テキスタイル産地の革新

<サステナビリティは、繊維ファッション産業の新たなフロンティア>

サステナビリティへの関心が高まってきました。

異常豪雨や欧州の異常熱波、世界各地での山火事、氷河や北極地の氷解などの気象変動。そしてコロナをはじめとする動物由来の感染症の多発と拡大加速。私たちの日常生活を脅かす危機を実感することで、私たちは、以前とは異なるレベルで、サステナビリティ(持続可能性)に取り組む重要性と緊急性を意識するようになっています。

じつは、2000年代に注目が高まった欧米消費者のエコロジー意識も、リーマンショック直後の不況では、「いいことだけど、それで商品の価格が上がるなら、ちょっと、、」 と、進展が停止した感がありました。しかし今回のコロナパンデミック体験では、人々のサステナビリティ意識は逆に高まり、「コストをある程度負担してでも、CO2 削減や、労働者の人権・環境保全、原材料や資源の有効活用、に貢献したいと考える人が増えています。

とくに Z 世代を筆頭とする若者の間では、サステイナブルであること=商品でも、企業活動でも、働き方でも=が重視され、商品や就職先の選択にも大きく影響するようになっています。この傾向は遅ればせながら日本でも見られるようになりました。

「サステナビリティは、繊維ファッション産業の新フロンティア」

繊維アパレル産業は、全産業で2番目に地球環境への負荷が大きい産業だといわれます。

この度、東レ経営研究所の情報誌、『繊維トレンド』 に、サステナビリティに関する私の想いを書かせていただきました。題して、「サステナビリティは、繊維ファッション産業の新たなフロンティア」 (画像はその小論の冒頭部分です)

 同社のお許しを得て、その全文を紹介させて頂きます。お読みいただけると嬉しいです。   (→下記URLをクリックしてください。)

https://cs2.toray.co.jp/news/tbr/newsrrs01.nsf/0/94D919AA1ECB351049258844001C5AC6/$FILE/S2205_004_011.pdf

ファッションやアパレル製品でのサステナビリティへの取り組みは、繊維では無農薬栽培の素材やポリエステルのリサイクル原料、加工工程では水質保全やエネルギー/資源のミニマイズ、製品ではパタゴニアに代表されるような修理/再利用などから始まり、最近では、使用済み衣服(古着)の二次販売に取り組む企業も増え、サーキュラー(循環型)のリサイクルも始まりました。

製品の廃棄処分にも、厳しい目が向けられています。2018年バーバリー社が売れ残り品 3700万ドル(約 42 億円)相当を、新品のまま焼却処分した事が公になり、批判や不買運動に発展した象徴的事件がありました。2022年 1月にはフランスで衣類廃棄禁止法が施行され、企業が売れ残った新品の衣類を焼却や埋め立てによって廃棄することを禁止。リサイクルや寄付によっての処理を義務づけた法律で、違反すると、最大 15,000ユーロ(約 190万円)の罰金が科せられます。

繊維ファッション産業は、「心の豊かさをもたらす美やスタイルを創造するビジネスでありながら、環境へのダメージが大きい」。このジレンマを、個別の素材や製品、生産工程や小売販売といった部分的解決だけでなく、サプライチェーン全体として、サステイナブルになるよう真剣に考え、実行せねばなりません。サプライチェーンを、Short(短く)、Slim(無駄をそぎ落とし)、Speedy(速く)することで、地球への負荷を最小限にしながら、顧客にとっての価値を最大限にするサステナビリティが求められています。

もともと日本は、小論でも述べているように、自然との共生が日常生活の思想や慣習のベースにあり、江戸時代の循環型経済は、改めて見直す価値がある先端的なものでした。「モッタイナイ」(無駄にしない・自然への感謝)の思想を反映した日本の着物は、 細幅(約36cm )の反物をほとんどハサミを入れずに縫い上げ、ほどいて洗ったり染め直したり、 仕立て直しを繰り返し、最後は雑巾にしたり漆喰に塗り込むなどして土に還すまで、利用し尽くすものでした。

このDNAをもつ日本は、新しいサステイナブルな繊維ファッションの仕組みを生みだし、世界をリードすることが出来ると信じています。繊維ファッション業界がこのゴールを目指して進展することを心から念じるものです。                            

<西脇産地で若手デザイナーたちが活躍―旧態システムの創造的破壊で新時代へ>

 日本最大の先染め綿織物産地、西脇に行ってきました。地場産業の育成と発展のために設立された、(公財)北播磨地場産業開発機構が意欲的に取り組んでおられる活動の一環である「地域ブランド戦略」の講演会講師に招かれたからです。

 そこでの嬉しい発見-デザインを学んだ15人の若者が、地元の支援で日本各地から移住し、伝統的な(言い換えれば旧態依然な)ものづくりと販売の仕方の革新に取り組んでいること-を、ご紹介します。このプロジェクトについては、8月15日の「ガイアの夜明け」(テレビ東京)でも放映されたので、ご覧になった方もあるかもしれません。紹介された事例は、それまで全く考えもつかなかった、“縦糸に100番単糸(非常に細く切れやすい糸)を使い、しかも色がグラデーションになるよう整経(経糸を並べて織機にかけるビームに巻き取る)し、緯糸を甘く打ち込んで広幅のソフトタッチのストールを創る” チャレンジです。出来上がったストールは、59グラムという軽さ。百貨店での試販でも、大好評だったそうです。(写真 ㈱播の製品) 他にも色々なチャレンジが進行しています。

㈱播で 移住修業中のデザイナーが開発した100番単糸使いのストール

 明治時代から第二次大戦後まで、日本の外貨稼ぎの筆頭であったテキスタイル産地が非常な苦境に立たされています。“播州織“で知られる西脇産地もご多分にもれず、特に1980年代中頃の円高とアパレル生産の海外シフトにより、 現在の出荷額はピーク時の4分の1に縮小しているとのこと。世界の有名ブランドや日本の主要デザイナー向けの、先染めチェックやジャカード、二重織りなど、いまも続いているものもありますが、ピーク時には総生産量の80%を超えた輸出も現在は15%を割り込んでいます。西脇に限らず日本のどの産地でも、高度成長時代に組み上がった“大量生産”体制と、それを支えた産地の複雑な分業の仕組み、商社や産元依存の賃加工仕事、などを抜本的に革新し、独自性ある商品を自ら開発し、出来るだけユーザーに直接販売することにより、コストダウンとスピードアップ、情報共有を進める必要に迫られているのです。

 この窮状に風穴を開けたいと西脇市は、片山象三市長のリードで 「ファッション都市構想」 を打ち出し、新規就職・人材育成のサポートによる、産地の活性化・革新に取り組んでいます。「ファッション都市構想」 は、デザイナーなどをめざす若者の西脇地区への移住と最終製品の開発を狙うもので、2015年度にスタート。現在15名の若者(うち13名が、東京や大阪などのファッション専門教育機関でテキスタイルやデザインを学んだ者の移住)が、産元商社や機屋などで働きながら現場での生地作りを学んでいます。支援プログラムには、就職先の紹介と、市から企業に対しての、給与の一部(10万円)と住居代の一部(最大5万円)が支払われるようになっているとのこと。さらに、同市にこの春完成したコワーキングスペース、“コンセントを、月額 3000円で会員になって鍵を預かり24時間好きな時間に利用できる特典、等があります。コンセント会費は受け入れ企業が負担するケースもあります。 (画像下は、工房”コンセント”の外観) 

コワーキングスペースの ”コンセント”

 この工房、 “コンセント(写真)は、西脇商工会議所が西脇市から約600万円の補助を受けて整備し、現在は西脇TMO(西脇商工会議所)が運営しているもので、シンプルながら、アパレルCADなどのデザインシステムをはじめ、工業用ミシン5台、刺繍ミシン、家庭用ミシン3台、プロッターカッター、などの機材が並んでいます。人台や撮影用カメラ、ファッションやデザインに関する書籍のコーナーもあります。

夜遅く訪問した時には、㈱播で修業中の 鬼塚創さんが一人で試作品の撮影にに励んでいました。鬼塚さん(左画像)は、先にご紹介したストールを企画開発した、昨年入社の山梨県出身、文化ファッション大学院大学卒業生です。

 この西脇産地の取り組みは、世界でもトップレベルにある日本の生地づくりの技術を、これまでにない“破壊的創造”により、時代の変化に対応しようとするものであり、北播磨地場産業開発機構理事長と西脇商工会議所会頭を務めておられる齋藤太紀雄氏の熱意にも感銘を受けました。今後はさらに、時代の変化に“対応”するだけでなく、“新しい時代を創る”ために、ネットやデジタル技術を活用して、これまででは考えつかなかったような、画期的な製品やビジネスモデルが生まれることを期待しています。

 「未来は予測するものではなく、創るもの」 の想いで書き上げた、拙著 『Fashion Business 創造する未来』 が、昨日(9月23日)、日経新聞の 「今を読み解く-転換期のファッション・ビジネス」 の欄で紹介されました。ファッション業界だけでなく、日本経済全体にとってファッション・ビジネスの変革が期待されているのです。

 経済産業省のクールジャパン政策課が主催する 「ファッション政策懇談会」 (筆者が座長を務めています)でも、日本人デザイナーの世界への展開支援と、そのための、クリエ-ションとモノづくり(産地)をつなぐプラットフォームの構築について日本を代表する錚々たる委員の皆さんによる議論が進んでいます。

 新しい時代に向けて、若々しい発想と行動力ある人たちの活躍を待っています。