専門分野の勉強のために私が留学したのは、ニューヨークのFITです。 私はここで、「プロフェッショナル」の意味を叩きこまれました。
「プロフェッショナル」の要件は、と問われれば、私は次の3点を上げたいと思います。
① 特定の専門分野で、「お金がとれる」レベルの専門知識や技術、ノウハウを持っている事。
② プロとしての見識と自覚を持ち、プロの名に恥じない仕事をすることを 旨としている事。
③ 絶えず自己研鑽につとめ、謙虚である事。
FITで私が専攻したのは、「マーチャンダイジング」ですが、ここでは、カリキュラムや教え方が、まさにプロ養成を目的に組み立てられており、「知識や技術習得」を目的とする日本とは、全く違うものでした。また同級生の姿勢にも、驚きました。「自分はこんな仕事でプロになり、成功したい。そのためには自分も努力するが、学校にもどんどん要求を突き付ける」 という態度なのです。
FITとは、ご存知の方も多いと思いますが、ニューヨーク州立ファッション工科大学(Fashion Institute of Technology)の略称です。1944年、わずか3コースでの創立でしたが、現在では世界最大のファッション総合大学です。 専門領域は大きく3つ。 「ファッション」(アパレル、アクセサリー、ファブリックなどのデザイン)、 「ビジネス」(マーチャンダイジング、マーケティング・コミュニケーション、生産マネジメントなど)、 「ビジュアル・アート&デザイン」(広告、インテリア、ビジュアルのデザインと実践など)で、香水や玩具に至るまでの30分野にわたる46の専攻で学べるようになっています。
履修課程も、プロを短期間で養成することを目標に設立された、当初からの2年制プログラムに加え、その後 4年制(2+2のユニークな編成)や大学院(修士コース)も設置されました。また大学卒業生には、1年で一般教養科目を免除し専門科目だけを履修できるコースも専門によっては設置されています。教授や講師はすべて業界経験者。当時でも「担当分野の現場体験6年間」(今は8年から10年)が教師の必須条件でした。 (写真はFIT校舎と中庭。実学教育のフィールドワーク重視から「キャンパスは、マンハッタン全体」としている。)
私が学んだのは、FBM (Fashion Buying & Merchandising)、ファッション・ビジネスの心臓部とも言うべき専攻で、FITで最大のコース。私は、その1年コースに入りました。
FITでの勉強は、大変でした。 英語は高校時代の留学経験もあり、また留学前は旭化成で商品開発を担当していたので、繊維やテキスタイル関係の専門用語は英語表現も含め、かなりの語彙がありました。それでも、膨大なリーディングの宿題(分厚い参考図書の読み込み)、レポート提出、参画型の教育での発言、など、週に2日はほぼ徹夜、という生活でした。
「プロフェッショナル」の意味を学んだのは、まずカリキュラムと習熟評価の仕方です。
講座は、基礎的内容と専門的あるいはビジネス現場への応用的な内容を、非常にうまく組んであり、それにより全く予備知識のない学生でも、専門分野のプロとして必要な事柄を短時間で効果的に学べるようになっています。評価は合理的で厳しく、初日に、試験やレポートの回数やタイミング、ウエイト配分が明示され、それぞれの獲得点数に配分%を掛け合わせた数字が合計されます。ディスカッションへの参画と出欠はもちろん重要で、前者は評価100点のうち20~30点、欠席は1回または2回まで、等と決まっています。評価が悪いと単位が取れず、卒業出来ませんから学生も真剣です。
たとえば、「マーチャンダイジング・マス」(Merchandising Mathematics)という講座で、初日の講義があまりに初歩的なので、先生にアピールした事がありました。「小売店が、50ドルで仕入れた商品を45%のマークアップで販売する場合の小売価格は?」といった、小学校的な計算問題を何題も練習させられるのです。 そこで私は「フルブライト奨学生として、はるばる日本からやって来た。このような初歩的な講座は免除して欲しい。」と。ところが先生は「2週間だけ我慢しなさい。すぐに専門的な内容に入ります」というのです。そして3週間目からは、まさしく在庫管理や52週MDの手法に入って行きました。この間、計算が出来なかった米国人学生もしっかり学んで、専門的内容に対応できる計算力をつけていた事に驚きました。
別な例でも、デザイン学科に入学した日本のファッション専門学校の先生が、「縫製実技」を、「ミシンは20年以上使っている」と免除の要請をしたところ、その是非を判断する先生に「それでは、縫って見せて下さい」と座らされたのが動力ミシンで、全く、文字通り、手も足も出なかったそうす。
学生の態度で感銘を受けたのは、セールスプロモーションの講座で「C」評価をもらった友人が、講師に “I am not happy at all.”と理由説明を要求しに行ったことでした。「自分は将来この仕事がしたいので、この講座だけは絶対に「A」を取りたいと思い全力投球をした。なのに、なぜ?」というのです。実は私も、期待と違う「C+」評価をもらい不満だったので、彼女に勇気づけられ、付いて行って同様に質問しました。しかし先生の答えは明快でした。「あなたのテーマは、“素材メーカーDuPontが、大衆向けの新素材のプロモーションをする”だ。にもかかわらず作成したマップに使われているファッションの写真は、クチュール作品だ。このプロモーションの対象顧客にフィットしない。だからC+なのだ」と。確かに私がマップ用に「素適な服」を探したのは、Vogue誌だったのです。
「プロフェッショナル」については、まだまだ書きたい事が沢山あるので、またの機会に。
日本のファッション・ビジネスで、「器用な素人」ではない本当の「プロフェッショナル」が活躍する日を待ち望んでいます。
(次回は、「ファッション・ビジネスにおける留学」セミナーから) 以上