2014年 2月 の投稿一覧

<NRF(米国小売業)大会2014 報告④―ジャック・ドーシーが見るリアルとICTの世界>

 「スクエア」を御存知でしょうか。モバイルにさしこむだけでクレジットカードでの支払いが受けられる小さな四角のデバイス(カードリ-ダー)です。これを開発しスクエア社を創業したジャック・ドーシー氏。同社のCEOであり、ツイッターの共同創業者で現会長でもあるドーシー氏のNRF大会での基調講演は圧巻でした。

  テーマは、「レシート:一つのコミュニケーション・チャネル」。 ドーシー氏のメッセージは 「お店と顧客が売り買いをするコマース。これは単なるトランザクション(売買処理)ではない。コマースとは、売買で発生する色々な活動のパーツを総体としてとらえるべきもの。レシートはその中でも顧客とお店とを繋ぐ重要な接点だ。これを活用し顧客エンゲイジメントを高める事を考えるべし」です。 (写真は講演のあとHNSのミンディ・グロスマンCEOと対話するドーシー氏。 NRF提供)

 ドーシー氏はいいます。「テクノロジーという言葉を、毎日いやというほど聞くが、その意味は何か? テクノロジーとは、人々が価値を再認識し始めた“リアル”の世界――リアル店舗での買い物、あるいは人対人との人間的なやり取り、コミュニティの快適さ――を効率化するツール(道具)なのだ。したがって出来るだけシンプルでインビジブル(見えない)が良い。」 5年前“スクエア”を開発したのは、「コマース、つまり売り買いのプロセスを簡単にしたかったから。従来のクレジットカードは複雑だ。カード会社の口座を取るのも大変、いくら支払うのか、何時入金されるのかも分からないし、農家や家庭教師などの個人営業は対象からはずされている。それを、誰でも1件につき一律2.75%の手数料で処理出来るようにした。」
 Squareは、すでに小さなコーヒーショップからバーバリーに至るまでの何100万という小売業と取り組んでおり、すべてが、1スワイプ(クレジットカード読み取り)につき2.75%を支払う仕組みです。支払いのプラットフォームには、年間に10億以上の訪問があり、参加企業は米国のほか、カナダ、日本に広がっているといいます。 現在のところ、Squareは小規模小売を中心にしているとのことですが、スターバックスやユニクロなど、大手小売企業にも拡大しています。
 講演テーマの、「レシート」について、ドーシー氏は次のように考えています。
 「レシートは、どんな売り買いにも発生するもの。しかし、ただの紙だと思ってはいけない。顧客と商人との重要な接点だ。これを活用し顧客エンゲイジメントを高める方策として“スクエア・ウォレット”(顧客側が利用するアプリ)も開発した。ユーザーがアカウントを作成しクレジットカード番号を登録する。店は来店した顧客を個別に認識する。「顔パス」も通用する。好みの注文は何かも分かっていて、レジに並ぶことなく選んだ商品をそのまま持って店を出ることも可能にした。レシートはあとから 『他に何かご要望がありますか?』 といった質問とともに、モバイルへのメールで送られてくる。」
 レシートの目的は、顧客にまた来店してもらうこと。「レシートで何が出来るか、是非皆さん自身も考えて欲しい。人は自分が大事に扱われると、いい気持ちになり、店が気に入り、また来ようと思うのだから。」

<NRF(米国小売業)大会2014 報告③―テクノロジーと小売の交差に巨大な可能性>

  「テクノロジーが小売業を全く変える。いまはその入口にある」、というのが今回のテーマです。先回は、リアル店舗と、その楽しい集積が重要だと書きましたが、2014年のNRF大会では、テクノロジーにも力が入っていました。ちなみに8つの「キーノート(基調)セッション」のうち3つがテクノロジーに関するもの。「実店舗」の重要性が強調されると同時に、新しいテクノロジーを使いこなすことが、競争優位のために不可欠だとのメッセージです。   (カットは NRF 2014 大会のプログラム案内書)


  IBM の女性CEO、ジジ・ロメッティ氏の講演と、それに続くメイシー百貨店のCEO、テリー・ラングレン氏との対談は、巨大な新テクノロジーのうねりが、現実のものになってきたことを聴衆に分かりやすく伝えた、素晴らしいセッションでした。
  巨大な3つのテクノロジーとは、① ビッグデータ、② クラウド・コンピューティング、③ 認知(Cognitive)コンピューティング・システム(みずから“学習する”システム)、だとロメッティ氏は説明します。

  ① ビッグデータ――21世紀の天然資源(誰でもが活用出来る資源 )は「インフォーメーション」。「情報」が全ての競争のベースとなる。 世界人口の4分の1がソーシャル・ネットワークで繋がり、毎日 2.5 億ギガバイトの情報がつくられている。現存するデータの 80% は、過去2年間に作られたもの。データには、「構造化データ(Structured Data)」(コンピュータのデータベースに格納することができるタイプのデータ)と、「非構造化データ(Unstructured Data)」がある。非構造化データとは、例えば電子メールや画像、動画、ツイートやブログといったデータで、現状は企業が抱えるデータの約 80%を占める。 これを活用する事で、たとえば顧客とのエンゲイジの仕方から、スタッフの雇い方、あるいはサプライチェーンをどう管理するか、までが変わるだろう。ロメッティ氏は例として、「店でクーポンを提示されれば、買いたくなるに違いない。たとえばコールズの様な小売業は、あなたが靴売り場でショッピング中に、以前に見ていた靴のクーポンを送る」等を行っている。「私たちは今や、店舗が優れた情報源である時代にはいった。オンラインのインテリジェンス(知識・情報)と、店舗内での触感的なフィーリングを合体させた賢さを、実践する事が出来るようになった」といいます。

  ② クラウド・コンピューティング―― これは、自社のシステム外にある様々なサービスをネットワーク経由で利用するもの。(必要なときに必要な分だけ対価を支払って利用出来る。導入が容易、運用も楽)。クラウドにより、ビジネスのアジリティ(スピードと柔軟性)を高められることから、新たなビジネスモデルの選択が可能かつ容易になる。

  ③ 認知(Cognitive)コンピューティング・システム―― この「みずから“学習する”システム」は、小売業界を劇的に変革する。コンピュータは当初は「計算」、そして「プログラミング」に進化し、いま「学習する」ものになってきた。プログラムされているのでもなく、サーチエンジンでもない。 人とインタラクト(双方向のコミュニケーション)をしながら学習するのだ。そして、どんどん賢くなる。現在IBM が FLUID 社と開発中の North Face の“Expert Persona Shopper”の事例では、たとえばあなたが14日のバックパック旅行に出かけるとしよう。するとコンピュータはあなたにたずねる。「どんなお手伝いが必要ですか?」 そして、あなたの旅行に必要なモノのリストをくれる。さらに普通の言葉で、あるいはキーボードへの入力で質問を重ねて行くと、それに対応する答えが画像も伴って返ってくる、といった具合だ。

  これらのテクノロジーの進展は、非常にエキサイティングです。しかし、「セキュリティ」と「自由」、「プライバシー」と「利便性」のバランスはしっかり取らなければなりません。そのために不可欠なものとして、3つの原則をロメッティ氏は上げました。
① 透明性=誠実であること。企業としてどんな情報を集めているのかを明快にすること。
② コントロール=個人が自分のデータを管理出来ること。 
③ 信頼=いわゆるコンプライアンス以上のもの。企業と顧客の間の深い信頼関係を育むこと。信頼は、行動から生まれる。
最近の、個人情報流出などの事件で、人々は特に安全性に神経をとがらせています。

  メイシー百貨店のラングレンCEOのリードと、会場から質問を受けながら、対話が弾みました。
  Q:「まず、はじめにやるべき事は?」→ 「One to One マーケティングだ。一方的に語りかけるだけでなく、双方向で。名前で呼びあうような近しい関係を。メイシー百貨店がやっている顧客とパーソナルな関係を築く努力は、高く評価出来る」
  Q:「ビッグデータは大企業のものか?」→ 「No.『天然資源』と表現した通り、誰もが活用出来るものだ。これをリファインする(洗練させる)人すべてに適応する。小規模の方がやりやすい。」
  Q:「過去のパラダイムで行動している上層部にこれらの変化を理解させるにはどうしたらよいか?」 「Just go and do it! ともかくやってみること。プロトタイプを作ってやると、結果が出る。見れば誰でも分かる。」

 質疑はさらに続きましたが、私がこのセッションで受けた最大のメッセージは、「ミレニアル世代」と呼ばれる、インターネットとモバイル/ソーシャルの世界で育った世代、これまでとは全く違う価値観や考え方で行動し、これからの時代をリードする若者たちを捉えるにも、これらの3つのテクノロジーのフル活用が不可欠だという事でした。

<NRF(米国小売業)大会報告②-―21世紀の店舗小売業はいかに繁栄すべきか>

  NRF大会の主なセミナーから、今回は、初日に「キーノート(基調)セッション」のトップを飾った、「メインストリートの新イメージ-―21世紀の店舗小売業はいかに繁栄すべきか」の内容を紹介しましょう。 英語のタイトルは「Reimaging Main Street ― How Brick and Mortar Retail Will Thrive in the 21st Century.」。Main Street とは、どの町にもある、商店が集積する中心的通りです。日本で言えば、さしずめ「○○銀座」と言った感じでしょうか? 近年、ショッピング・モールの拡大やEコマースの成長で、その存在感が薄れて来ていたメインストリートですが、最近復活の兆しがあります。大型ショッピングセンターに車を飛ばすよりは近くで便利な買い物がしたい、コミュニティへの愛着、などがその理由です。このセッションの狙いは、ネットやモバイル、ソーシャル・メディアの拡大の中、これらの「店舗小売業」の将来への新たな方向性、「新イメージ」を探る狙いにあります。 
  講師は、4名。ロサンゼルスのThe Grove など収益性の高いライフスタイル型モールを経営するデベロッパー Caruso Affiliated の創業者のリック・カルーソCEO、 デザイナーのレベッカ・ミンコフさん、人気のカップケーキ店 Sprinkles Cupcakes の創業者のカンディス・ネルソンさん、それにノードストロムのブレイク・ノードストロム社長、というユニークな組み合わせ。司会はCNBCテレビの人気アンカー、スー・ヘレラさんです。
(画像は店舗小売業のこれからの方向を議論する講師たち)
  カルーソ氏は 自社が運営するライフスタイル型モール The Grove ( ロサンゼルス) が、業界平均の5倍の売り場効率をあげている実態を紹介しながら、「人々は、モノを買うだけのために店に来るのではない。人と交流したり、商品やサービスで期待していなかった発見や体験をし、優れた体験をしに来るのだ」といいます。 また、先史時代のラスコー洞窟で発見された壁画や、マラケシュのスーク(市場、古来からの交易市)、あるいは東京築地の魚市場などの画像を見せながら、『これらがなぜ今日まで続いているのか? それは人々が、 “人対人”の人間的なつながりやコミュニティの温かさを求めるからだ。ネットで簡便にショッピングが出来るようになった今、あらためて物質的な満足だけではなく、エモーションあるいはパーソナルな体験を渇望している。』と強調しました。
 (写真は、The Grove の風景――カルーソ氏のプレゼンより)
  デザイナーで SNS を活用しPop Up 店などにも力を入れるミンコフ氏は、「ソーシャル・メディアが登場する前は デザイナーは象牙の塔的存在だった。今はインスタグラムで商品を紹介したり、SNSで顧客と相互交流して親密な関係をつくることが出来る。また自分のポップアップ店でトランクショー(店舗で商品を見せるショー)をやって直接顧客にプレゼンも可能になった」といいます。またカップケーキ店を経営するネルソン氏は、“クレイジーな店” をモットーに、 “カップケーキATM”(クレジットカードを読み取らせると、ロボットの手がケーキを手渡してくれる)を開発したり、道路にとめている車へのデリバリーなどで、お客さんに WOW という驚きと感動を与える」ことで生まれる、顧客とのエモーションナルな関係の価値を強調しました。
 ショッピングセンターのあり方についても、カルーソ氏は、「1960年にはじまったインドア型のショッピング・モールは、未来の方向でないばかりか、現在でも苦戦しているところが多い。2006年以降の新設もない。現在進行しているのは、de-malling (モールを他の目的に改造すること)だ。モールが消費者にとって、“どうしても行きたくなる場所”でないなら、それは小売業にとっても、ぜひとも出店したい場所ではない、ということだ。」といいます。
 ノードストロム氏は、The Groveの様なセンターが従来のSCとどう違うかの質問に次のように答えました。「The Groveは、絶えず進化している。また、シティ感覚、アーバン(都会)のブティック集積といったオシャレな雰囲気があることも重要だ。顧客はものすごい選択肢を持っており、選ばれる店でなければならない。ビジネスの透明性も求められている。」 こういったメインストリート的小売業の成長はさらに期待出来るか?との問いに対しては、ノードストロム氏は、「フルラインの店舗の売り上げはここ数年伸びていないし、現在も同様だ。われわれはEコマースやラック(アウトレット店)を合わせた総合力で伸びている。」 「小売店舗が今後さらに復活傾向を強めると考えてはいけない。店舗ビジネスが繁栄を続けるためには、絶えず変革する“度胸”と資金が必要だ」、と語りました。
 『古代から焚火のまわりに人が集まるように、自分のキャンプファイアーを創れ』が、カルーソ氏のまとめのメッセージでした。