2013年 7月 の投稿一覧

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション③――米国Dress for Success Worldwide>

  ファッションに関わるソーシャル・ビジネスで、私が以前から注目しているのは、米国の Dress for Success Worldwide (略称DSW)です。訳せば「成功のための衣服、世界規模」とでもなるでしょうか。 この団体は、ニューヨークに本部を持つNPOですが、ファッションの社会的役割をフルに活用し、それをビジネス的手法で運営し、社会の問題解決をしているよい事例といえるでしょう。 

  DSW の設立は1999年。その活動を端的に表現すれば 「就職面接にふさわしいスーツを持っていない人を支援するNPO」 です。経済的に困窮する女性は、仕事に就きたい。しかし就職するには面接をパスせねばならない。面接するには職業人として適切な衣服が必要ですが、それを買うお金が無い。米国人が好んで使う “Catch 22” (堂々巡りのジレンマ)の状態にある女性に、面接用スーツとコ―ディネートした靴やバッグを貸し出し、化粧や面接の指南もして、無事に仕事を獲得させるのがねらいです。さらに就職後も1週間を限度に、職場へ着てゆく衣服を貸し出してくれます。

  「職に就きたい女性」は各地の多様な NPO の紹介やクチコミで DSW を尋ねてきます。そこで、専門的な訓練を受けたボランティアのパーソナル・ショッパー(個人のために買い物を手伝う人)に 1対1で 相談に乗ってもらい、プロフェッショナルにふさわしい衣服やアクセサリーを選びます。このパーソナル・ショッパーは、就職面接の準備についても、励ましやサポートを行います。とくに注目したいのは、DSW が、支援を求めてやってくる女性たち――その多くは、失望や落胆、虐待等を経験し、自信喪失に陥っている場合が多い――に対して、品位と尊敬の念を持って対応し、オフィスを出るときには、“自信”と“自分が歓迎されている”という気持ちを持てるように努力していることです。 「私たちが気にかけていることは、彼女たちの過去ではなく、その前途に広がるジャーニー(旅)の手助けをする事なのです」というDSWの幹部の言葉には、重みがあります。

  衣服は寄付によるもので、運営資金は個人や企業、団体からの寄付と DSW 自身が行うファンド・レイジング(資金集め)によってまかなわれています。 現在では  DSW の活動は世界的に広がって居り、オフィスは、米国のほか世界14カ 国、例えばフランス、英国、オランダ、オーストラリア、カナダ、メキシコ、ポルトガル等の 75 都市にあって、活動しています。日本には残念ながら、まだありません。

  「ファッション」がもつ社会的な役割。たとえば、個性の表現や、社会活動にふさわしい TPO などのルール、さらには、適切なファッションにより、背筋を伸ばして自分の将来を考える姿勢を獲得することが出来る、といった精神的な役割を、「経済的に困窮する女性」という社会問題の解決に活かしている DSW の事例は、営利目的の企業ではありませんが、まさしく「ソーシャル・ビジネス」と言えると思います。

(次回は、日本の事例について書きたいと思います)

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション②――日経ソーシャル大賞 受賞者に学ぶ>

  初めて設置された 「日経ソーシャル・イニシャティブ大賞」 を受賞した 「フローレンス」 と 「ケアプロ」 について感銘をうけた点を書きます。

 <フローレンス> (http://www.florence.or.jp/) 

  「大賞」受賞の 認定NPO法人フローレンス は、日本初の病児保育サービスです。働く女性の増加とともに保育園の不足、あるいは入園できない待機児童が問題となっていますが、入園出来たとしても、子供が病気になると保育は受けられません。たとえば朝、元気で通園した子供が熱を出すと、38度以上で即時に保護者へ引き取りに来るよう連絡が来ます。(父親に連絡が行くようになっているケースは少ないことも、日本特有の実態です。) 働く母親は、いつそんな電話が入るか、戦々恐々としながら働いているのです。フローレンスは、代表理事を務める駒崎弘樹が、多くの母親たちのこういった苦労話をヒントに2004年に立ち上げた事業です。

  日本初の この「共済型・非施設型」の病児保育サービスは、現在、東京23区およびその周辺(千葉県、川崎市、横浜市など)の働く家庭約 2200 世帯をサポートしています。 料金は掛け捨て月会費の共済型で、また2012年1月からは東京23区において、子育て中の女性医師 (ママドクター) による病児保育現場への往診サービスを開始。 これまで 「こどもレスキュー隊員」 (病児保育を担う保育スタッフ) が行うことができなかった 「鼻吸い」 「吸入」 を実施することで、子供の回復をさらに後押しする病児保育を提供できるようにもなったということです。 さらに、今年の71日からは、保育所向けの病児保育の割安な新プランをはじめました。 保育所が子供1人当たり 1050円 の月会費を負担し、保護者は利用した場合のみ1 時間 1680円 の保育料を支払う仕組みで、保育者の負担は、通常の自宅プランより安くなるものです。

  女性の子育て支援の必要性が叫ばれている昨今ですが、すでに 10年近く前から、現場が真に必要としている事業を、それも善意の寄付に頼るのではなく、継続できる形を模索し、「自走」出来る形で実施してこられた駒崎氏に、深い敬意を表します。 授賞スピーチでのことば、「子供が熱を出すのは当たり前。会社を休んだために職を失った事例に憤慨した。女性が、子育てしながら働くのが当たり前の社会を目指したい」、が感動的でした。 

<ケアプロ> (http://carepro.co.jp/)

  「国内部門賞」を受賞したのは、ケアプロ株式会社です。これは米国をモデルにした保険証が必要ない「ワンコイン健診」、つまり 500円 から受けられる低価格の健康診断サービスです。生活習慣病等を早期に発見し、受診者の健康は勿論ですが、財政負担が年々増加している医療費の削減をめざすのが狙いだといいます。

  対象は、個人事業主や専業主婦、あるいはフリーターなど。会社勤めの人には企業内健康診断がかなり一般的になっていますが、その機会のない人たちが、安く、かつ簡便に検診を受けられる手段を、苦労を重ねて編み出したのです。 ケアプロは まず独自の調査をして、「500円であれば、80% の人が受信をする」という感触をつかみ、500円を実現する方策を生み出しました。それは、糖尿病検査等で使われる『自己採血』です。通常の血液検査を病院等で行うのでは、500円ではとても採算に合わないし、また医者が立ち会わない採血は法に触れるということもありました。これは、受診者が自分で指に採血用の注射針を刺して少量の血液を取って、その針は捨てる、という手法です。これにより、「コスト」と「規制」の両方の問題を解決しました。 健診は看護師が担当、受診者は看護師のサポートにより自己採血をする。予約も不要という気軽さで、診断結果は約1分から7分でわかるという早さも特長だということです。 全国の駅ナカ、スーパー、企業などでの出張イベントで 3000回 以上の健診をこなし、利用者は 13万人を超え、売上高も順調に伸びている点が評価された授賞でした。

  ケアプロ社長の川添高志氏は、創業以来「14万人以上の検診を実施、その約 3 割の受診者に異常値が発見された」とし、彼らは「もっと早く受診しなかったことを後悔している」と言っています。

  『フローレンス』 および 『ケアプロ』のケースは、いずれも、大きな社会問題でありながら、行政が対処出来ていない問題の解決に取り組んでいる。 とくに、その社会問題が全体としては非常に大きいものであるために、その中には知恵と工夫で解決できる『部分』が沢山包含されているにもかかわらず、見過ごされている、あるいはギブアップされているもの、と言えると思います。

  (次回は、ファッションに関係する ソーシャル・ビジネスを御紹介したいと思います。)

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション①――日経ソーシャル・イニシャティブ大賞>

  「ソーシャル・ビジネスの時代」が いよいよ幕を開けた事を痛感します。

  CSR Corporate Social Responsibility) すなわち企業の社会的責任は日本社会にもかなり浸透してきています。多くの企業がこれに取り組み、アニュアル・レポート(年次報告書)とあわせて CSR レポートを発表する会社も増えて来ました。かつて1990年に、ピーター・ドラッカーの著書、“Managing the Nonprofit Organization: Practices and Principle”(日本語版は『非営利組織の経営――原理と実践』1991年)を読んで、「 21世紀は NPO(非営利団体)の時代」とのメッセージに大きな衝撃を受けたことをいまでも鮮明に記憶しています。 その後 時代はさらに進んで、その NPOも 「ビジネスの手法で運営される時代」 になり、(ドラッカー氏は、もちろんそれを見通しておられたのでしょうが)、また利益追求の企業でも、その事業の中に社会的問題解決を組み込むケースが増えてきました。

  また、ビジネスリーダーの必読書とされる「競争の戦略」などを著したマイケル・ポーターは、2006年に 「共通価値の創造」 (Creating Shared Value 通称 CSV) の考え方を提唱しています。この CSV のコンセプトは、ビジネスと社会の関係を新しい視点から見て、 「企業の成長」 と 「社会福祉 (社会の幸福)」 とは対立する関係にあるのではなく、すなわちゼロサムゲームではなく、互いに相互依存しているものであることを強調しました。

 ファッション・ビジネスは、この「ソーシャル・ビジネス」という大きな潮流に、どのように対峙すればよいのでしょうか? ファッションは、おしゃれをする事で個人の誇りや活力が高まる、あるいは社会での存在を表す、という優れた社会的役割を持っています。しかし同時に 20 世紀を通じて大きく発展したファッション・ビジネスは、陳腐化(現在あるものをもう古い、と規定すること)の促進と、大量生産・大量消費・大量廃棄、といった、ある意味で反社会的活動を拡大してきたことも事実です。

 こういった視点から、「ソーシャル・ビジネス」 について、何回かに分けて考えてみたいと思います。

 

 ソーシャル・ビジネスは、一般に「社会の様々な課題をビジネスの手法で解決し、社会にイノベーション(革新)を起こす事」 と定義されています。 また経済産業省では、次の3点をカバーするものと定義しています。 (上の図を参照)

① 社会性:現在解決が求められる社会的課題に取り組むことを事業活動のミッションとすること。

② 事業性:①のミッションをビジネスの形に表し、継続的に事業を進めていくこと。

③ 革新性:新しい社会的商品・サービスや、それを提供するための仕組みを開発したり、新しい社会的価値を創出するもの。

<日経ソーシャル・イニシャティブ大賞> の第一回表彰がありました。 この賞は、日本経済新聞社が主催する ソーシャル・ビジネスの健全な発展と一層の理解促進のため、当分野の優れた取り組みを表彰する」もので、5月23日に開催された授賞式と記念シンポジウムに私も出席しました。

<授賞した人たち> 一次審査を通過したファイナリスト35団体の中から、大賞、国内部門賞、国際部門賞、東北復興支援部門賞の4団体が栄冠を手にしました。<大賞>を受賞したのは「病児保育」のフローレンス、<国内部門賞>は「ワンコイン健診」のケアプロ、<国際部門賞>は「先進国の肥満と途上国の子供の飢餓を同時解決」する、テーブル・フォー・ツー・インターナショナル、<東北復興支援部門賞>は「ネット販売サイト『石巻元気商店』で地場の農産物や海産物、伝統工芸品を販売する」オンザロード、<特別賞>はACジャパン、および藤原紀香氏、でした。

  いずれも非常に優れたコンセプトですが、特に私が感銘したのは、授賞団体の共通項である下記の3点でした。

① 社会問題に関する意識の高さ、と、リーダーが若手であること

② すでに何年もの地道な活動がある。目的が達成されるまでギブアップしなかったことで成功した

③ 「自走の精神」、つまり、これまで一般的であった寄付とか会員制度などのボランティアに頼るものではなく、「ビジネスとして成り立つ」から「サステイナブル(持続可能)」であること

  ファッション・ビジネスは、こういった事例から何を学べるか。 次回は授賞事例の詳細を見てみたいと思います。