違いをつくる Different

<日本が世界に誇れるもの ② 「日経ビジネス特集から見える日本の強み」>

今年のノーベル医学生理学賞を、IPS細胞(人工多能性細胞)の作製に成功するという画期的な快挙で、山中伸弥京都大学教授が受賞したことは、久しぶりの誇らしいニュースでした。優れた着眼と発想、そして長年の地道な研究の成果を讃えたいと思います。

日本には、我々が日ごろあまり意識していないことで、非常に多くの誇るべき技術や製品やサービスがあります。

日経ビジネスが「世界に誇るニッポンの商品100」特集(10月15日号)を組み、そのことを日本人にあらためて気付かせてくれました。読まれた方も多いでしょうが、特集の冒頭メッセージも、100選の商品と解説も、久しぶりに世界へまた未来への展望を持った力強い内容で、「さすが日経」と拍手を送ります。(日経ビジネス 10月15日号表紙)

冒頭のメッセージを紹介しましょう。

   「ニッポン ブランドの存在感が失われつつあると言われて久しい。

   かつて世界を席巻した電気製品の輝きは色あせ、

    様々な分野の商品が新興国製に取って代わられている。

   日本の商品やサービスはもはや、世界で通用しないのか――。

   改めて世界を見渡せば、多くの人に愛されている日本の商品がある。

   その中には、グローバルでトップの地位を得たものや、  

   世界が抱える課題の解決に一役買うものも含まれる。

   何よりこれらには、これまで培ってきた「日本の強さ」があふれている。

   世界に誇ることが出来る商品に、日本の未来がある。

経済低迷の中、日本企業はグローバル展開に活路を見出そうとしています。しかし、これまで乗用車や家電製品などの大型成功事例を日本の力と見て来た多くの日本人やメディアが、そこから抜け出た視点や発想を持つことが難しいのが実態でした。そのなかでこの記事は、世界のニーズを細かく現場的に見極め、地道に、しかし日本ならではの技術とまじめなモノづくりや問題解決への取り組みで、ニッチ・ビジネスを成功させている多くの事例を紹介しています。

 100選の中には、ハローキティからガンダム、ゴスロリ、あるいはユニクロや無印良品、コンビニといった、ファッションや流通関係者にはなじみの深いものも含まれています(Part 3、Part 4)が、これらは次回以降にして、今日は特集の全体構成と、Part 1 について書くことにします。

 「世界に誇るニッポンの商品100」「誇る商品」を4領域に分けて紹介しています。

Part 1: 「日本発」が難問を解決する ―世界を救う商品・サービス (17事例)

Part 2: シェアトップつかむ秘密 ―世界で売れる商品・サービス (22事例)

Part 3: 日常に入りこむ「ニッポン」 ―世界の暮らしを変える商品・サービス (41事例)

Part 4: 安全・快適・愉快を売り込め ―日本の未来を創る商品・サービス (20事例)

 これらは日本の強みをよく捉えた分類であり、この4領域の商品やサービスを熟読すると、違う業種のビジネスに携わる人も、商品開発やマーケティングの色々なヒントが得られるので、是非お薦めします。

Part 1 「『日本発』が難問を解決する ―世界を救う商品・サービス」で取り上げられているものを紹介しましょう。

ゲイシャ缶(サバのトマト煮の缶詰、安価な蛋白源としてアフリカなどでは知らぬ人はない)、救缶鳥プロジェクト(パンの缶詰、NASAの検査基準をクリア、スペースシャトルの食事にも)、VAPE(電気式蚊取り器)、浄水器・海水淡水化プラント用膜、水質浄化剤、リンパ系フィラリア症薬(熱帯病制圧に無料薬提供)、ナノパスニードル(痛みゼロをめざす世界一細い注射器)、内視鏡(消化器系がんの早期発見に貢献、世界7割のシェア)、家庭用血圧計、農業用トラクター、野菜の種子(ブロッコリーでは世界の6割のシェア)、味の素、地雷除去機、ゼロゼロスリー、警備サービス(英国ヒースロー空港にも)、介護用ベッド、ハイブリッド車。

いずれも日本の技術と細やかな問題解決への創意工夫が開発した商品やサービスで、なおかつ世界の課題に、現地の視点に立って取り組み成功したものです。ほとんどが、一気呵成のマーケティングというより、地道な販売努力によって達成できた成功であることも強調したいと思います。冒頭のメッセージのとおり、何よりこれらには、これまで培ってきた「日本の強さ」があふれている、と言えましょう。

(次回につづく)

「Different は ほめ言葉」 <キャリアづくりと留学ーその3>

AFS交換学生として、同じ16歳の女子高校生が居る家庭にお世話になった1年間で得た最大の収穫が、『自立』 と 『人と違う事はよい事』であったこと、また前者の『自立』については、先回述べました。
高校留学を私が体験したのは、米国ミネソタ州のマンケイトという中都市でした。
何しろ、敗戦後10年の1955年。「もはや戦後ではない」の掛け声はかかっていたものの、まだまだ日本の生活は貧しかったので、米国の物質的豊かさと、人々がのびのびと生活を楽しんでいる姿に圧倒されました。とくに、女性が仕事を持って生き生きと働いている事や、子供も家事の手伝いやベビーシッター等のアルバイトをする事が当たり前という考え方、また「高校生はもう大人」という扱いには、目から鱗の思いがしました。

Different=人と違う事、はよい事』 を私が学んだのは、実は、毎日学校にゆく服装での体験です。

米国では、学生といえども毎日違った服を着て通学するのが習慣にとなっています。私は、日本から選ばれて留学するのだから恥ずかしくない服装をと、母が名古屋から京都まで出向いて室町の生地問屋で買い求めた美しい捺染プリントなどを、近所の洋装店で仕立てて持って行きました。すると、何を着て行っても 「Yoko, that’s so different!」 と言われるのです。Different とは「違っている」あるいは「変わっている」という意味。日本では現在でさえ人と違っている事は避けたい傾向がありますが、当時は出来るだけ人と同じが良いとされていました。そこで毎日、「どうしよう。明日は何を着ていこうか?」と悩んだわけです。 とうとう着るものが無くなって浮かぬ顔をしていると、妹のジュリーが「どうしたの?」と聞きます。訳を話すと、「あなたバカね。それはほめ言葉よ!」というのです。

<今も昔も 個性的な米国高校生> (1955年 友人の誕生会で)

いわれてみて考えたら、「That’s so different!」 といった後に、どこで買ったの?とか、日本ではいくら位するの?などと聞かれる事も多かった事に気づきました。彼女たちは非常に興味を持ち、出来れば欲しい、と思っていたのです。

米国では若者に限らず一般に、人と違う個性を持った自分を演出しようと努めています。日本も今でこそ「個性」をいい意味で使うようになりましたが、米国では、「人と違っていて個性的である事」が魅力であり、そのために、皆、一所懸命にファッションやお化粧、さらにはキャリアにつながる独自能力の開発に気を配っているのです。

学校の宿題等でも、例えば自分でテーマを選ぶレポートが出た場合など、お互いに「あなた、何のテーマにする?」と聞き合います。しかしそれは、人のテーマでいいアイディアがあれば自分も真似しよう、としてではなく、人と重複しないために聞くのだと分かりました。もし同じテーマの人がいたら、「あなた本当にそのテーマでやる? 絶対変えない? それなら私は違うテーマにするわ。」という感じでなのす。同じテーマを取り上げて、出来栄えを横並びに比較されるのも面白くないし、独自のテーマの方が自分の思うようにやれる、ということでしょう。

「Different」は、最近になって一層重要になっています。ハーバード・ビジネススクールの人気教授、ヤンミ・ムン氏の著作でベストセラーになった本のタイトルが「Different」でした。(邦題は『ビジネスで一番、大切なこと』 2010年 ダイアモンド社)。競争激化のなか、「差別化」にどんなに懸命に取り組んでも、同じ路線上での差別化競争では類似品を増やすだけ。「圧倒的な」違いで「抜きんでた」存在になるには、Different でなければならない、と彼女は言います。例えば世の中が「大きい方がいい」と考えている時、「小さくていいもの」を提案するのです。

私が日本から持っていった服は、まさしく圧倒的な違いがあっただろう、と、思い悩んだ留学時代を懐かしく思い起こしたことでした。

これは、日本のファッションの世界展開においても、また個人のキャリア追求についても言える事です。    (次回は「プロフェッショナルの世界:FIT留学で学んだ事」)