ICT(情報コミュニケーション技術)

<FITセミナー報告 ④ 「オムニチャネル・リテーリング」 メイシー百貨店 の事例>

  FITセミナー 「オムニチャネル時代のファッション・ビジネス」 では、異なるタイプの 4つの企業事例が紹介されました。 4 社とは、ナイキ社 (スポーツ関連商品のメーカーで小売店も展開しながら “商品+消費者+デジタルチャネルの合体”に取り組む企業)、ルルレモン・アスレチカ社 (ヨガウェアを販売しながら、ヨガ教室や自己実現の場を提供するコミュニティ重視の企業)、メイシー百貨店(150年以上の歴史を持つ伝統的百貨店)、そしてワービー・パーカー社 (度入り眼鏡のネット販売)です。いずれも、オムニチャネルのユニークな展開を象徴する事例と言えます。 このブログでは、メイシー百貨店とワービー・パーカー社を紹介したいと思います。  

  メイシー百貨店は、店舗数が約840、2011年の年間売上額が 264億ドルの、米国のみならず世界で最大の百貨店です。(画像は ニューヨーク マンハッタン34丁目の Macy’s 旗艦店  )

ご多分にもれず、米国でも百貨店は、1970年代ですでに「生きた化石」などと その伝統的業態が時代遅れになっていることを指摘されていました。その後の、30年余にわたる業界再編の結果、メイシー社は、2007年フェデレイテッド百貨店傘下のマーシャルフィードなど全国に広がる老舗百貨店を統合し、すべての店舗を、Macy’s  Bloomingdale’s の名前で統一するという大変革を実行し、Macy’s Inc.となりました。そして、CEOのテリー・ラングレン氏は、自らを CCO Chief Customer Officer)に任命し、スローガンだけではない 「真の顧客セントリック」 実現に取り組んだのです。

  その戦略の一つが 「オムニチャネル」でした。セミナーでは、伝統的な百貨店が オムニチャネル小売業者に変換した象徴的事例として紹介されました。

  メイシー百貨店が取り組んだオムニチャネルに関する施策を上げます。統合以来、巨大化な体制のもとに 全米の顧客のニーズに細かく対応すべく  “My Macy’s 戦略” すなわち、ローカル化(地域対応)と顧客へのパーソナル対応に注力するとともに、全店を通じての商品在庫の一元化を進めてきました。直近のオムニチャネル戦略では、まず、顧客サービス向上のために店員にモバイル機器を支給。また在庫管理を効率的にするため 商品には無線タグ(RFID)をつけ、店舗に無い商品はネット在庫あるいは他店舗在庫から‘顧客に直配’出来る体制を作りました。 (2011年には、そのように直配された商品が700万点以上に上ったとの事)

  また、“My Macy’s 戦略” に絡んで、異なる時間帯に買い物をする色々な顧客に対応するために、いつでもすぐに着替えが出来るデジタル・マネキンを用意しました。さらに、部門または日時によってビデオを編集できるよう、新しいビデオの放映システムを完備したり、店頭でのショッピングがオンライン体験と似たものになるよう、店内にキヨスク(顧客用端末)を設置し、顧客が自分でアクセス・操作できるようにもしています。つまり、従来の店舗が、リアルとデジタルのブレンドに変わりつつあるのです。

  これらと多様なPB戦略 (競合相手とは異なる商品を扱うことで価格競争に陥らない)もあわせ、メイシーは、まさに「顧客セントリック」、すなわち “顧客が主体的に” 店舗・モバイル・ネット・店舗キヨスクなど、あらゆるチャネルでシームレスに買い物できる体制を作り上げています。

  その結果、オンラインの売上金額が 2010年から2011年で 40%増、201212月で 51.7%増、2012年累計で 40.4%増になったと言います。

(このFITセミナーの内容が、繊研新聞 4月16日付の7面に、大きく取り上げられていますので、ご関心の向きはご覧ください。)(次回は、Warby Parker の事例を紹介します。)

<FITセミナー報告 ③ 「オムニチャネル」 は SNS と コミュニティで 増幅>

  米国での「オムニチャネル」がここにきて急速な展開を見せているのは、先回述べたEコマースの拡大をベースに、「モバイル」の普及と「ソーシャル・メディアの利用者の広がりです。(SNSは 日本国内で使われる用語なので 私は 「ソーシャル・メディア」 を使っています)。そしてソーシャル・メディアはその性格上、ネットワークが作る「コミュニティ」を含むものと考える必要があります。今回はこの、「ソーシャル・メディア」について、FITセミナーから重要事項を御紹介します。

  ソーシャル・メディアには多くの種類があり、それぞれ特徴があります。図は、セミナーで 講師の FIT 教授チャクター氏が使われたスライドで、各種のソーシャル・メディアのアイコンをイメージ的に並べたものです。

ソーシャル・メディア各社のアイコン(FITセミナー チャクター教授資料より)

  世界の各国では ソーシャル・メディアの活用がかなり進んでおり、日本の利用者の対人口比率は 58% と大きく後れをとっています。2011年のデータではありますが、主要国では中国(ソーシャル・メディアを政府が規制している) の 53% とともに、最下位に近い状態です。 これは ComScore Media Metix 社が 2011年10月に報告している43カ国の調査結果ですが、主な国をみてみると、米国 98 %、ブラジル 97 %、英国9 8 %、フランス 91 %、ドイツ90 %、イタリア 93 %、スペイン 98 %、ロシア 88 %、トルコ 96 %、南ア88 %、オーストラリア96 %、香港93 %、インド95 %、インドネシア 94 %、シンガポール94 %、韓国87 %、ベトナム85 %、となっています。 日本での普及が他の国と比べて遅いのは、「自分の名前を出して意見を言う」ことに慣れていないことによるものかと思いますが、若者への普及が加速していることから、拡大は時間の問題と思われます。また企業側がソーシャル・メディアを積極的に活用することにより、その意義を消費者が理解する、という、卵と鶏の関係にあることも事実です。

  日本のソーシャル・メディア活用者の人口動態的データも紹介されました。興味深い事に、日本では下記の数字に見るように、若者では男性が高いが、35歳以上では女性の方が高い、という結果が出ています。

                 <15‐24歳> <25-34>   < 35-44 > <45-54>    <50+>   

    男性      71.5%     61.4%        57.4%      51.7%       44.4%

    女性     68.8%       61.2%        59.3%      58.8%       52.7%

  米国で最も使われているソーシャル・メディアは、Facebook、Youtube、Twitter、Pinterest ですが、日本では、アクセスの多さ順位に、①Twitter、②Facebook、③Mixi  が利用されています。

  ソーシャル・メディアを利用する利点は、米国のマーケティング関係者への調査では、次のようになっています。 (% はそれが重要と答えた人の比率。出所:Social Media Examiner, 2011

会社への注目度向上( 85 )、 集客・来訪者増加( 69% )、③ 的確な手掛りの取得( 58% )、 ④ 検索エンジン順位上昇( 55% )、 ⑤ 新規取引先獲得( 51% )、 ⑥マーケティング経費削減( 46% )、   ⑦売上増加( 40%

  日本では、ソーシャル・メディアを、 「即、売り上げに貢献すべきもの」 と考えて居られる経営者も多いようですが、米国では、上記のように、7番目に位置しています。ソーシャル・メディアは、消費者が主体的に情報をあつめ、友人の意見や評価を聞き、“自分の判断でそのブランドへの知識や愛着を深めるための手段”であり、“企業側がプッシュ、あるいは誘導して購買を獲得する” 手段ではないことを、十分理解することが重要です。

(次回は、<「オムニチャネル」 は 企業の目的を明確にして始める>がテーマです。)

<NRF(全米小売協会)大会報告⑤ 「オムニチャネル」は企業視点でなく 顧客視点>

  「オムニチャネル」は、2年前のNRF大会で初めて紹介された 「マルチチャネル 」の進化概念です。 マルチチャネル (店舗以外にカタログやインターネットなど、複数のチャネルでビジネスを行うこと) は、やがて 「クロスチャネル」 (ネット注文したものを店舗でピックアップする、などのチャネルの交差が可能) と呼ばれるものに発展しました。 そしていま、消費者が  “シームレス(つなぎ目なし)”、つまり、店舗やネット、スマホなどのチャネルの違いを意識することなく、いつでも、どこからでも、買い物が出来る環境が可能になった、 これが 「オムニチャネル」 です。

  「オムニ」 とは 「あまねく」 「全部の」 といった意味ですが、「オムニチャネル」が革命的と捉えられるようになった最大の要因は、「モバイル」(スマートフォーンやタブレット)の急速な普及です。 消費者が「モバイル」 (これは実は電話というよりコンピュータ) を 常時身に付けるようになったことで、自宅や会社のパソコンを使わなくても、ありとあらゆる「場所」から、どんな「時間」にでも、あらゆるチャネル(店舗、ネット、ソーシャル・メディア、など)にアクセスし、必要な情報検索はもとより、商品や価格の比較、フェイスブック等での他人の評価などの入手、買うかどうかの決定、購買アクションをとり、その体験をツイートする、といったことが可能になったのです。

  そして企業側は、消費者に、このシームレスで、いらつかない買い物体験を提供することが、厳しい競争に勝つ重要な戦略になりました。 

  日本では最近、 「O to O」(オンラインtoオフライン) と呼ばれる 「ネットで集客して店舗で買って頂く」 やり方が注目されています。しかし、オムニチャネルが 「O to O」 と異なる点が大きく2つあります。 第1は、「オムニチャネル」 が、ネットとリアルの融合戦略だけでなくソーシャル・メディア等も含むものであること。 第2に、(これが非常に重要なのですが) 「企業の視点」 ではなく 「顧客の視点 」 に立った仕組みであること。 つまり顧客が主体性を持って、自らそのプロセスをコントロールするものだということです。言い換えれば、これまで言われてきた「顧客視点・顧客起点」が、お題目でなく本当に消費者主導で、実現した、といえます。

 NRF大会で紹介された 「オムニチャネル」 事例

  オムニチャネルの先駆的事例としては、ラルフローレン、ノードストロムやメイシー等があげられますが、今年の大会では、ベルク百貨店の事例が紹介されました。ベルク百貨店は、米国南部16州に300店弱を展開する年商約40億ドルの老舗百貨店(非上場)ですが、百貨店業界が一般に低迷する中で自社の将来を確固たるものにする為に、大改革に取り組みました。 改革全体は、「モダ―ン文化と南部流おもてなし」を目ざして、ブランディング、大規模改装、旗艦店拡大に取り組むものですが、オムニチャネルはその重要な一環として戦略的に取り組んだものです。

  5年後に年商を60億ドルにすることを目標としたこの大改革は、そのために5年間で6億ドルを投資(うち3.6億ドルがIT関連)するものでした。売上40億ドルの百貨店が6億ドルを投じる大決断を出来たのは、自社のデータでした。それは、ネット利用のみの顧客の年間買い上げ額と、店舗のみの顧客の買い上げ額が、それぞれ100ドル、352ドルであるのに対して、ネットと店舗の両方を使う顧客は1064ドルと、店舗のみの顧客の3倍と、格段に大きいことが分かったからです。

  「オムニチャネル」への取り組みは、「デジタル・ジャーニー第3フェーズ」として行われました。因みに、第1フェーズは、ネット通販拡大(2015年には現在の3.3%を10%に)。 第2フェーズは、基本的なインフラ構築とMDシステムの再構築、でした。

  「オムニチャネル」 (第3フェーズ)実現のロードマップ(行程)は27カ月にわたるもので、そのプロセスは図に見る通りです。これは、NRF大会でベルク百貨店のトーマス・ベルクCEOが講演で使ったスライドで、 行程は5つに分かれています。 

  ① Eコマース基盤の確立――ネットビジネスの基盤整備

  ② POSの入れ替え―― 従来のレジスターをモバイルPOSに切り替える

  ③ モバイル対応の拡大―― モバイルからの受注・モバイルへの発信の体制を整える

  ④ 顧客データの統合――顧客情報の一元管理

  ⑤ 在庫の一元管理――全てのチャネル共通に在庫データが確認が出来るシステム

  行程の進捗状況は、今中間点に来たということですが、ベルクCEOはこの改革プロジェクトの大きさを 「偉大なる挑戦だ。住みながらキッチンを改装する様な事業」 と述べています。 「オムニチャネル」は、「すぐれた顧客体験」を提供するためのものですが、ベルク社は、地域のコミュニティへの貢献や、顧客エンゲイジメント(顧客に愛着を持ってもらう)のために、大学のフットボール大会 Belk Bowlの開催や、乳がん早期発見のための “マンモグラフィー・トラック” の地域巡回などにも力を入れています。 これは、オムニチャネルに直接かかわるものではありませんが、ベルク百貨店のファンづくりのため、オムニチャネルをサポートする重要な活動です。 

(次回は、FITセミナー「オムニチャネル時代のファッション・ビジネス」報告)