2013年 9月 の投稿一覧

<『ファッション・ビジネス』という日本語の誕生ー―繊研新聞「私の歩み」に思うこと>

繊研新聞の「私の歩み」の取材を受けて、改めて「ファッション・ビジネス」という言葉のパワー」を痛感しました。

「新しい酒は、新しい革袋に」が当ブログのメッセージです。 (「ソーシャル・ビジネス」シリーズはちょっと中断、「ファッション・ビジネス」について書きます。)

実は「ファッション・ビジネス」という言葉と概念は、1968年に出版された「ファッション・ビジネスの世界」で、私が初めて日本に紹介したものです。Fashion Business という英語をそのまま日本語にしたのですが、実はその裏には大議論がありました。昨日(9月27日付)の繊研新聞に掲載された、尾原蓉子の「私の歩み(中)」に、この本が旭化成の記念出版として上梓された経緯が書かれています。(画像は、FIT卒業生の西井賢治さん(中央帽子㈱社長)が作って下さったもの)

繊研新聞 「私の歩み」(中) 2013.9.27日掲載

Fashion Business という言葉は、当時の日本にはない言葉でした。したがって、“Inside the Fashion Business” というFITでの恩師ジャネット・ジャーナウ教授の著書を、どういう日本語タイトルに訳すかが、難題でした。なにしろこの本は、米国でも「ファッション・ビジネスを教える教科書が無い」ために、百貨店の商品部長から FIT のファッション・マーチャンダイジング学科長に抜擢起用されたジャーナウ先生が、自ら書き下ろしをされた本だったのです。

訳語で苦労した理由は、当時、モードという言葉は広く行き渡っていましたが、ファッションはまだまだ。 ましてやファッション・ビジネスは、何のことやら、という感じだったからです。業界は、繊維産業と呼ばれて合繊メーカーや紡績や主導権を持って居り、既製服は「吊るし」等と呼ばれて、お仕立てやイージーオーダーより下に見られていました。「ファッション」という流行に左右されるリスキーな商品を、ビジネスとして扱い、さらにそれを産業として高度に組み立てている米国の実態には、目からうろこの感がありましたが、その仕組みを紹介する本に、どんな題名をつけるか? 最後の編集会議で、3 時間半の議論がありました。衣料産業、服飾産業、外衣産業など、色々な案が出ましたが、いずれも既に「手垢がついている」。これまでになかった画期的な産業を紹介する言葉にはならない。そこで出た東洋経済新報社の編集長の一言。「新しい酒は、新しい革袋に入れるべし」「この言葉は、行けますよ。そのままファッション・ビジネスで行きましょう」が、決め手でした。「ショービジネスみたいで軽佻浮薄に聞こえないか?」という意見もありました。(当時、「ショーほど素敵なビジネスはない」という映画が人気だったからです)。 しかし、「新しい酒は、新しい革袋に入れる」には、皆納得しました。「ファッション・ビジネスの世界」の題名が確定した瞬間でした。1968年初夏の事です。

後に中国にファッション・ビジネスが入って行った時、彼らがそれを「時装」と置き換えた事を知り、なるほど、と感心はしましたが、「ファッション・ビジネス」の言葉を選んで、「これまで全くなかった世界」として紹介出来て、本当によかったと考えています。

日本は常に海外の先進文化や技術を取り入れながら、それを日本流に咀嚼し、創意工夫により新しい形に発展させることで、世界でもユニークな商品や技術、ソリューションを開発して来ました。その元になる強力なパワーが、「新しいコンセプトを、そのまま、言葉ごと取り入れ、それを正しく解釈する努力をして、日本のものにする事」であると痛感します。ファッションの世界では安易にカタカナ横文字を使う傾向があるので、注意は必要ですが、それが、「新しい酒は、新しい革袋にいれる」ためであれば、大いに推奨したいと思います。

(次回は、ファッション・ビジネスの変遷と人材育成)

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション⑥ ―企業哲学としての社会性 :フェリシモ>

 「社会性」 を意識した事業を継続的に推進している企業で、私が特に感銘を受けているフェリシモという会社の事例を御紹介します。

 ㈱フェリシモは、神戸に本社があるダイレクト・マーケティングの会社です。カタログとインターネットによる販売という意味では通信販売会社ですが、非常にユニークな仕組みを持っています。顧客が商品を選択するのではなく、フェリシモが提供する様々なコレクション・シリーズの中から、顧客が自分の興味や関心によって選んだコレクションの商品が、定期的に届くという仕組みです。 消費者の多様化や個性化が言われる昨今、言ってみれば「おまかせ」のこういったシステムが成り立つのは、同社の歴史が育んだ顧客層、フェリシモ・ファンの強い支持があること、またその「支持」こそが、同社の哲学である “「事業性」、「独創性」、「社会性」のバランス”、の成果だと、私は考えています。この考え方は、今から25年も前から同社が掲げて来た企業理念です。企業活動は、「事業として成り立たねばならない」が、同時に「社会にマイナスをまき散らさないだけでなく、プラスに貢献できる」ものである事が重要、というのが矢崎和彦社長の考えです。そういった社会に役に立つ活動を、単発で終わらせないで持続可能にするためには、商品が顧客にとって魅力あるものでなければなりません。そこで「独創性」つまり簡単には真似できないデザインや作り方の創意工夫が必要になります。商品が顧客の期待を裏切らないものであるから、顧客は会社に「おまかせ」で、次に何が送られて来るかを楽しみにしているのです。

 フェリシモ社の考え方と多様な事業の詳細をここで紹介する事は出来ませんが、興味のある方は、同社の矢崎和彦社長が書かれた『ともにしあわせになるしあわせ』という題名の著書(英治出版。今年の7月に出版)を読まれる事をお勧めします。

 「事業性」、「独創性」、「社会性」の3つが重なる領域こそがフェリシモのめざすべきビジネス、という考え方は、実は25年来のものです。当時、メセナやフィランソロピーに取り組む企業が数多くありました。しかし大手企業が利益の中から多額の寄付をする、あるいは文化事業を行う、というのは、「自分達には関係のない世界だな」と感じていた、と矢崎社長は本の中で述べています。「本業で儲けて別のところで寄付をするというのでは、本業で利益が上がらなくなったら、継続できない。自己の確固たる事業基盤の上で社会に貢献することこそが、サステイナブルな取り組みだ」という考え方です。

 社会的事業の一例、「チャレンジド・クリエイティブ・プロジェクト」(CCP) を紹介しましょう。(写真)さをり織りポーチ。スマホを入れたまま操作できる) Challengedとは、欧米で「障害を持つ人」の意味で使われる言葉です。もとは重度の障害を持つ母親が、「チャレンジドを納税者に」のコンセプトで、「障害者が自立できる社会にしたい」の想いで推進しているプロジェクトです。フェリシモはこのプロジェクトに感銘を受け賛同し、障害者がつくる製品が、「バザーなどでしか売られない」のではなく、さらに「障害者のために買ってあげる」といった姿勢ではなく、「欲しいから買う」ものにする方法を考えました。そして障害者が描く色彩豊かなデザインや、細かい手仕事で製品を忍耐強く仕上げるスキルを、同社が持っている商品企画力や生産の仕組み、マーケティング力に結び付けて、魅力ある商品に仕上げているのです。実際に某アパレルメーカーの担当者が、「これはどこのデザイナーのバッグですか?」と尋ねたほどの出来栄えです。

 海外での社会的事業も数多いのですが、2年前から取り組んでいる、「グラミン・フェリシモ」も簡単に紹介しましょう。

グラミンチェックのエコバッグ

このプロジェクトは、グラミン銀行の設立者のムハマド・ユヌス教授が貧しい人の雇用のために現地の織機で織らせていた綿のチェック生地に、フェリシモがオシャレなデザインを持ちこみ「グラミン・チェック」を創造することによって、売り上げと雇用を拡大したものです。チェックのデザインは世界コンペを行い52カ国150人のデザイナーの応募作品から最優秀の「インフィニット・ホープ(無限の希望)」のデザインを選びました。また、これによって設置されたインフィニティ基金は、ペダルをこいで水を浄化する浄水器付き自転車(日本製)を購入・提供、という形で現地を支援しています。

 これらを支える大きな力は、同社の企画力、独創性です。これにはフェリシモの非常にユニークな採用方法も、大きく貢献しています。定員の何百倍におよぶ応募者に選考過程で出される課題は、「自分カタログ」の作成です。自分のやりたい事、考え方などを自由な形で「カタログ」にさせ、編集力や表現力、特に創造性をみるのでしょう。どれも力作で、その努力の過程にその人物がよくわかるそうです。非常に有効な素晴らしい入社試験だと思います。

 障害や貧困に苦しむ人への支援は、多くの企業が色々な形で取り組んでいる社会問題ですが、「魚を与えるよりも、自力で魚が獲れるようにする事」が重要です。フェリシモのユニークな点は、こういった「自立」を支援する事に加え、“ともにしあわせになるしあわせ”という明快な企業哲学をもとに、生活者であるお客さまの賛同・参画を得ながら、つくる人も使う人も、その仕組みを作る人も、すべてが幸せな達成感を得られるビジネスを組み立てている事です。そしてそれが、意欲的で創造力のある社員によって実現されていることに、21世紀企業の進むべき新しい方向性を感じます。

<ソーシャル・ビジネス時代とファッション ⑤ ――事例: エシカル>

  エコロジー/サステイナビリティの分野に取り組むソーシャル・ビジネスについて、先回述べました。今回は、「エシカル」分野の事例を紹介したいと思います。 「エシカル」とは、 「倫理・道徳的、人道的」 な視点から、社会的問題解決に挑むものです。 事例として取り上げるのは、㈱ マザーハウスと、㈱ ファーストリテイリングの 「グラミン・ユニクロ 」事業です。

1.株式会社 マザーハウス

 「途上国から世界に通用するブランドをつくる」 をミッションとする同社は、高級バッグの生産販売会社です。デザイナーの創業者(山口絵里子)が大学時代に世界でも最貧国のひとつ、バングラデシュを訪問。途上国の現状を知り、現地の大学院に入学。その国にある人や資源の良さを最大限に生かしたデザインで高品質の製品を作り販売することに取り組みました。そこで出会った素材はジュート(麻)。これを様々な苦労を重ねて、ユニークなバッグの開発に成功したのです。その狙いは、貧しい人たちが 「援助を受ける」 のではなく 「ビジネスで自立する」 ことでした。日本の若い女性が、世界の最貧国と言われるアジアの国で、2006の起業でした。生産はその後ネパールに拡大しています。

  同社のホームページには、<MHアクション>として、次の様なメッセージがあがっています。

Fashion is philosophy: We wear what we believe. ファッションとは哲学そのものである。私たちは価値観を身に着けている。』 その説明として、「ファッションとは個人の価値観、そして哲学を表現する重要なツールです。外見だけではない内面の美しさを表現できるファッションの受け皿として、マザーハウスはあり続けたいと考えています。」

  マザーハウスの創業者、山口絵里子さんは、2012 年 12月に 日本ハーバード・ビジネススクール・クラブから「2012 年度アントレプレナー賞」を受賞しました。その時の受賞コメントが感動的だったので、ご紹介します。「最貧国でのビジネスを軌道に乗せるために大事なことは『信頼関係』です。 政情不安でも、非常事態宣言が出ても現地にとどまり、決して逃げなかった。そのうちに 『この人は発注量も少ないが、ベンガル語を話し、普通のバイヤーが来ない工場へもやって来る、、』 と言ってくれる友人になった」というのです。24 歳での起業と事業の成功に、多大な拍手を送ります。 

2.ファーストリテイリング社

  バングラデシュで同社が展開している 「グラミンユニクロ」 も 「エシカル」 分野のユニークな事業例です。ファーストリテーリング社は、バングラデシュの貧困、教育、衛生、ジェンダー、環境など、社会的課題をビジネスの手法で解決することを目的に、2010 年にソーシャル・ビジネスの会社を立ち上げました。2011 年にはグラミン銀行グループの子会社との間に合弁会社、グラミンユニクロ社を設立し、現地でソーシャル・ビジネスを開始。よい服をバングラデシュで企画・生産し、貧困層の人たちが購入可能な価格で提示。商品の販売は、グラミン銀行から融資を受け、それをもとに自立を目指す “グラミンレディ” たちが行う、という仕組みです。同社のホームページによれば、農村部出身の貧しい彼女たちが、農村の家々を訪ねたり、自分の家を店代わりにして、商品の特徴を説明しながら販売に当たるとのこと。商品は基本的には委託販売方式で、グラミンレディは売上代金に応じてコミッションを受け取るのだそうです。そしてその利益はすべてソーシャル・ビジネスへ再投資する、このビジネス・サイクルを現地の人々の手でまわしていくことで、貧国・衛生・教育などの問題解決を目指そうとするものです。 

  商品構成は、「当初からのインナー類や無地のTシャツなどに加え、その後、ポロシャツやプリント Tシャツ、襟付きシャツなどを追加。民族衣装のサリーや衛生改善に役立つ下着やサニタリーナプキンの販売も開始しました。商品の価格については、当初は 1 ドル以下に設定しましたが、生産コストとの兼ね合いで商品に競争力がなく、思うように販売が伸びませんでした。そこで商品構成と価格帯を見直し、2 ~ 4 ドルの商品も開発。素材もコットンに加え、ポリエステルやアクリルなど機能的な化学繊維も取り入れるなど、その種類も豊富になった」という事です。

  さらに従来からの農村部における販売に加え、首都ダッカのショールームでの販売もスタート。今年の 7 月には、バングラデシュのダッカ市内にグラミンユニクロ初の店舗、2 店をオープンしました。今後も都市部での出店と情報発信、ブランディングを積極的に進めるとの事です。

  服の企画、生産、販売を通じて人々が心からほしいと思う商品を提供し、同時に雇用を創出する。特に貧しい国で虐げられている女性の自立を促進することで、社会の色々な問題解決につなげる、というこのグラミンユニクロのプロジェクトは、素晴らしいものだと考えます。またこのような先駆的な活動を、日本企業が世界をリードする形で進めていることを、誇らしく思うとともに、同社 CEO の柳井正氏のグローバルなビジョンと、リーダーシップに、大いに敬意を表すものです。