奨学金の対象に指定された3つの大学院のうち、ファッション関連の2校、「ファッション・ビジネス」領域で選ばれたFITと、「ファッション・デザイン」で選ばれた Parsons School of Design の指定専攻コースの概要を紹介します。 応募したい方は勿論の事ですが、いま世界のトップ大学が取り組んでいる、ファッション関連分野での新しい教育プログラムについて、多くの人に知って頂きたいからです。 (今年の秋入学の応募締め切りは、1~2月ですが、奨学金は引き続き2014年度にもオファーされますので、ご関心のむきは、是非、それぞれの大学のホームページで応募要領を確認し、早めの準備をお勧めします。)

Parsons School of Design(ニューヨーク)>

 ニューヨークにある パーソンズ(正式には Parsons The New School for Designでユニクロ奨学金の対象となるのは、大学院の Fashion Design and Society コースです。これは、2年間の修士プログラムで、授与される学位は  Master of Fine Arts です。

 ファッション・デザイナーの輩出で知られる同校ですが、2010年に設立されたこのコースは、米国でも初めての新しい目的を持っています。その狙いは、「ごく少数の世界級デザイナーに、ファッションのグローバルな理解を習得させること」にあり、そのためのカリキュラムは、業際的かつ国際的に組まれています。(ホームページ http://www.newschool.edu/parsons/mfa-fashion-design-society/ 参照)

 このコースは、 Fashion Design and Society 「ファッション・デザインと社会」のタイトルが示すように、ファッションをより幅広い異業種やカルチャーに関連させて理解するとともに、自分のアイデンティティを突き詰め、自分のアイデンティティを通じてブランドの DNA を再解釈したブランドの具現化に重きを置いているとのことです。学生が、プロフェッショナルとして活躍したり、コンセプト構築や理論家として活躍する機会を提供するプログラムです。

 このコースは、同校の卒業生であるダナ・キャランの発案と出資で発足しました。ファッションに関して広い視野を持ち、ファッションの世界に変革をもたらした彼女のキャリアを反映する形で、組まれたコースだとのことです。そのほかのスポンサーには、デザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグ、LVMH や、元ダナ・キャレン社の社長の滝富夫氏などが、奨学金などで支援をしています。

 産業界と教育界のギャップを埋めることを狙ったこのコースは、ファッション・デザインの教育を、グローバルな政治経済の文脈の中で再構築するものです。学生は、ファッション業界の支援のもとで、自ら選んだテーマのプロジェクトを通じて、デザイン、製造、物流のサイクルや、社会的、評論的、そしてエコロジー的次元のファッションを、研究することを学びます。

 カリキュラムは4学期に分けられ、合計60単位の取得が必要で、他校からの単位の移動は認められません。卒業のためには、3.0 の  GPA (Grade Point Average =成績の平均点)と、必須の課題などの期限までの提出が要求されます。企業経験者が望ましいということですが、クリエイティブな人材と認められれば、大学からストレートでも、入学可能だとの事です。

 このコースは2010年に開設され、今年初めての卒業生18名を出しました。留学生も多く学生の出身国は13か国。うち2名が日本人だったそうです。就職先は、ナルシソ・ロドリゲス、DKNY、カルバン・クライン、などに。日本人のうち1人はラルフ・ローレンにアシスタント・デザイナーとして就職が決まったとのことです。(繊研新聞、2012年12月20日号の「FRの“トモダチ―ユニクロ・フェローシップ”」記事ご参照) 

FIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)>(FIT GFM コースでの グループ・プロジェクト発表風景)

 FITでユニクロ奨学金に指定されているのは、“ファッション・ビジネス”のマネジメントを学ぶ大学院コース、 GFMGlobal Fashion Managementです。このコースは、世界でも類の無い、グローバルで実践的な幹部養成プログラムで、学位も  MBA  ではなく、 Master of Professional Studies   (MPS)   というユニークなものです。(ホームページ Global Fashion Management 参照)

 3大陸にまたがる国際教育、という圧倒的な差別性を持つこのコースの目的は、トップマネジメントの地位にふさわしい人材に育てることにあります。大陸とは、ニューヨークにあるFITが、香港工科大学 (Hong Kong Polytechnic University) とパリの IFM (Institut Français de la Mode) とのコラボレーションにより、国際的な講師陣と3校の施設と業界ネットワークを活用して、運営している、の意味です。

 プログラムの構成は、実は設立時に私も若干のお手伝いしたのですが、夜学を中心に、都市で開催される集中セミナー、Eラーニング、 キャップストーン・プロジェクト(終了プロジェクト)等を通じて進められるユニークなもので、18か月で完結するように組み立てられています。教育の目的は、リーダーシップのスキルに加え、クリエイティビティ、問題解決力、文章力、コミュニケーション力、およびプレゼンテーション・スキル、の醸成です。 都市でのセミナーの内容は、パリでは主にラグジュアリー・ブランドのマーケティング、香港ではサプライチェーンと生産、そしてニューヨークでは、経営、財務、テクノロジー、小売に中心が置かれています。パリと香港の大学の学生も、都市でのセミナーには全員が参加し、国際性、異文化体験、人脈作り、等、キャリアに不可欠な者が身につくように組まれており、多様な講師陣、企業(現場)訪問、等による、非常に立体的なコースです。

受講資格には、3年以上の専門的経験が求められ、経験分野としては、小売、デザイン、マーケティング&マーチャンダイジング、輸出入、ファッション・ジャーナリズム、およびこれらの関連分野、とされています。

 2004年に設立、今年10年目を迎えるコースですが、日本人学生はまだ一人もいないので、 FITでは、今回の奨学金を機に、日本人の応募を期待しています。

 最終プロジェクト今年のテーマは 「Mコマース」 や 「オムニチャネル・リテーリング」です。これについては次回詳細をお伝えしましょう。

「“FBにおける留学”セミナー③ 最大の収穫は、自立、自信 <キャリアと留学ー7>

「ファッション・ビジネスにおける留学」セミナーのFIT卒業生によるパネル・ディスカッションでは、伊藤弘子氏(HISUIデザイナー)、布矢千春氏(ジャーナリスト)、村上 潤氏(オンワード・カシヤマ・シンガポール社長)およびモデレーターの江草未由紀氏(住友商事ブランド事業部課長)が、自身の体験をもとに、留学のきっかけや意義、現在のポジションに至った経緯、そして後輩へのアドバイスなどを述べ、大いに盛り上がりました。テーマは「ファッション・ビジネスのキャリアにおける留学の意義」です。

具体的な内容は、日本FIT会のホームページ http://fitkai.jp/fitkai/author/admin/ を是非ご覧ください。

特に私の印象に残ったことは次の4点です。

1.留学の「最大の収穫」――パネラーの方々が強調したのは、「自立。自己表現に対する自信が出来た」「どんなことにも物おじしない姿勢や度胸と責任感が身に付いた」「海外慣れしたことで、現地人の目線で、また自然体で外国人に対応できるようになった」、でした。いずれもFIT卒業生全員に共通することだと思いますが、これらのコメントが、例えば「自己表現に関する自信」がクリエ-ターとしての起業につながった伊藤さんの言葉であること。また「物おじしない度胸と責任感」は 「精神的・物理的な自立」をめざしジャーナリストになり世界を駆け巡っている布矢さんの言葉。また「自然体で外国人に対応できるようになった」は、若くしてオンワード樫山のシンガポール支社を任された村上さんの言葉であることを考えると、感慨深いものがあります。

2.「留学に失敗は無い。迷ったら留学を」――セミナー全体のメッセージとも言えるこの言葉は、留学に踏み切れないで居た学生さんや若い業界人たちを、大いに元気づけようでした。アンケートでも「留学を決断出来た」との声が何人もありました。

3.「若者たちが海外に出たがらない」のマスコミ報道は鵜呑みにすべきでない――このセミナーの参加者を見る限り、日本の若者が非常に意欲的でたくましく、真剣に自分のキャリアと留学を考えている人が多い事に、将来への期待が膨らみました。日本全国が平均的に「内向き志向」なのは残念ですが、リーダーになる人がグローバルなキャリアを目指して飛躍成長してくれれば、日本全体を引っ張ることが出来ると信じています。 

アンケートの声を拾うと、「留学で可能性がすごく広がることが分かった」、「留学によって、どのように自分の強みを獲得出来るか分かった」、「若い時の留学体験が、現在の各人の出発点となっている事や、その後の各々のキャリアパスに感銘を受けた」、「皆さんプロなのでオーラが違った。まさに自分がやりたい事をしている人からの話しで、それを聞けて良かった」など。また、「苦労も多かったけど、留学して本当に良かった」との実感が言葉の端々に出てくるパネラーへの、感動と賞賛の言葉も多くありました。 

総括すると、やはり冒頭の『自立』に集約される」――コーディネーターの江草さんの纏めの言葉には、重みがありました。パネラーは、いずれも優れたキャリアを築いている人達ですが、だれもが『自立』を元に、留学していなければ得られなかったチャンスをつかみ(それかチャンスだと見極める直観力も外地でもまれながら身につけて)キャリアの発展につなげたことがうかがわれます。

このセミナーを開催して本当に良かったと思ったことでした。

(次回は、ファッション・ビジネスの新しい常識「ニュー・ノーマル」)