リテーリング

NRF(全米小売業大会):メッセージは〝デジタル“と〝ディスラプト(秩序の崩壊)”

 米国ニューヨークで、毎年1月に開催される全米小売業協会(NRFNational Retail Federation)主催の通称 Big Show 105 回に参加してきました。今回でなんと、30回目の参加です。1987年から1年も休まず参加したことになります。それだけこの大会が、時代の変化を展望し、革新を起こす方向を示すものだからでしょう。

 この30年間で繊維・アパレル業界は巨大な変容をとげましたが、小売業界では、それに匹敵する大きさの変化がここ3年で起こっています。  3年前、「小売りに革命が起きている」という強烈なメッセージを発したこの大会ですが、今年は、ディスラプション(ディスラプト=これまでに秩序を崩壊させる)の言葉が飛び交いました。

その中核を担うのが、スマホであり、それをサポートする〝デジタル・テクノロジー″。大会では、既存のやり方を根底から崩すような動きや事例が紹介されました。

 ディスラプトを象徴する事例として、物販ではありませんが多く引用されたのが、ウーバーとAirbnb (エアー・ビーアンドビー)です。ウーバーは、日本ではまだあまり知られていませんが、オンディマンドのハイヤーともいえるものです。タクシー会社ではなく、登録している個人が自分の車を運転して駆けつけてくれる便利なレンタルの仕組みです。車が必要になったら、ウーバーを立ち上げ行き先を入力。GPSで利用者の居場所がわかるので、その近辺にいる運転手が反応すると、それがスマホに表示され、利用者は車種や運転手の評価、などを参考に、選択する。価格は需要と供給により変化し、「通常の1.5倍」 などと表示され、「何分で到着」 の情報や呼んだ車が近づいてくる移動状況も表示されます。支払は、チップも不要で、到着地に着くと自動的決済で終ります。私も、NRF会期中に急に雨が降り始めて、タクシー争奪戦のなか、ウーバーの利用者である友人があっという間に車を手配してくれて、大助かりし、なんとまあ便利なこと、と感服しました。

 Airbnbは、同じように、使っていない部屋やボートなどを、宿泊用にオンディマンドで簡単に提供する仕組みです。2008年創業ですが、単なる「宿の提供」ではなく、「異なる文化やコミュニティの体験を重視する」と創業者が強調するビジネスで、今や世界最大のホテル・チェーンも凌駕する、部屋数の登録と売り上げを達成しています。

 注目すべきことは、いずれも、「空いている車や部屋を有効に活用し、社会的無駄を少なくする」ビジネスであること。また、車や部屋を所有する個人が、「気が向いたときだけ、他に提供する」ビジネスであること。そしてビジネスを終了した後、「利用者と提供者が互いを評価し、それがその後の顧客の参考に提供されること」です。個人同士がビジネスをするうえで、「信頼できるかどうか」 が非常に重要になりますが、「善意をベースとする取引」 という、真摯で透明性を志向するものであることも、ディスラプションであると、考えます。

 これらのビジネスモデルは、まさしく既存のシステムを崩壊(ディスラプト)させるもので、各種の規制と戦いつつ、使用されていない物やサービスを、インターネットとパワフルで便利なスマホにより活用して、ビジネスにするものです。急成長・急拡大しているだけに、色々課題や軋轢もあるようですが、デジタルとディスラプションによる、まったく新たなビジネスモデルであることは、議論の余地はありません。

 ディスラプションが話題となった、NRF 2016 大会の尾原レポートは、明日(212日付)の繊研新聞に掲載される予定です。

 次回から、そのハイライトを紹介したいと思っています。

<NRF 2015レポート ⑤――過去 16 年のNRFメッセージに見る時代の潮流>

 米国のNRF大会に、私は1987年から、毎年欠かさず参加しています。(今年が29年目!)その理由は、新たな年の展望をひらくと同時に、ファッションや小売のビジネスが変容・進化する未来を見きわめたいからです。

 今回は、2000 年から 16 年にわたるNRF大会から私が得たメッセージを紹介し、時代の変化の潮流を再確認する事にしました。先回ご紹介したように、NRF大会のレポートは毎年繊研新聞に掲載されることになっているので、私も毎回全力投球で主要なセミナーや展示を取材し、その前後には業界のリーダーに会ったり、話題の店舗を視察したりしています。( 画像は 2015 NRF大会で経済と小売ビジネスを語る前FRBバ―ナンキ議長とNRF会長で前サックス社CEOのサドヴ氏)

 

 NRF大会の 2000 年から今年まで 過去16 年のメッセージを、繊研新聞への寄稿の表題でご紹介します。

2000 「広がる消費者向け電子商取引」―”クリック&モルタル“の台頭: ネットビジネスの始動

2001 「真の 『顧客セントリック』 に向けて」――発想転換、生活者の論理

2002 「顧客満足から顧客熱中へ」――911で消費者は変わった:心/体験/エモーション

2003 「イノベーション、さもなくば死――未来は顧客の中に」: リスク回避が最大のリスク

2004 「進む二極化、グローバル化――ハイテク×ハイタッチ」: ソリューションの提供

2005 「成長領域はウェルカーブへ」――二極化時代: 差別化、ブランド、人材

2006 「消費者の願望と欲求を 『鳥の目』 『虫の目』 でみる」――消費者の購買心理分析

2007 「企業戦略はユニークさ追求と買上率向上」――情報ネットは CtoB、CtoC

2008 「巨大潮流 『サステイナビリティ』 」――人・地球に優しいFB企業とは?

2009 「歴史的 『地殻変動』 が進むFB――購買動機は様変わり: 「経済的」「倫理的」「環境」

2010 「逆境は最大の教師」――前向きに未来を探る: ソーシャル・ネットワークの台頭

2011 「モバイルとソーシャル・メディアがもたらす小売革命――「クリック&モバイルへ」

2012 「小売業の新ルール――顧客との絆=エンゲイジ&進化」――ICTで変容するリテーリング

2013 「小売に 『革命』 が起きている」―オムニチャネル時代にファッション/小売業はどう取り組むか

2014 “リアル” の感動を “デジタル” が支える」―― “アマゾンはハグ出来ない” :ICTと小売の交差に巨大チャンス   

2015 「 “リアル店舗” は新しい “黒字源” 」 Brick is New Black――未来へ向けて ディスラプト&イノベートせよ

 このように見てくると、ビジネスの革新や進化は、テクノロジーの発達、世界を揺るがす出来事(例えば2001年の同時多発テロや、2008年のリーマンショックなど)、地球環境や社会や消費者の意識の変化などをテコに、勇気あるイノベーター達が行動をおこすことにより、生まれ、拡大して行くものであることを痛感します。

 「ファッション・ビジネスは 変化のビジネス。このビジネスで唯一変化しないものは、このビジネスが 変化し続けるという事実である」 と、FIT留学時代に何回も聞かされたことを、今あらためて思いだします。 そしてこれからの変化は、これまでにも増してスピードアップし、より巨大なスケールになるでしょう。 未来への変化を、楽しみにしています。

<NRF(米国小売業)大会2014 報告⑨―新時代を開くルールブレイカ― ホインター>

 米国小売業協会(NRF)の年次大会では、イノベーションのセッションとして、若手起業家が興した新事業を紹介しています。2012年からスタートした「ルールブレイカ―達」と呼ばれるセッションですが、ユニークなコンセプトで起業したアントレプレナー4人を招き、それぞれ20分づつプレゼンテーションをするものです。昨年は眼鏡のネット販売を起業し、2年でオムニチャネルの専門店ストア事例としても注目されるようになった、ワービー・パーカー” と、雑誌的コンセプトで次々に期間限定ショップを作る、Story  が紹介されました。

 2014年は、次の 4 人のスタートアップ企業が登場し、「現状に満足できないイノベーター達を祝福しよう」のテーマで、意欲にあふれるプレゼンをしました。 

           ① 「マス・カスタマイゼーション・ビジネス」のHatch. Co.

           ② 同じく、「紳士服マス・カスタマイゼーション」の Indochino(紳士服)

           ③ 「SNSでベスト・アドバイスを提供」の Yabbly

           ④ 「サンプル在庫でのリアルビジネス」の Hointer

 このうち、“ネットとリアルの利点合体”、というべき ホインター社を紹介しましょう。 ホインターとは 『ハンター』 の意味だと創業者ナディア・シュラボラは説明します。プリンストン大学数学博士号を持つ女性です。彼女は、以前にアマゾンの配送センターでフルフィルメント・テクノロジー長をつとめ、さらに実店舗にも勤めた経験をもとに、ネットと店舗ビジネスそれぞれの利点を生かした小売ビジネスを立ち上げたい、と考えました。

 シュラボラ氏が強調するそれぞれの利点と欠点は

  ① ネット販売の利点=顧客にとっては、商品・在庫情報が豊富、SNSの幅広い活用、買物が簡単で速い。企業側にとっては、顧客データや買物履歴などが蓄積でき、それにもとづくお勧めが可能。

       欠点=デジタルで見た商品や色が、実際と異なる事がある。サイズやフィットの  確認が出来ない。即、持ち帰りが出来ない。

  ② 伝統的店舗の利点=現物を見て、色や素材を確認、触って、その場で試着も可能。気に入ればその場で持ち帰りが可能。販売員との会話やアドバイスがネットのお勧めより臨場感がある。五感で感じる体験がある。

       欠点=商品情報や在庫情報が限られる場合が多い。商品が多く欲しいものを見つけるのに手間取る。

 そこで、テクノロジーと伝統的店舗の利点を結合させ、2012 9月にシアトルに 185㎡ のパイロット(テスト)店をオープン。23 ブランドのジーンズ(デザイナーを含む)を約 150 スタイル揃えた店です。ただ店舗は型見本を1点づつ見やすく売り場に提示し、サイズ等の在庫は店の”倉庫”にキープ。顧客はタグ(Etag)のQRコードをモバイルでスキャンし、商品の詳細やSNSでの評価などを見て、気に入れば試着の指示をする。モバイルで指定された試着室に入ると、選んだサンプル製品の自分のサイズがハンガー掛けや畳んだ状態でパイプやシュートから自動的に送られている(オムニカート)。さらに試着を重ねたければ、試着室の壁にはタブレットが設置され、それによって追加の服を試着室に送り込んでもらう。最終的に購入を決めた商品は、購入を入力すれば、出口のシュートに出てくる、という仕組みです。 

  このビジネスモデルのポイントは、3 つのソリューションにあります。

       Eタグ + オムニカート + マイクロ・ウェアハウス

 同社はこれらを自社で実行するだけでなく、他の小売業に、ライセンスするビジネスを進めています。「顧客体験に革命を! あなたのお店でも、一歩づづ」がホームページでのメッセージです。まずはEタグを、次いでオムニカートを導入する、という具合にです。

 Eタグは、顧客と小売店舗のためのデジタル・コネクション機能。顧客はタグについている QRコードをスキャンする事で、商品情報やお勧め、着こなしのアイディア、他の顧客の評価等の情報を得る事が出来る。店舗側にとっては、顧客の行動が把握でき、人気のスタイルに関する情報を得てベンダーに提供する事も出来る。Eタグは、従来型の小売店でも利用できる形になっているので、まずはEタグからスタートしてメリットの一部を享受すればよい、と同社は言います。

 次のオムニカートは、Eタグが指定した商品を試着室に自動的に送り込むソリューションです。そのためにはシュートなどの物理的システムも必要なので、その準備が出来てから導入すればよい。オムニカートは、その店舗に無い在庫を他店から宅配する指図も出来るものです。

 マイクロウェアハウスとは、店舗に配送センターの機能も持たせることです。大型物流センターを設置する代わりに、各地にある店舗にその役割を担わせる、という考え方です。 

 Hointer のこのシステムでは、販売員の数が大幅に削減できることを実証しており、週日で45名、週末で5~6名を要するものが、曜日を問わず 3 名で済むようになる、といいます。売り場スペースも削減でき、低コストでより高い顧客体験を提供出来る “理想的” なビジネスモデルだと同社は強調しています。

 このビジネスモデルは、アパレルに限らず、靴、ジュエリー、家電製品など、幅広く活用出来るといいますが、Hointer のコンセプトが大成功し、小売に革命を起こすものかどうかは、今後の展開結果に待つしかないと、私は考えています。しかし、リアル店舗重視時代に、テクノロジーのフル活用でネット的なシンプルかつ効率的オペレーションを得られるヒントが溢れているビジネスモデルであることは確かです。