2013年 4月 の投稿一覧

<FITセミナー報告 ⑤ 「オムニチャネル・リテーリング」 ワービー・パーカー社の事例>

  ワービー・パーカー ( Warby Parker)  は 眼鏡のネット販売の会社で、オムニチャネルの好事例の一つとして FITセミナーで紹介された 4社 のひとつでした。 今年年始めにニューヨークで開催された NRF 大会(全米小売業協会)でも、ユニークな起業事例として、創業者の一人、ニール・ブルメンサル氏が講演し、私も非常に感銘を受けた企業です。

  この事例が非常に注目される理由は、① ネット販売で、度入りの高品質メガネを、安く提供する事、② ソーシャル・メディアをフル活用している事、③ 顧客のニーズと利便性を基本に考えた、顧客セントリックのビジネスである事、すなわち、まさしくオムニチャネル(それを特に強調することも無く)を実行している事、そして、④ 社会への貢献(貧しくてメガネが買えない人にメガネを贈る)、をやっていること、です。

  起業したのは、4人 の大学生(ペンシルバニア大学ウォートン校)。きっかけは、メガネが高すぎる、との問題意識でした。友人が 700ドルで買ったメガネを紛失し、新しいメガネを買うお金が無いのを見て、「なぜメガネはこんなに高いのか? メガネが iPhone より高いなんて信じられない!」 と義憤に駆られ、眼鏡の製造プロセスや中間業者の存在や、あるいはデザイナーブランド等へのライセンス料を勉強しました。そして、生産やマーケティング手法を抜本的に改革し、中間業者も排除して、95ドルで  Prescription Glasses (処方箋通りのレンズを入れる、いわゆる度入りのメガネ )を販売するビジネスを立ち上げたのです。もちろん店舗を持つ経費も人手もないので、当初は、自分たちのアパートを使ってのネット販売でした。

  「ネットで」、しかも「度入りのメガネを売る」という前例のないビジネスを、どうしたらうまくやれるか? 色々考えた彼らは、ホームページとソーシャル・メディアのフル活用、ユニークなマーケティング手法をとりました。最初のコマーシャル・ビデオも、YouTube  の非常にユーモラスで楽しいものを、ホームページにあげました。また、フレームのお試しキット(5種類、5日間、無料)というアイディアを実行し、大きな支持を得たのです。米国でもトップのビジネススクールの学生ですから、優れた知恵を駆使するのは当然かもしれませんが、ビジネスのコンセプトも、「ブティック感覚と品質の、伝統的工芸品的なメガネを革命的価格で売る」というものです。 ソーシャル・メディア(フェイスブック、ツイッターなど)はブランディングと顧客エンゲイジのツールとして活用しています。たとえば、メガネかけた自分の写真をフェースブック・ページにアップし、どのメガネが一番似合うかのフィードバックを貰えるようにしました。メガネを選ぶのはとても個人的な買い物で、だれでも他人の意見を聞きたいものだからです。  (画像は FITセミナーでチャクター講師が紹介したもの)

  フェースブックのウォールには誰でもポストでき、会社はポストをした顧客全員とコンタクトをし、すべての質問に対して解答を提供する、という丁寧な取り組みをしました。 また会社がどのような考えで、何を、なぜしているのか、も詳細にわたってシェアしました。 その中には、同社の社会貢献活動である、Buy a Pair, Give a Pair( ひとつ買って頂ければ、ひとつを寄付します) は、「メガネが必要なのにもかかわらず、貧しくて買えない人が、世界に10億人いる。この人たちにメガネを上げよう」も入っています。

  その結果、創業 2年で急成長をとげました。まだビジネスの規模は大きいとは言えませんが、大きな期待が寄せられている会社です。売上の 50% 以上は口コミによるものだそうですが、店舗もこれまでの、ポップアップ(期間限定の臨時ショップ)ではなく、先月、ソーホーに常設のショップを開店しました。今後、店舗を広げたいとの意向です。ネットオンリーで開業した同社が、店舗展開に踏み切るのを見ても、オムニチャネルの重要性と、それを顧客が支持している事が、読み取れます。オムニチャネルを使って、こんなビジネスが始められる、というのも、これからの時代ですね。

<次回のFITセミナー報告は、「オムニチャネルは 企業の目的を明確にして始める」です。>

<FITセミナー報告 ④ 「オムニチャネル・リテーリング」 メイシー百貨店 の事例>

  FITセミナー 「オムニチャネル時代のファッション・ビジネス」 では、異なるタイプの 4つの企業事例が紹介されました。 4 社とは、ナイキ社 (スポーツ関連商品のメーカーで小売店も展開しながら “商品+消費者+デジタルチャネルの合体”に取り組む企業)、ルルレモン・アスレチカ社 (ヨガウェアを販売しながら、ヨガ教室や自己実現の場を提供するコミュニティ重視の企業)、メイシー百貨店(150年以上の歴史を持つ伝統的百貨店)、そしてワービー・パーカー社 (度入り眼鏡のネット販売)です。いずれも、オムニチャネルのユニークな展開を象徴する事例と言えます。 このブログでは、メイシー百貨店とワービー・パーカー社を紹介したいと思います。  

  メイシー百貨店は、店舗数が約840、2011年の年間売上額が 264億ドルの、米国のみならず世界で最大の百貨店です。(画像は ニューヨーク マンハッタン34丁目の Macy’s 旗艦店  )

ご多分にもれず、米国でも百貨店は、1970年代ですでに「生きた化石」などと その伝統的業態が時代遅れになっていることを指摘されていました。その後の、30年余にわたる業界再編の結果、メイシー社は、2007年フェデレイテッド百貨店傘下のマーシャルフィードなど全国に広がる老舗百貨店を統合し、すべての店舗を、Macy’s  Bloomingdale’s の名前で統一するという大変革を実行し、Macy’s Inc.となりました。そして、CEOのテリー・ラングレン氏は、自らを CCO Chief Customer Officer)に任命し、スローガンだけではない 「真の顧客セントリック」 実現に取り組んだのです。

  その戦略の一つが 「オムニチャネル」でした。セミナーでは、伝統的な百貨店が オムニチャネル小売業者に変換した象徴的事例として紹介されました。

  メイシー百貨店が取り組んだオムニチャネルに関する施策を上げます。統合以来、巨大化な体制のもとに 全米の顧客のニーズに細かく対応すべく  “My Macy’s 戦略” すなわち、ローカル化(地域対応)と顧客へのパーソナル対応に注力するとともに、全店を通じての商品在庫の一元化を進めてきました。直近のオムニチャネル戦略では、まず、顧客サービス向上のために店員にモバイル機器を支給。また在庫管理を効率的にするため 商品には無線タグ(RFID)をつけ、店舗に無い商品はネット在庫あるいは他店舗在庫から‘顧客に直配’出来る体制を作りました。 (2011年には、そのように直配された商品が700万点以上に上ったとの事)

  また、“My Macy’s 戦略” に絡んで、異なる時間帯に買い物をする色々な顧客に対応するために、いつでもすぐに着替えが出来るデジタル・マネキンを用意しました。さらに、部門または日時によってビデオを編集できるよう、新しいビデオの放映システムを完備したり、店頭でのショッピングがオンライン体験と似たものになるよう、店内にキヨスク(顧客用端末)を設置し、顧客が自分でアクセス・操作できるようにもしています。つまり、従来の店舗が、リアルとデジタルのブレンドに変わりつつあるのです。

  これらと多様なPB戦略 (競合相手とは異なる商品を扱うことで価格競争に陥らない)もあわせ、メイシーは、まさに「顧客セントリック」、すなわち “顧客が主体的に” 店舗・モバイル・ネット・店舗キヨスクなど、あらゆるチャネルでシームレスに買い物できる体制を作り上げています。

  その結果、オンラインの売上金額が 2010年から2011年で 40%増、201212月で 51.7%増、2012年累計で 40.4%増になったと言います。

(このFITセミナーの内容が、繊研新聞 4月16日付の7面に、大きく取り上げられていますので、ご関心の向きはご覧ください。)(次回は、Warby Parker の事例を紹介します。)

<FITセミナー報告 ③ 「オムニチャネル」 は SNS と コミュニティで 増幅>

  米国での「オムニチャネル」がここにきて急速な展開を見せているのは、先回述べたEコマースの拡大をベースに、「モバイル」の普及と「ソーシャル・メディアの利用者の広がりです。(SNSは 日本国内で使われる用語なので 私は 「ソーシャル・メディア」 を使っています)。そしてソーシャル・メディアはその性格上、ネットワークが作る「コミュニティ」を含むものと考える必要があります。今回はこの、「ソーシャル・メディア」について、FITセミナーから重要事項を御紹介します。

  ソーシャル・メディアには多くの種類があり、それぞれ特徴があります。図は、セミナーで 講師の FIT 教授チャクター氏が使われたスライドで、各種のソーシャル・メディアのアイコンをイメージ的に並べたものです。

ソーシャル・メディア各社のアイコン(FITセミナー チャクター教授資料より)

  世界の各国では ソーシャル・メディアの活用がかなり進んでおり、日本の利用者の対人口比率は 58% と大きく後れをとっています。2011年のデータではありますが、主要国では中国(ソーシャル・メディアを政府が規制している) の 53% とともに、最下位に近い状態です。 これは ComScore Media Metix 社が 2011年10月に報告している43カ国の調査結果ですが、主な国をみてみると、米国 98 %、ブラジル 97 %、英国9 8 %、フランス 91 %、ドイツ90 %、イタリア 93 %、スペイン 98 %、ロシア 88 %、トルコ 96 %、南ア88 %、オーストラリア96 %、香港93 %、インド95 %、インドネシア 94 %、シンガポール94 %、韓国87 %、ベトナム85 %、となっています。 日本での普及が他の国と比べて遅いのは、「自分の名前を出して意見を言う」ことに慣れていないことによるものかと思いますが、若者への普及が加速していることから、拡大は時間の問題と思われます。また企業側がソーシャル・メディアを積極的に活用することにより、その意義を消費者が理解する、という、卵と鶏の関係にあることも事実です。

  日本のソーシャル・メディア活用者の人口動態的データも紹介されました。興味深い事に、日本では下記の数字に見るように、若者では男性が高いが、35歳以上では女性の方が高い、という結果が出ています。

                 <15‐24歳> <25-34>   < 35-44 > <45-54>    <50+>   

    男性      71.5%     61.4%        57.4%      51.7%       44.4%

    女性     68.8%       61.2%        59.3%      58.8%       52.7%

  米国で最も使われているソーシャル・メディアは、Facebook、Youtube、Twitter、Pinterest ですが、日本では、アクセスの多さ順位に、①Twitter、②Facebook、③Mixi  が利用されています。

  ソーシャル・メディアを利用する利点は、米国のマーケティング関係者への調査では、次のようになっています。 (% はそれが重要と答えた人の比率。出所:Social Media Examiner, 2011

会社への注目度向上( 85 )、 集客・来訪者増加( 69% )、③ 的確な手掛りの取得( 58% )、 ④ 検索エンジン順位上昇( 55% )、 ⑤ 新規取引先獲得( 51% )、 ⑥マーケティング経費削減( 46% )、   ⑦売上増加( 40%

  日本では、ソーシャル・メディアを、 「即、売り上げに貢献すべきもの」 と考えて居られる経営者も多いようですが、米国では、上記のように、7番目に位置しています。ソーシャル・メディアは、消費者が主体的に情報をあつめ、友人の意見や評価を聞き、“自分の判断でそのブランドへの知識や愛着を深めるための手段”であり、“企業側がプッシュ、あるいは誘導して購買を獲得する” 手段ではないことを、十分理解することが重要です。

(次回は、<「オムニチャネル」 は 企業の目的を明確にして始める>がテーマです。)