人材育成

「留学はなぜ人材育成の優れた手段なのか」 <キャリアづくりと留学ーその1> 

「最近、留学希望者が減っている」、「海外へ出たがらない若者が多い」という憂うべき事態に危機感を感じて、「ファッション・ビジネスにおける留学」と題するセミナーを6月28日に開催します。海外留学が、いかに大きな収穫をもたらすかを、留学を希望する若者(学生、既就職者を含む)、およびファッション関連企業の経営者や人事担当者に、再認識して欲しい、というのが企画の理由です。 

(日本FIT会主催。詳細は http://fitkai.jp/pdf/120518_000.pdf へ)

「グローバル人材」の必要性は、特に、ファッションそのものが国際化しているこの業界、また、日本市場が人口減や経済低迷で縮小し海外ビジネス拡大が急務であるファッション業界にとって、最重要課題です。加えて、日本ファッションが世界から注目を浴びているという好条件にもかかわらず、グローバルに活躍できる人材が少ないという現状は、誠に残念至極です。

『海外留学』の目的は、従来、「日本では得にくい専門的知識や技術を身につける」、「見聞を広める」、「外国語に堪能になる」が主でした。それが今、日本での教育や情報レベルが高くなったことで、「海外まで勉強に行く必要はない」という考えが広がっているのだと思います。(さらに、「日本が、居心地がいい。わざわざ苦労しに外国に出かけることはない」といった、まさしく『ゆで蛙』の例え通りの態度も蔓延している、という指摘もあります。)

しかし『現代の海外留学』の重要な意義は、次の点にあると私は考えています。これらはいずれも、これからのグローバル競争に勝てる人材の要件として不可欠なものです。

① 自立=自己アイデンティティの確立、および自分の足で立てる自信をつける

② コミュニケーション力の醸成=異文化、異なる価値観や民族・言語においても意思疎通が出来る

③ 世界級キャリアとしての見識と能力の獲得=変化流動する今後の世界を恐れず積極的に進める

④ 世界視点の獲得=日本を離れた視点から、世界を、日本を、見る

⑤ ネットワーク(人脈)作り=キャリア構築に不可欠な人的資産と自身のリーダーシップの醸成

これらは私自身の経験から得た信念です。 詳細は次回以降に述べますが、今回のセミナーでは、FIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)の卒業生が、経営者の立場から(㈱サンエー・インターナショナル社長三宅孝彦氏)および業界で活躍している3人のプロフェッショナル(翡翠のデザイナー伊藤弘子さん、住友商事課長の江草未由紀さん、フォルトナボックス社長でジャーナリストの布谷千春さんが、それぞれの「留学体験と収穫」について語ります。またセミナーの後の懇親会でも、参加者間での議論がはずむものと期待しています。

嬉しい事に、大学生の応募は、関西、中部地方も含む主要大学からの申し込みが多く、心強く感じています。しかし残念なのは、それに比べて企業の参加が少ない事です。

折しも、ニューヨーク・タイムズ紙は、「若くグローバルな人材、日本企業への応募は不要」(Young and Global Need Not Apply in Japan) の見出しで、日本企業が海外留学生の採用・活用に対して消極的である、という主旨のショッキングな記事を掲載しました。(2012年5月29日付)

若干見方が偏っているきらいはありますが、記事には、最高峰の大学を出た日本人留学生が「日本の大手企業が入社熱望に応えてくれなかった」と嘆いたり、企業側の「彼らはオーバースペックだ。組織になじむにはエリートすぎる。上昇志向が強すぎる。そのうち引き抜かれたり自分で転職する可能性が大。」などのコメントを引用しています。日本の就活の実態とタイミングが留学組に不利な点も指摘されています。そんな背景もあって、日本人大学生の留学希望者が減少。2010-11年度の米国への留学生は21,290人で、前年比14%減、逆に中国は23 %増の157,558 人、韓国でも2 %増の73,351人(人口が日本の半分以下にもかかわらず、留学生は3倍以上)と書いています。

ニューヨーク・タイムズの記事が投げかけている、「日本企業は本当にグローバル人材を求めているのか?」は、誠に重い問いかけです。ファッション関連企業の姿勢は、専門職についてはもう少し柔軟かもしれませんが、いずれにせよ、『これからのグローバル競争に勝てる人材の確保』に真剣に取り組む必要があると痛感します                                                                                                                 (次回へ続く)

<ファッション・ビジネスの潮流が見えた! 「FIT特別セミナー」から―その6>

3月21日に開催された「FIT特別セミナー」をまとめて振り返ると、大きく変容する今後のFB(ファッション・ビジネス)の潮流が見えてきます。 

3人の世界をリードする講師陣陣が、経営者の立場(柳井正氏)、教育者の立場(FITブラウン学長)、ファッションの立場(FITファッション美術館ディレクター)で熱っぽく語った講演から、私は時代の潮流として次の3つを感じ取りました。 

1.これからの成功する企業とは、

  「物売り発想」を脱皮し、「志」(ミッション=使命)をもって革新を続ける会社

2.これからの成功する人材とは、

  「幅広い教養」を持ち「変化」に臆せず、異文化等の「多様性」に柔軟かつ自律的に対処できる人 

3.これからの成功するファッションとは、

  「社会の変化」に根差し、「文化の蓄積」を「消費」ではなく「消化」した上で「新たに創造する」もの

 一言でいえば、これまでの、「ファッションのトレンドを表面的に追う、視野も能力範囲も狭い専門職と金儲け志向の経営者が、短期勝負を繰り広げる」 ファッション・ビジネスから、「社会の要請に応え、 高い資質と幅広い能力とグローバル感覚をもつ人材が、感性と文化に根差した価値創造の革新を続ける」ファッション・ビジネスへの転換、と言えるでしょう。 

柳井正氏(ファーストリテーリングCEO)のメッセージ「3・11は日本の岐路。日本がメルトダウンしないためには、日本は変わらねばならない」の通り、日本はいま、大きな転換期にあり、ファッション産業も大きな変革を迫られています。しかし、これらのFBの潮流は、決して日本に限るものではありません。

FITのブラウン学長は、「テクノロジーとグローバル化がファッション業界を大きく変えている。これから先、優れた成果を上げる人材育成の中核は、一般教養、学生がみずから成長する環境作り、創造性と革新性重視、グローバルで多様な能力の醸成、にある」と強調しました。

FITでは、一般教養を通じてこそ学生が批判的に考える(適切な質問をし、問題を分析・解決する)力が身につく、と考えている。学生は専門分野に加えて、一般教養を学ぶことで、キャリアの中核をなす世界の文化に触れることが出来、また彼らが直面せざるを得ない法的・倫理的なビジネスの問題にも、触れることが出来る」。 「米国業界のプロがここ数年、我々に強く求めているのは、文化的に洗練された人材、世界に開かれた目と批判的に考える力を持ち、コミュニケーションが出来る人材だ。ある広告代理店のエグゼクティブは、面接の最後に必ず『どんな本を読んでいるか』そして『なぜ?』と尋ねるという。」 大学はこれに応えられる人材を排出せねばならない、というのです。

 FIT紹介パンフレット(Look Book 2011-2012)

“挑戦をしよう、旅に出よう、チャンスに賭けよう、時間をとって、飛び込もう”

柳井正氏は、ますます同質化・平準化が進むグローバル競争に勝つためには、「志」(ミッション)をもち、それを推進する勇気、革新を続ける企業文化を持つ会社でなければならない。どんな不利な状況でも志を持って最後まで頑張れば、それは達成できる、とし、

「良い企業とは、ブランディングすると同じこと。お客様が商品を買うのは、単純に商品のスペック性能機能を買うのではない。感情と共感で買う。だれが、どういった会社が、どういう思いでこの商品を作り販売しているのか?が重要。」 「企業は、自分たちは何者なのか? どこに向かおうとするのか?を伝えなければならない。」と強調。

ユニクロは原宿店オープン時に「革新的な服を開発して世界中の人々の生活を豊かにする。それを、経営者だけでなく、社員の顧客にも徹底すること」をミッションに掲げました。

「あらゆる人が良いカジュアルを着られるようにする新しい日本の企業です」と。そしてその後のファーストリテーリング設立時には、さらに「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」に進化させて、社内は勿論、顧客や取引先、株主等の関係者と共有しています。 

これからのグローバルでフラットな時代、とくに物質的価値から精神的・感性的価値を求めるようになった先進国で成功するファッションとは、「社会の変化」と「人々の意識の変化」をふまえ、日本の文化的・ 民族的DNAをフルに活性化させて、感性豊かな、「ほんもの」、「世のためになるもの」、「美しいもの」 (真・善・美)を実現するものであると考えます。

<FITブラウン学長のメッセージ:「FIT特別セミナー」から―その2 >

人材育成の未来戦略を語ったのは、柳井正氏に続いて講演したFITのジョイス・F・ブラウン学長でした。 テーマは「次代を担う人材をどうつくるか―FITの革新的取り組みは」。

プロフェッショナル養成の大学らしく、社会とビジネスの変化を見据えたFITの「2020年を目指す“未来の教授陣”戦略」は、まことに啓発的なものでした。(詳しくは後ほどご紹介します。)

FITは1944年創立。繊維アパレル業界の繁栄期にありながら、将来を担う人材の不足を心配した業界のリーダー達が資金を集め、アパレルの「デザイン」と「生産」の2コースでスタートした学校です。高等学校の空きフロアを借りたささやかな開校でしたが、その後に州立大学になり、「業界との密接な連携」と「一般教養の重視」という2大基本方針を今日まで継続。“実践的専門教育と人間づくり”という独特なミッションを遂行する、ファッション関連では世界の先端的大学になりました。

カリキュラムも時代とともに拡大し、1年制(大学卒向け)、2年制(2+2で4年制にもなる)、大学院の3種類の課程と、46の学位コース(専攻)があり、私が卒業した1967年の12コースとは比較にならない規模になりました。非学位コースでも、生涯教育としての修了証書コースや短期講座が増えています。

専門領域もデザインからビジネス、テクノロジーに広がり、専攻学位コースとしては、マーチャンダイジング&マネジメント、玩具デザイン、コンピュータ・アニメーション、写真、広告、ビジュアル・マーチャンダイジング、国際貿易、ホーム製品開発、インテリア・デザイン、ジュエリー・デザイン、化粧品・香水マーケティング&マネジメント、美術館経営、等と、“ライフスタイル産業教育”にふさわしい多彩さです。最近新設された修士コースには、「宝石学」、そして世界で唯一のコース「サステイナブル・インテリア環境」などもあります。非学位講座では、SNSなどの最新動向やテーマを絞ったプログラムも人気です。

特に興味深いのは、業界の変化に伴うカリキュラムや教育内容・手法の変化です。

伝統的コースで変貌した例をあげれば、パターンメーキング。パターン技術者の需要が減り手法も変化したため、これを学位コースから外して修了証書コースにしました。ICTを活用してパターン作成から世界の産地とのコミュニケーションまでを手掛けるテクニカル・デザイナーが重視されるようになったからです。

さて、そのFITが今後の環境激変を見据え、2020年へむけた「戦略ビジョン5目標」を策定しました。5つの目標とは、①学究的コア(一般教養)の強化、②学生中心の組織文化(Student-Centeredness)、③FITをニューヨークのクリエイティブ・ハブとして強化、④学生の戦略的リクルート、⑤戦略計画実現のための執行部門のサポート、です。ここでも「一般教養」が重視されています。これからの変化の時代に、物事を理解するだけでなく批判力を持って分析・把握し、論理的問題解決を行う能力を醸成するには、これが不可欠だからです。

さらにFITは、その実現に不可欠な「未来の教授陣」に求める5つの資質を明確にしました。 Faculty of the Future と題したこの戦略が重視する資質とは:

1.グローバリズム=「世界市民」をつくる能力

2.指導構想力=未来の学生が必要とするものを想像し、組み立て、コミュニケートする能力

3.学びを豊かにする=学生に学びに関する情熱を持たせ、学生をひき込み啓発する能力と態度

4.プロフェッショナリズム=業界活動の新たな変革を含む専門知識と能力

5.テクノロジー=自分が指導する分野の技術用語や手法に明るいこと。

驚くのは、これらの資質を有するフルタイム教授40名の、新規採用計画です。厳しい財政状況の中で、現在の20%増に当たるこの採用計画は、まさしく「未来を担う人材づくり」への強い信念にもとづく戦略的決断だと思います。

「2020年に入学する学生は、いま8歳。彼らに何を、どう教え、どのような成長を促すかは、まさにいま真剣に取り組むべきこと。戦略目標は着実に実行にうつしている」と学長は締めくくりました。

かたや、閉塞感漂うファッション日本の産業。特に人材育成については及び腰にみえる企業幹部、あるいは目先の人集めとしか思えない新規講座の開講にエネルギーを費やしている大学、専門学校を見るにつけ、日本の、日本人の、覚醒を促したいと思います。