テクノロジー

AI が拓く新小売り時代―ビジネスは新たなステージへ

生成 AI (ジェネレイティブ AI )が注目を集めています。一昨年11月に公開されてから、わずか2カ月でアクティブ・ユーザーが1億人を突破し、その後も大小の企業を巻き込みながら、猛スピードで多様・多彩な展開を見せています。

AI (人工知能)は、人間の知性が必要とされる高度な作業を行うことが出来るコンピュータ・システムとしてかねてから研究開発が進められてきました。そして近年の機械学習や深層学習での進展をもとに登場した「生成 AI」は、自然言語での使いやすさにより、文章作成、検索やチャット、要約や翻訳、画像生成、等、日本でも活用が始まっています。

ファッションや小売ビジネスは、AI、とくに生成 AIの活用メリットが大きい産業だと思われます。さらに「今後5年間で、AIは、生活の在り方をどうう変える?」の予測でビルゲイツが言っているように、「一人一人が、自分専用の人工知能アシスタント=エージェントを持つ」といった時代が来ることも予想されます。

AIが拓く 新時代。AI の可能性と世界の動きを知り、自社に有効な形でそれに取り組むことが重要になって来ました。デジタルでは世界に周回遅れと言われる日本の、ファッション/小売業界のリーダーの皆さんに私の想いをお伝えしたく、繊研新聞に寄稿しました。(本日、2月15日付け7面掲載)

以下に記事をご紹介します。

NRF2021リポート②    <リーダーは前線から、ビジョンと信念をもって>

 NRF2021大会リポート第2弾は、コロナ・パンデミック禍におけるリーダーシップについてです。人の安全確保とビジネス維持という困難を、強い信念とビジョンをもって闘ったリーダーの代表例として、基調講演 「ビジョンの力で 小売りと顧客体験を再構築する」 の講師、ロウズCEOを中心に、紹介しましょう。

  感染拡大の脅威と先行き不透明の中、「緊急事態宣言」や「外出禁止」のもとで、リーダーはどのように直面する課題を見極め、主要な課題にフォーカスし、優先順位を付けてチームを率いたのでしょうか? 様々な講師が、「先が全く見えなくても、朝令暮改も厭わず、前線に立ってリードした」、「命の脅威にかかわること、緊急なことなど、優先順位を明確にして臨んだ」、「大きな方向転換を迫られたとき、社として重視する原則(プリンシプル)に立ち戻り、決断した」、「ブランドとしてのパーパスが軸になった」 などと述べています。自らも感染の恐怖に脅かされながら、社員と顧客の安全を確保しつつ、スタッフの不安をいかにやわらげ前向きに必要な業務を遂行してもらうか。現場責任者から 経営トップに至るまで、リーダーがチームと一体になって必死に戦ったことが、ひしひしと伝わってきました。 

基調講演者の マービン・エリソン氏(ロウズCEO-右)と NRF社長マシュー・シェイ氏(左) 

テーマ:「ビジョンをもって、前線からリードする」 ――講師:ロウズCEOとウェイフェアCEO

 米国 第2位のホーム・インプルーブメント(住宅リフォーム・生活家電)小売りチェーンを展開するロウズ(Lowe’s)。年間売上721億ドル(7.6兆円―2019年)、1946年創業で現在30万人の従業員をひきいるCEOのマービン・エリソン氏に NRFのマシュー・シェイ社長がインタビューする形でセッションはスタートしました。後半には、ウェイフェアWayfair=急成長するホーム関連オンライン小売り)CEO・共同創業者のニラージ・シャー氏とブルーンバーグのマシュー・タウンゼント氏の対談もありました。

 ロウズCEO M・エリソン氏は、小売り経験豊かな経営者

 しかしエリソン氏は、就任2年で今回のコロナパンデミックに直面。就任時に、「基本に立ち戻り、優れたオペレーションに焦点をあてた」 事で評価されている氏は、ビジョンについて問われると、「それは家を建てるようなものだった。健全で強固な基盤が必要だったが、実態は旧態依然の状態。デジタル化が遅れており、顧客にEレシートすら出せない、店頭のシフトを顧客ニーズと販売スタッフの生活スタイルに合わせて調整することも出来なかった。Eコマースは、10年遅れのインフラを使っていた。」 

 「どの会社にも共通なことだが、トランスフォーメーションに際しては、優先順位を決めることが非常に難しい。わが社は優れたブランドを持ち財務諸表も優良な大企業であったが、私が集中投資をしたのはビジネスの基盤作り。しっかりした土台に、上部構造を速く構築し、安定させることだった。それを2年続けた。その2年のおかげで、コロナが襲来しても、“ステイホーム”という前例のない需要に、エッセンシャル・ビジネスとしてフルに対応出来た。 この時、Eコマースとオムニチャネルに大胆な舵を切っていなければ、コロナで大量の店舗休業を迫られた2020年は、どうなっていたか、想像もつかない。 この努力のおかげで、ロウズは 2020年第 3 四半期に昨対売上 30%アップを達成した。」

 コロナ対応では、エリソン氏は、スタッフとコミュニティ、そして小規模企業の支援に注力しました。「私はテネシーの片田舎の貧しい労働者階級の家庭で7人兄弟の真ん中で育った。その経験から、1日でも働けない(収入がない)日があれば必要な支払いにも困窮することをよく知っている。我々に何が出来るのか?と自問し、自社の支援者(Constituency=関係者)たち、すなわちアソシエイツ(社員)や取引先の小規模ビジネスに対して、2020年を通じて11億ドルを投じ、直接的な財務支援を行った」 といいます。

家具・ホーム関連のネット小売り、ウェイフェアは、テクノロジーでスタート。テクノロジーの重要性を強調

 ウェイフェアは、ロウズとはまったく異なる軌跡をたどりました。家具などホーム関連分野のネット販売に大きな可能性を見た創業者のニラージ・シャー氏は、周囲が疑問視する中、信念を持って2002年に創業。企業価値は3年前の70億ドルから240億ドルになり、2020年12月の売り上げ140億ドルを見込まれる成長を遂げている企業です。

 彼はテクノロジーの重要性を強調します。会社が軌道に乗ったら、それをよりよく維持するには? の質問に対して、シャー氏 は、「テクノロジーが、継続的な改善・改良の重要な要素だ。早期の段階でテクノロジーをフルに取り込み自社のビジネスに組み込んでおけば、やがてテクノロジーなしでは達成出来ないことが可能になる。その上で、顧客が欲するものを考える賢さを持っていれば、あなたは顧客が価値あると考える仕事が出来る。これは好循環が直線的につながるプロセスだ。 うまく取り込まれたテクノロジーと従業員は、よりよい顧客体験に繋がり、それが顧客をハッピーにし、それが企業を成長させる」。 ウェイフェア社では、同社従業員1.7万人のうち1万人が顧客サービスか物流業務についています。その人たちがテクノロジーを駆使出来れば、確かに顧客満足に直接貢献できると思われます。しかし同時に氏は、「これは容易なことではない。Eコマースは厳しいビジネスだ。企業は全てにおいてうまくやらねばならない。マーチャンダイジングが上手くてもロジスティクスはもう一つ、というのでは駄目だ。うまくやれていない部分が、成長を制約する。上手くやれていることで、それを補うことは出来ない」、とシャー氏は言います。

鍵は顧客が何を望んでいるかを理解し、それを、テクノロジー支援で提供すること。

 二人の講師は、口をそろえて、このことを強調します。エリソン氏は、「未来に目を向けると、自問すべき唯一の問いは、自社の顧客にとって何が最も良いことなのか? だ。 これがテクノロジーの真の役割だ」

最も効果的なテクノロジーは、誰にも見えないこと

 テクノロジーの最も効果的な役割は、誰にも見えないこと。「顧客が気づくことは、簡単でイージー(易しい)ということだけ 。スタッフが気づくことは、システムがうまく動いてくていることだけだ。 それが、優れたイノベーションなのだ」、とのエリソン氏の言葉は、コロナ禍を超えて未来へと前進する、まさしく “ビジョナリー” のものでした。        End

< NRF 2019 報告 ⑤ 多様なテクノロジーは 統合・融合的活用へ >

 NRFでのテクノロジーの存在感は、ここ10年、年々増大しています。新規技術の紹介はもちろんですが、テクノロジー活用の考え方や手法に関する展示や基調講演、大型セッションやケーススタディが増えました。今年も “鐘と太鼓”的に騒がれた新規大型技術こそ無かったものの、膨大なソフト/ハードの実践的な技術やソリューションが続々と登場しました。今年の最大の特徴は、AI、IoT、AR/VR、ロボット、などのテクノロジーが、それぞれ単独の技術としてではなく、目的に合わせて統合的・融合的に連動し、ビジネスを支援するようになって来たことです。

 その傾向は、Innovation Lab ( iLab ) の展示の仕方にもよく表れていました。イノベーション・ラボとは、毎回 新しい起業家による革新技術やデモを紹介するコーナーですが、今年は、昨年と異なり、消費者の目線で、大きく 「顧客の体験」 と 「顧客の便宜」 に分けて展示されていました。画像の、iLab入口の案内図 2 枚を比較して見て頂くと分かるように、昨年はテクノロジーを、「買い物プロセス」 で区分けしており、顧客が進んでゆく、 「認知」 「検討」 「購入」 「エンゲイジ」 「購入後」などの段階に分けて、個々のソリューションを紹介していたのです。(画像 上)

<2018のiLab 案内図:「認知」 「検討」 「購入」 「エンゲイジ」 「購入後」に分けて陳列>

<2019のiLab 案内図:「顧客体験」 と 「顧客の利便性」 に集約して陳列>

今年の考え方は、新規テクノロジー/ソリューションの役割が、一つの機能に特定しにくくなっていること。そのため、顧客体験」 と 「顧客の利便性」 という、顧客価値の創造の観点からグループ化したものと考えられます。(画像 下)

 展示場の他の事例でも、たとえば画像認識やサイネージの技術がMDと連動して、売り場を動く遠くの顧客の年齢や性別や着ている服の色をとらえて、適切な情報をモニターに映したり、その顧客が近づいて特定の商品に視線を集中させれば、それに対応して購買につながる具体的情報を提示する、といったことが可能になってきたのです。

 インテリジェント・オートメーション(IA =AIによる自動化、AI により動く新たなテクノロジーの組合わせ)の進展も 特筆すべきことです。 店舗とネットの融合の中で、 マーチャンダイジングも、AIが導くアルゴリズムで動くようになりつつあります。

IBMの調査によれば、現在、小売りおよび消費財を扱う企業の40%が IA を活用しており、2021には80%になる。オペレーションのスピード/柔軟性と顧客体験の向上で競争力を高めるためです。IBMの講師は、「 IA により、膨大なデータの中から特定商品あるいは各顧客への提案を創造し、体験をパーソナル化できる。あるいは、データを使って適切な商品を適切なサイズで適切な店舗に送る。データ分析で新たなトレンドの浮上をとらえる、等も、人間が行うのは困難なことだからだ。」 と強調します。

ロボット活用も拡大し、セルフ決済やレジレス店舗システム、AI  無人キオスクの提案も目立ちました。ボイスコマース、ヴィジュアルサーチ、パーソナルマーケティングなど、AI  は小売業に不可欠の標準機能になってきた、ということでしょう。

  スタートアップの起業家がどんなことを考え、展示しているかを、 イノベーション・ラボ(iLab展示)から 2件 紹介しましょう。

一つは、 Caper社(iLab展示)のスマート・カート(画像)。セルフレジ機能付きのショッピング・カートです。 

商品アイテムは、カートに入れる際にモニター裏のコンピュータ・カメラで認識します。重量センサー(量り売りのアイテムでも瞬時に金額計算)、位置情報センサー(店内の位置)なども搭載し買い物リストの売り場を順序よく誘導します。カート内の商品で作れるレシピ紹介もでき、そのために追加購入が必要な商品や売り場の案内も可能。買い物終了後は、モニター右手のカードリーダー(画像下)で精算、レジを通らず会計終了になります。 

  

           (Kaper  モニターの裏側にあるコンピュータ・カメラが商品を認識)

 Amazon Go に刺激されて、多くのテクノロジー企業や小売業が、レジなし店舗に取り組んでいますが、このカートなら、アマゾン・ゴーのように膨大な経費をかけて天井にカメラを張りめぐらせることもしないで済みます。レジ無し店舗にはこのほか、アプリ搭載のスマホによる読み込みなど、色々な手法が提示されていました。(画像上はKaper 社提供、下は尾原撮影)

 事例の二つめは、VR、ARを駆使したスマート・マネキンのAllure Systems(アルア・システムズ)。高度なコンピュータ・ビジョンとバーチャル化技術で、Eコマース小売業向けにネット販売用のファッション商品カタログを、低コスト、省力、省時間で作成するソリューションです。創業は、2015年。米国サンフランシスコ、フランスと中国にも拠点を持ち従業員50人が働いています。

(アルア社のバーチャル手法での商品カタログ作成、筆者撮影)

ファッション・ビジネスには魅力的なモデルが着用した服のイメージが、購買に決定的な役割を果たします。しかしそれらコンテンツの制作にかかる人手や時間、経費は膨大です。このアルア・システムズは、リアルモデルを色々なポーズや表情で撮影しておき、それをバーチャル・モデルとしてキープします。小売り企業は、着せて撮影したい服を、同社が提供する簡易スタジオでコンピュータ・ビジョン(コンビューター・カメラ)技術により撮影し、それを多様なポーズや撮影角度からの画像に展開する、というもの。 

アルア社の簡易スタジオの模型(筆者撮影)

具体的に言えば、① コンピュータ・ビジョン技術でリアルのモデルからバーチャル・モデルを作成。② それでリアルのマネキンを制作。小売り企業は、提供された簡易スタジオとマネキンを使ってマネキンに着せた服を様々な角度から撮影(機材に固定したカメラの操作で撮影するためプロのカメラマン不要)。③ そのデータを元にアルア社で①②を合体。ポーズや表情を多様に展開したカタログ用画像が送付される、という画期的なシステムです。

ファッション写真の撮影には、モデルや写真家、フォト・スタイリストなどが同時に同じ場所に集まり、撮影をする必要があります。しかしこのシステムでは、リアルで必要なのは、実際の服と着せ付けを行うスタイリストのみになり、それを撮影する簡便なスタジオ(ハード)は提供されます。(画像:スタジオ模型 参照)それを使って、ネットでポーズの変更や撮影角度、ディテールの拡大などを決め、同社に送ると、ビジネスに必要な情報などをつけたカタログが、小売業の情報システムにおくられる、という仕組みです。この技術は、将来的には業界標準のAR(各超現実)に準じて、今日蓄積する自社のバーチャル・データ資産を活用できるように開発中といいます。

 これは、いわゆるSaaS (Software as a Service) のソリューション事例で、トヨタが開発中のMaaS (Mobility as a Service) も、モノ(リアル)にサービスを加えて、新しい価値を創造する考え方といえるでしょう。

 テクノロジーの有機的活用が、今後ますます重要になると思われます。まとめとして、 NRF が発表した「2019年の小売りトレンド」をご紹介します。9件のうち、6件が、テクノロジーがらみであることに注目いただきたいと思います。

① 全ての小売業がAI参入=AIや機械学習はもはや新規テクノロジーではない

②   音声認識は会話を加速するが、収益性は未だ未開発領域

③   店舗のサービス化は定着=体験の共有が小売りビジネスに組み込まれる

④   ヘルスとウェルネス=2019小売企業の最重点目標

⑤   小売企業2019成功の鍵=サプライチェーンの効率性とAI活用による専門力

⑥   サステナビリティが主流に=顧客は購入ブランドの倫理観、透明性を重視

⑦   ブロックチェーンの初期実験に注目=導入にはまだ時間がかかる

⑧   小売におけるロボット=成長とディスラプションにつながる

⑨   アマゾンの支配は継続=顧客データと機械学習によるパーソナル体験を提供

日本でも、デジタル・テクノロジー活用の戦略立案と実行、人材確保が、喫緊の課題です。

                                     以上