スロー・ファッション

<水野典子さんの『布絵』展  心温まる、布と針の手仕事>

 「NUNOEの世界」という展覧会に行って感動しました。  NUNOEとは「布絵」の事で、キルトでもパッチワークでもない、布を使ったアートですが、その創造的なデザインの発想と細かい手仕事には、心温まるインパクトとパワーがありました。

作者の水野典子さんは、女子美術大学産業デザイン科工芸(織物)を専攻された主婦ですが、子育てをしながら、日常生活や周りの自然をタピストリーや手芸の布絵にしてこられ、 クロワッサンの『黄金の針』賞など、多数の賞を受賞している方です。 展覧会は、「THEMIS」誌創刊20周年記念の後援で、銀座の文芸春秋画廊において開催されています。(11月17日(土)まで)。

水野さんのそもそもの布絵創作は、古着を使った子供服や袋物へのリメイクでした。それが30年前に、タピストリーのコンクールがあると知り、テーマが「音楽」だったので、クラシック好きの御主人のために創作した「わたしのオーケストラ」でエントリーし、クロワッサンの『黄金の針』賞に入選したのが布絵の道のスタートだったといいます。  ちなみに水野さんの御主人は、旭化成の役員を務めて居られる方で、典子さんは “企業戦士の家庭を守る主婦”として、当初は「サラリーマン」をテーマとした作品が多かったそうです。

その後、テーマは周りの自然や、日本の懐かしい田舎の情景、海外旅行で訪れた各地の情緒あふれる風景、などなど、多様に広がり、展覧会場には約100の作品が展示されています。 ご関心の向きは、是非展覧会をご覧ください。

(右画像は「わたしのオーケストラ」 縦横1.5メートル。カタログ「水野典子の布絵の世界」から)

 

 作品を見て私が感動したのは、つきのような理由からだと思います。

1.日常の生活、家族、自然に対する、作者の温かい目線

2.多種多様な布地(再利用が多い)を優れた創造力と手芸の技でアート作品にしていること

3.女性が、主婦・子育ての環境下で何が出来るかを考え、自分の道を開拓されたこと

 ファッションの世界では、いま、「服が売れない」 ことが問題になっています。しかし、このような創作活動にふれて感動する人は多いと思います。そして 「こんな物に囲まれた生活がしたい」 とか 「私も自分の手で、身の回りのものを創ってみたい」 と思う人が増えていることを感じます。

 アート、手仕事、クラフトの重要性は、先進諸国で広がっています。たとえば米国の Etsy という名のウェブサイト。これは主にハンドメイドの雑貨などを扱うネット販売のサービスです。小額の掲載料を支払うことで作品を出品することが出来、掲載商品の購入希望者はネットのシステムを通じて決済もできる。商品の送付や質問などは売り手・買い手が直接やり取りする。といった仕組みです。2005年にスタートし、現在1500万人の登録会員を持って居り、その利用者は世界150以上の国々に広がっている、といいます。

震災を経験したから、というだけでなく、デジタル時代、機械化された、せわしない日常の中で、人々が「人のぬくもり」、「手仕事の柔らかさ」、「創造的デザイン」を求めていることを、私たちは真剣に考えてみる意味があると考えます。

(「日本が世界に誇れるもの」の続きは次回に)

<FBのNew Normal (新しい常態)⑤> 「スロー・ファッションに宿る作り手の想い」

先回「スロー・ファッションのすすめ」で、「皆さんの周りにスロー・ファッションを実践している人やブランドがあれば教えて下さい。」とお願いしましたら、何人かの方から貴重なお声を頂きました。その中で痛感したことは「スロー・ファッションは作り手の想い」であることです。コメントの一部を御紹介しながら、「スロー・ファッション」とは何かについて、さらに考えてみました。

 東北地方でファッション・ショップを営んで居られる   M  さんからは、「People Tree」(ピープルツリー) が「わたしがリスペクト出来るスロー・ファッションの企業」とご連絡頂きました。ピープルツリーは、創業者のサフィア・ミニーさんとともに、私も以前から注目しているフェアトレードの会社です。イギリス人のサフィアさんは、1995年に「環境保護と途上国支援を目的とした、ビジネスの実践と普及」を目指してこの会社を設立。事業内容は、人と地球にやさしい衣料品、服飾雑貨、日用雑貨、食品等の商品開発や輸入・販売です。7月のJFW-IFFにも出展していたので、ご覧になった方も多いと思います。http://www.peopletree.co.jp/ (画像は People Tree  2012秋冬カタログ)

  M  さんは、主として東京コレクションに出ているブランドを扱っておられる個人経営のお店だそうですが、震災後お客様が減り経営が厳しくなるなかで、自分自身も含め人々の価値観の変化から新しい展開として行き着いたのがピープルツリーだったそうです。

「扱ってみると、ピープルツリーは今までの取引先とはまるで違い、生産者や生産者の背景も動画やカタログに示してくれてることが大変新鮮でしたし、私ども取引先に対しては、具体的にかつ積極的に売り方のアドバイスもくれます。」 その一方で 今も一部取引があるコレクションブランドでは、営業担当者の姿勢が 「○百万円以上買わないとウチのブランドは扱わせませんよ」 といった感じで、「ビジネスモデルとして古く感じる」といいます。

「コムデギャルソンやヨージヤマモトのような一流ブランドのように扱って欲しいのでしょうが、商品原価等もどんどん下がっているようで憤りを感じ、なんともいえない気分になります。消費者との感覚とも少しかけ離れているとしか感じなくなりました」という  M  さんの御意見は、まさにこのテーマの「New Normal 新しい常識」といえるでしょう。「会社の存続にはさまざまなご苦労もあるようですが、私自身 厳しい時代の中、苦楽を共有したいと思うのはこういう人間味があり、地に足の着いた企業です。」の言葉には、華やかなショーのランウェイでなく、現実の世界でファッションを扱っている人の、重みを感じました。

 自分の信条(ピープルツリーの場合には、環境保護と途上国支援)に基づいて、納得のゆく製品を作り、それをフェアな取引で顧客(小売店および生活者)に届ける。ファッションから見ても、1シーズンで流行遅れになるファスト・ファッションではなく、人それぞれが自分のスタイルとして長期間着用できるデザインの服。服への愛着を感じると同時に、作り手の「想い=心」や「手のぬくもり」を感じることが出来るのが、スロー・ファッションだと考えます。それはまた、作り手、扱い手(小売店)、使い手、が皆ハッピーになれる、Win-Win-Win のビジネスでもあるのです。

 滝口佐藤園代さんからのお便りも素晴らしいものでした。「80歳になるわが母と、その母のお洋服を40年近く作り続けてくださっている方は、まさにスローファションを実践していると思います。母は近頃体型が変化し自分が着られなくなった質の良いお洋服たちを、お直しに出し、私たち娘にリフォームした新しい服を提供してくれています。大切に着てきたお洋服がまだまだ活躍しております。」 そこで滝口さんに私から質問しました。「時を越えられる服のエッセンスは、何でしょうか? 素材の良さはもちろんですが、それ以外には?」 そのお答えは、「着る方の希望を十分に聞き、そしてデザインを起こし、型紙を作り、念入りな仮縫いと縫製と、最後はやはり、お洋服に対する愛情ではないでしょうか。私自身も何着か作って頂いてますが、多少体型が変わっても、未だに着回しが出来るものばかりです。」

 限られた資源を使い、着る人をイメージしながら丁寧に愛情をこめて服を作ること。そして、そのようにして作られた服を、丁寧に扱い、丁寧に感謝の気持ちをもって着ること、これがNew Normal 時代の、新しい、また重要なファッションであると考えます。