人材育成の未来戦略を語ったのは、柳井正氏に続いて講演したFITのジョイス・F・ブラウン学長でした。 テーマは「次代を担う人材をどうつくるか―FITの革新的取り組みは」。

プロフェッショナル養成の大学らしく、社会とビジネスの変化を見据えたFITの「2020年を目指す“未来の教授陣”戦略」は、まことに啓発的なものでした。(詳しくは後ほどご紹介します。)

FITは1944年創立。繊維アパレル業界の繁栄期にありながら、将来を担う人材の不足を心配した業界のリーダー達が資金を集め、アパレルの「デザイン」と「生産」の2コースでスタートした学校です。高等学校の空きフロアを借りたささやかな開校でしたが、その後に州立大学になり、「業界との密接な連携」と「一般教養の重視」という2大基本方針を今日まで継続。“実践的専門教育と人間づくり”という独特なミッションを遂行する、ファッション関連では世界の先端的大学になりました。

カリキュラムも時代とともに拡大し、1年制(大学卒向け)、2年制(2+2で4年制にもなる)、大学院の3種類の課程と、46の学位コース(専攻)があり、私が卒業した1967年の12コースとは比較にならない規模になりました。非学位コースでも、生涯教育としての修了証書コースや短期講座が増えています。

専門領域もデザインからビジネス、テクノロジーに広がり、専攻学位コースとしては、マーチャンダイジング&マネジメント、玩具デザイン、コンピュータ・アニメーション、写真、広告、ビジュアル・マーチャンダイジング、国際貿易、ホーム製品開発、インテリア・デザイン、ジュエリー・デザイン、化粧品・香水マーケティング&マネジメント、美術館経営、等と、“ライフスタイル産業教育”にふさわしい多彩さです。最近新設された修士コースには、「宝石学」、そして世界で唯一のコース「サステイナブル・インテリア環境」などもあります。非学位講座では、SNSなどの最新動向やテーマを絞ったプログラムも人気です。

特に興味深いのは、業界の変化に伴うカリキュラムや教育内容・手法の変化です。

伝統的コースで変貌した例をあげれば、パターンメーキング。パターン技術者の需要が減り手法も変化したため、これを学位コースから外して修了証書コースにしました。ICTを活用してパターン作成から世界の産地とのコミュニケーションまでを手掛けるテクニカル・デザイナーが重視されるようになったからです。

さて、そのFITが今後の環境激変を見据え、2020年へむけた「戦略ビジョン5目標」を策定しました。5つの目標とは、①学究的コア(一般教養)の強化、②学生中心の組織文化(Student-Centeredness)、③FITをニューヨークのクリエイティブ・ハブとして強化、④学生の戦略的リクルート、⑤戦略計画実現のための執行部門のサポート、です。ここでも「一般教養」が重視されています。これからの変化の時代に、物事を理解するだけでなく批判力を持って分析・把握し、論理的問題解決を行う能力を醸成するには、これが不可欠だからです。

さらにFITは、その実現に不可欠な「未来の教授陣」に求める5つの資質を明確にしました。 Faculty of the Future と題したこの戦略が重視する資質とは:

1.グローバリズム=「世界市民」をつくる能力

2.指導構想力=未来の学生が必要とするものを想像し、組み立て、コミュニケートする能力

3.学びを豊かにする=学生に学びに関する情熱を持たせ、学生をひき込み啓発する能力と態度

4.プロフェッショナリズム=業界活動の新たな変革を含む専門知識と能力

5.テクノロジー=自分が指導する分野の技術用語や手法に明るいこと。

驚くのは、これらの資質を有するフルタイム教授40名の、新規採用計画です。厳しい財政状況の中で、現在の20%増に当たるこの採用計画は、まさしく「未来を担う人材づくり」への強い信念にもとづく戦略的決断だと思います。

「2020年に入学する学生は、いま8歳。彼らに何を、どう教え、どのような成長を促すかは、まさにいま真剣に取り組むべきこと。戦略目標は着実に実行にうつしている」と学長は締めくくりました。

かたや、閉塞感漂うファッション日本の産業。特に人材育成については及び腰にみえる企業幹部、あるいは目先の人集めとしか思えない新規講座の開講にエネルギーを費やしている大学、専門学校を見るにつけ、日本の、日本人の、覚醒を促したいと思います。