ICT(情報コミュニケーション技術)

<NRF(米国小売業)大会2014 報告④―ジャック・ドーシーが見るリアルとICTの世界>

 「スクエア」を御存知でしょうか。モバイルにさしこむだけでクレジットカードでの支払いが受けられる小さな四角のデバイス(カードリ-ダー)です。これを開発しスクエア社を創業したジャック・ドーシー氏。同社のCEOであり、ツイッターの共同創業者で現会長でもあるドーシー氏のNRF大会での基調講演は圧巻でした。

  テーマは、「レシート:一つのコミュニケーション・チャネル」。 ドーシー氏のメッセージは 「お店と顧客が売り買いをするコマース。これは単なるトランザクション(売買処理)ではない。コマースとは、売買で発生する色々な活動のパーツを総体としてとらえるべきもの。レシートはその中でも顧客とお店とを繋ぐ重要な接点だ。これを活用し顧客エンゲイジメントを高める事を考えるべし」です。 (写真は講演のあとHNSのミンディ・グロスマンCEOと対話するドーシー氏。 NRF提供)

 ドーシー氏はいいます。「テクノロジーという言葉を、毎日いやというほど聞くが、その意味は何か? テクノロジーとは、人々が価値を再認識し始めた“リアル”の世界――リアル店舗での買い物、あるいは人対人との人間的なやり取り、コミュニティの快適さ――を効率化するツール(道具)なのだ。したがって出来るだけシンプルでインビジブル(見えない)が良い。」 5年前“スクエア”を開発したのは、「コマース、つまり売り買いのプロセスを簡単にしたかったから。従来のクレジットカードは複雑だ。カード会社の口座を取るのも大変、いくら支払うのか、何時入金されるのかも分からないし、農家や家庭教師などの個人営業は対象からはずされている。それを、誰でも1件につき一律2.75%の手数料で処理出来るようにした。」
 Squareは、すでに小さなコーヒーショップからバーバリーに至るまでの何100万という小売業と取り組んでおり、すべてが、1スワイプ(クレジットカード読み取り)につき2.75%を支払う仕組みです。支払いのプラットフォームには、年間に10億以上の訪問があり、参加企業は米国のほか、カナダ、日本に広がっているといいます。 現在のところ、Squareは小規模小売を中心にしているとのことですが、スターバックスやユニクロなど、大手小売企業にも拡大しています。
 講演テーマの、「レシート」について、ドーシー氏は次のように考えています。
 「レシートは、どんな売り買いにも発生するもの。しかし、ただの紙だと思ってはいけない。顧客と商人との重要な接点だ。これを活用し顧客エンゲイジメントを高める方策として“スクエア・ウォレット”(顧客側が利用するアプリ)も開発した。ユーザーがアカウントを作成しクレジットカード番号を登録する。店は来店した顧客を個別に認識する。「顔パス」も通用する。好みの注文は何かも分かっていて、レジに並ぶことなく選んだ商品をそのまま持って店を出ることも可能にした。レシートはあとから 『他に何かご要望がありますか?』 といった質問とともに、モバイルへのメールで送られてくる。」
 レシートの目的は、顧客にまた来店してもらうこと。「レシートで何が出来るか、是非皆さん自身も考えて欲しい。人は自分が大事に扱われると、いい気持ちになり、店が気に入り、また来ようと思うのだから。」

<NRF(米国小売業)大会2014 報告③―テクノロジーと小売の交差に巨大な可能性>

  「テクノロジーが小売業を全く変える。いまはその入口にある」、というのが今回のテーマです。先回は、リアル店舗と、その楽しい集積が重要だと書きましたが、2014年のNRF大会では、テクノロジーにも力が入っていました。ちなみに8つの「キーノート(基調)セッション」のうち3つがテクノロジーに関するもの。「実店舗」の重要性が強調されると同時に、新しいテクノロジーを使いこなすことが、競争優位のために不可欠だとのメッセージです。   (カットは NRF 2014 大会のプログラム案内書)


  IBM の女性CEO、ジジ・ロメッティ氏の講演と、それに続くメイシー百貨店のCEO、テリー・ラングレン氏との対談は、巨大な新テクノロジーのうねりが、現実のものになってきたことを聴衆に分かりやすく伝えた、素晴らしいセッションでした。
  巨大な3つのテクノロジーとは、① ビッグデータ、② クラウド・コンピューティング、③ 認知(Cognitive)コンピューティング・システム(みずから“学習する”システム)、だとロメッティ氏は説明します。

  ① ビッグデータ――21世紀の天然資源(誰でもが活用出来る資源 )は「インフォーメーション」。「情報」が全ての競争のベースとなる。 世界人口の4分の1がソーシャル・ネットワークで繋がり、毎日 2.5 億ギガバイトの情報がつくられている。現存するデータの 80% は、過去2年間に作られたもの。データには、「構造化データ(Structured Data)」(コンピュータのデータベースに格納することができるタイプのデータ)と、「非構造化データ(Unstructured Data)」がある。非構造化データとは、例えば電子メールや画像、動画、ツイートやブログといったデータで、現状は企業が抱えるデータの約 80%を占める。 これを活用する事で、たとえば顧客とのエンゲイジの仕方から、スタッフの雇い方、あるいはサプライチェーンをどう管理するか、までが変わるだろう。ロメッティ氏は例として、「店でクーポンを提示されれば、買いたくなるに違いない。たとえばコールズの様な小売業は、あなたが靴売り場でショッピング中に、以前に見ていた靴のクーポンを送る」等を行っている。「私たちは今や、店舗が優れた情報源である時代にはいった。オンラインのインテリジェンス(知識・情報)と、店舗内での触感的なフィーリングを合体させた賢さを、実践する事が出来るようになった」といいます。

  ② クラウド・コンピューティング―― これは、自社のシステム外にある様々なサービスをネットワーク経由で利用するもの。(必要なときに必要な分だけ対価を支払って利用出来る。導入が容易、運用も楽)。クラウドにより、ビジネスのアジリティ(スピードと柔軟性)を高められることから、新たなビジネスモデルの選択が可能かつ容易になる。

  ③ 認知(Cognitive)コンピューティング・システム―― この「みずから“学習する”システム」は、小売業界を劇的に変革する。コンピュータは当初は「計算」、そして「プログラミング」に進化し、いま「学習する」ものになってきた。プログラムされているのでもなく、サーチエンジンでもない。 人とインタラクト(双方向のコミュニケーション)をしながら学習するのだ。そして、どんどん賢くなる。現在IBM が FLUID 社と開発中の North Face の“Expert Persona Shopper”の事例では、たとえばあなたが14日のバックパック旅行に出かけるとしよう。するとコンピュータはあなたにたずねる。「どんなお手伝いが必要ですか?」 そして、あなたの旅行に必要なモノのリストをくれる。さらに普通の言葉で、あるいはキーボードへの入力で質問を重ねて行くと、それに対応する答えが画像も伴って返ってくる、といった具合だ。

  これらのテクノロジーの進展は、非常にエキサイティングです。しかし、「セキュリティ」と「自由」、「プライバシー」と「利便性」のバランスはしっかり取らなければなりません。そのために不可欠なものとして、3つの原則をロメッティ氏は上げました。
① 透明性=誠実であること。企業としてどんな情報を集めているのかを明快にすること。
② コントロール=個人が自分のデータを管理出来ること。 
③ 信頼=いわゆるコンプライアンス以上のもの。企業と顧客の間の深い信頼関係を育むこと。信頼は、行動から生まれる。
最近の、個人情報流出などの事件で、人々は特に安全性に神経をとがらせています。

  メイシー百貨店のラングレンCEOのリードと、会場から質問を受けながら、対話が弾みました。
  Q:「まず、はじめにやるべき事は?」→ 「One to One マーケティングだ。一方的に語りかけるだけでなく、双方向で。名前で呼びあうような近しい関係を。メイシー百貨店がやっている顧客とパーソナルな関係を築く努力は、高く評価出来る」
  Q:「ビッグデータは大企業のものか?」→ 「No.『天然資源』と表現した通り、誰もが活用出来るものだ。これをリファインする(洗練させる)人すべてに適応する。小規模の方がやりやすい。」
  Q:「過去のパラダイムで行動している上層部にこれらの変化を理解させるにはどうしたらよいか?」 「Just go and do it! ともかくやってみること。プロトタイプを作ってやると、結果が出る。見れば誰でも分かる。」

 質疑はさらに続きましたが、私がこのセッションで受けた最大のメッセージは、「ミレニアル世代」と呼ばれる、インターネットとモバイル/ソーシャルの世界で育った世代、これまでとは全く違う価値観や考え方で行動し、これからの時代をリードする若者たちを捉えるにも、これらの3つのテクノロジーのフル活用が不可欠だという事でした。

<FITセミナー報告 ⑤ 「オムニチャネル・リテーリング」 ワービー・パーカー社の事例>

  ワービー・パーカー ( Warby Parker)  は 眼鏡のネット販売の会社で、オムニチャネルの好事例の一つとして FITセミナーで紹介された 4社 のひとつでした。 今年年始めにニューヨークで開催された NRF 大会(全米小売業協会)でも、ユニークな起業事例として、創業者の一人、ニール・ブルメンサル氏が講演し、私も非常に感銘を受けた企業です。

  この事例が非常に注目される理由は、① ネット販売で、度入りの高品質メガネを、安く提供する事、② ソーシャル・メディアをフル活用している事、③ 顧客のニーズと利便性を基本に考えた、顧客セントリックのビジネスである事、すなわち、まさしくオムニチャネル(それを特に強調することも無く)を実行している事、そして、④ 社会への貢献(貧しくてメガネが買えない人にメガネを贈る)、をやっていること、です。

  起業したのは、4人 の大学生(ペンシルバニア大学ウォートン校)。きっかけは、メガネが高すぎる、との問題意識でした。友人が 700ドルで買ったメガネを紛失し、新しいメガネを買うお金が無いのを見て、「なぜメガネはこんなに高いのか? メガネが iPhone より高いなんて信じられない!」 と義憤に駆られ、眼鏡の製造プロセスや中間業者の存在や、あるいはデザイナーブランド等へのライセンス料を勉強しました。そして、生産やマーケティング手法を抜本的に改革し、中間業者も排除して、95ドルで  Prescription Glasses (処方箋通りのレンズを入れる、いわゆる度入りのメガネ )を販売するビジネスを立ち上げたのです。もちろん店舗を持つ経費も人手もないので、当初は、自分たちのアパートを使ってのネット販売でした。

  「ネットで」、しかも「度入りのメガネを売る」という前例のないビジネスを、どうしたらうまくやれるか? 色々考えた彼らは、ホームページとソーシャル・メディアのフル活用、ユニークなマーケティング手法をとりました。最初のコマーシャル・ビデオも、YouTube  の非常にユーモラスで楽しいものを、ホームページにあげました。また、フレームのお試しキット(5種類、5日間、無料)というアイディアを実行し、大きな支持を得たのです。米国でもトップのビジネススクールの学生ですから、優れた知恵を駆使するのは当然かもしれませんが、ビジネスのコンセプトも、「ブティック感覚と品質の、伝統的工芸品的なメガネを革命的価格で売る」というものです。 ソーシャル・メディア(フェイスブック、ツイッターなど)はブランディングと顧客エンゲイジのツールとして活用しています。たとえば、メガネかけた自分の写真をフェースブック・ページにアップし、どのメガネが一番似合うかのフィードバックを貰えるようにしました。メガネを選ぶのはとても個人的な買い物で、だれでも他人の意見を聞きたいものだからです。  (画像は FITセミナーでチャクター講師が紹介したもの)

  フェースブックのウォールには誰でもポストでき、会社はポストをした顧客全員とコンタクトをし、すべての質問に対して解答を提供する、という丁寧な取り組みをしました。 また会社がどのような考えで、何を、なぜしているのか、も詳細にわたってシェアしました。 その中には、同社の社会貢献活動である、Buy a Pair, Give a Pair( ひとつ買って頂ければ、ひとつを寄付します) は、「メガネが必要なのにもかかわらず、貧しくて買えない人が、世界に10億人いる。この人たちにメガネを上げよう」も入っています。

  その結果、創業 2年で急成長をとげました。まだビジネスの規模は大きいとは言えませんが、大きな期待が寄せられている会社です。売上の 50% 以上は口コミによるものだそうですが、店舗もこれまでの、ポップアップ(期間限定の臨時ショップ)ではなく、先月、ソーホーに常設のショップを開店しました。今後、店舗を広げたいとの意向です。ネットオンリーで開業した同社が、店舗展開に踏み切るのを見ても、オムニチャネルの重要性と、それを顧客が支持している事が、読み取れます。オムニチャネルを使って、こんなビジネスが始められる、というのも、これからの時代ですね。

<次回のFITセミナー報告は、「オムニチャネルは 企業の目的を明確にして始める」です。>