新型コロナの感染が全国的に広がっています。経済活動の復活が感染第2波を増幅し、再度の緊急事態宣言にならないことを祈るばかりですが、世界の感染拡大を見ても、これからは 「ウィズコロナ」 社会をどのように生きるか。さらなる知恵と工夫が必要であり、感染症に強い社会のあり方について考える必要があります。また個人にも企業にも、生き残るための覚悟と努力が求められていることを痛感します。ワクチンが開発されても、しばらくは安心出来そうにない生活。そして、自然破壊が加速する異常事態の発生を抑える努力をしながらの新しい生活、です。
変化が起こり始めた日本
しかし、この4か月ほどの間に、日本が大きく変化しはじめたことは、不幸中の幸いです。とくに長年課題と言われながら岩盤的に強固で崩せなかった規制や社会・ビジネス慣習に、ディスラプション(創造的破壊)が起こり始めたことを喜んでいます。コロナがカタリスト(触媒)役を果たしてくれ、リモートワークやリモート講義をはじめ、公共機関へのデジタル申請、ハンコ無し承認など、日本の旧態維持志向を打ち崩しているのです。
そして何よりも、これらにより、日本のデジタル化の遅れ、さらに縦割り行政と暫定的でパッチワーク的な施策でがんじがらめになっている行政や企業活動の閉塞状況が明らかになったこと。(“目詰まりを起こしている”とは言いえて妙ですが、それが一国の首相の言であることが悲しいです。) しかしながらそれによって、人々のマインドに、「個」と「合理性」を重視した新たな社会制度の構築への期待と意欲を生んでいることには、勇気づけられます。私も初めて知ったことですが、例えば薬局では「処方箋40枚につき1人の薬剤師配置が義務付けられている」とか、「タクシーによる日用品配達は違法」、などの規制には、今どきの社会やテクノロジー環境から考えると唖然とします。住民登録や税・社会保障などを管理するシステムの仕様が自治体ごとに異なっていて、国や自治体のデータ連携に手間取る、などの現状は、だれが見ても即改善が必要です。
リモート会議やリモートセミナーは、やってみると意外にメリットも大きく、リモート観劇やリモート飲み会も、“ウィズコロナ”環境ではOKと思うようになった人が多いと思います。ヤフー社が戦略立案を担う人材として、副業者100人(フルタイム勤務中)の募集を始め、人材派遣会社のパソナが副業人材の紹介サービスを開始するのも、象徴的な変革です。形骸化した長年のルールから、たとえばコンビニ最大手のセブンイレブンが、効率化の極みとされた“全国統一店舗”から各店オーナーの自主性と現場裁量重視の運営に転換する、というのも、コロナ危機が加速した変容でしょう。
ルルレモン社のハイテク・ミラーによる自宅エクササイズ (Mirror社ホームページより)
海外では、多様な革新が急ピッチで進んでいます。例えば北米のヨガ・エクササイズ企業として著名なルルレモン・アスレティカ社の、Mirror社買収がそのいい例です。ルルレモンの顧客は、ミラー社のデジタル装備の大型鏡を自宅に設置することで、インストラクターの身体の動きを見ながら指導やデータ提供を受け、多様なエクササイズを、自宅でマイペースでやれるようになりました。(画像参照) ウォルマートは食品の冷蔵庫デリバリーを始めました。従業員が、特殊な機器を使う「スマートエントリー」技術で鍵を解除。利用者の留守宅に入り、商品を冷蔵庫の中まで届ける仕組みで、顧客はスマートフォンで配達の様子のチェックもできます。他にも、消費者セントリック視点に立った、簡便で低コスト、楽しみながら実利を得られるといった、新たな価値創造のビジネスが台頭しています。
「ポストコロナ:必要な7つのアクション」
今回は、前回紹介したマッキンゼー社の 「Next Normal:思考から実現へーー何をやめ、何を始め、何を加速するか」 と題した論説、「ポストコロナ:7つのアクション」 を深堀りすることにします。この論説は、全産業をグローバル視点で論じたものですが、これにファッション流通の観点からとらえた私の考えを加えて書きました。“売り上げをどう取り戻す?”、あるいは“顧客/社員に安全な感染対策”など目前の問題の先にある、本質的な課題を見据えて、広く長期的視点からウィズコロナ時代を考えるべし、とのメッセージです。
ネキスト・ノーマルへの7つのアクション:何をやめ、何を始め、何を加速するかビジネスがネキスト・ノーマルに移行する中で、非常対応でうまく機能したことの評価と、新たに注力すべきものとして、次の 「7つの行動」 が挙げられています。1. オフィスが寝場所 から→ 効果的リモートワーク へ2. ライン/サイロ(縦割り組織) から→ ネットワーク/チームワーク へ3. ジャストインタイム から→ JIT&JIC(ジャストインケース) へ4. 短期のマネジメント から→ 長期視点のキャピタリズム へ5. トレードオフ から→ サステイナビリティを包含 へ6. オンライン・コマース から→ コンタクトフリー経済 へ7. 単純な復帰 から→ 復帰 そして 再考/再構想 へ |
1.「オフィスが寝場所」 から→ 「効果的リモートワーク」へ <From ‘sleeping at the office’ to effective remote working>
リモートワークは、自宅用パソコンさえ与えれば、すぐに実現するものと考えてはいけない。働き方、特に、“オフィス(仕事場)が睡眠・食事・リラックスの場を兼ねる” という新たな生き方を、どう組み立てるか。仕事時間と私的生活時間の境界線を明確にせねば、リモートワークの効果は限られ、長続きしない。オフィスを出たら「その日の仕事は終了」というオフィス勤務時代の区切りは重要であった。境界線を明確にする仕組みをつくる。たとえば、「Eメールは、所定時間外は返事しなくてOK」 ルールなど。廊下での立ち話や、電話一本で仕事が片付いた、といった相互アクションは貴重だった。これがないリモートワークでは、例えばコーヒーブレイクの時間を共有する、なども有効。
協働(コラボレーション)、柔軟性、インクルージョン(多様な人の巻き込み)、アカウンタビリティ、など、長年実行が進まなかった課題が、コロナによって大変革するだろう。通勤不要により、体の不自由な人も含め、すべての人が参画できるメリットは大きい。シングル・ペアレントなど、人材を広範囲からの確保が可能になる。
<筆者加筆> 日本でも驚くべき速さでリモートワークが拡大しました。今後についても、「7割以上の企業が今後も継続する」、「週2日はリモートで」、「元へはもどらない(もどさない)」などの調査結果が出ています。
日本の場合は、これまでの時間管理に基づく仕事の仕方から、“ジョブ”型、と言われる働き方への移行が必要になるでしょう。“ジョブ”型とは、職務を明確に規定し(ジョブ・ディスクリプション=職務規定書に基づく)、成果を評価しやすくする制度で、従来型の時間ベースの管理が難しい在宅勤務に適しています。これにより、スタッフが主体性をもって働くという自主管理の仕組みも広がり、管理職の仕事も大きく変化します。必要な管理職、組織の多層構造に大きな変化が起こると思われ、この変化を有効に活用するチャンスが到来しました。
リモートワークとは一言でいえば、「リモートから仕事」、というよりは、「最も人間的で、ストレスが少なく、生産性が上がる働き方」 をどう創るか、という変革です。
2.「ライン/サイロ(縦割り組織)」 から→ 「ネットワーク/チームワーク」へ <From lines and silos to networks and teamwork>
いろいろな部署の会議。2時間かけていたものがキャンセルされたが、各段困ったことは起こらなかった。ミッションと緊急性を明確にし、その問題に関係ある人だけが、縄張り争いでない議論を、役職でなく専門能力をもとに議論する。「総力を挙げて(全力投球)」は長続きしない。うまく作動することを制度化せよ。「より早く、より速く行動し、より確信をもってやるのがベスト」。
アジリティが重要。アジリティとは、「価値創造・価値保全のチャンスに向けて、戦略、構造、プロセス、人、テクノロジーを、速やかに再構成できる能力。アジリティは、データに基づくものでなければ、意味がない。問題解決のベースとなる分析能力の創造と加速が不可欠なのだ。アジャイルな企業の意思決定は、トップダウンのコマンド&コントロールではなく、分散的である。日常的意思決定は、アジャイルなチームに任せて、シニアマネジャーは会社の存続にかかわる意思決定に取り組む。新たな組織のパラダイムは、エンパワメントとスピードだ。特に情報がつぎはぎの時には。
エコシステムとして考えることも重要。別々の単位としてではなく、相互に関係する“生態系”的に考える。供給業者、パートナー、ベンダー、親身な顧客が、協業する方策を探る。特に危機の時は、トランザクションだけでなくトラスト(信頼)に基づく関係性が大事。
<筆者加筆> 日本で一般的な縦割り組織は、大組織とくに官僚機構に目立ちます。今回のコロナ対応で、並立する縦組織間の対立や、対応のちぐはぐさが浮き彫りになりました。<縦割り組織から →ネットワーク/チームワークへ>は、ポストコロナの日本にとって最大の課題といえます。
Zoom会議で私が期せずして体験したことは、画面に映る参加者の顔の画像は皆同じサイズ。声も(大きい人でも)機械が標準化。つまり、平等・並列の仕組みが自ずと出来ているのです。これは絶好のチャンス。「これまで会議では、上司や権力者に配慮して率直な意見が言いにくかったが、リモート会議では臆せず発言できた」という若手の声に、変革と活力を感じました。
3.サプライチェーンは ジャストインタイム から→ JIT & JIC(ジャストインケイス)へ
<From just-in-time to just-in-time and just-in-case supply chains>
サプライチェーンを、個々の部品のコストを基に最適化することはやめよ。主要な原材料の仕入れ元を一社にするのも止めよ。個々のトランザクション・コストより全体の価値最適化(end-to-end value optimization)に努力せよ(失敗で学んだ)。弾力性と復元力、とスピード重視のサプライチェーンの再構築が不可欠。
ファッション業界は、中国集中から他のアジアや中米、東ヨーロッパなどに移行することを考えている。クリティカル部品の製造は、サプライチェーンのローカル化、より協働的な関係を築くことを考えよ。国内生産か海外生産(オフショア)か、を自問するより、「より大きな価値を創造するサプライチェーンを構築できるか?」 を、出発点にする方がよい。答えは多くの場合、マルチ・ショアであることが多い。1つに絞るリスクからの回避もできる。
ネキスト・ショアリングと先端テクノロジーの活用を加速せよ。企業はよりフレキシブルな、そして、ジャストインケース(万一の場合)の対応ができるサプライチェーンの構築に注力すべし。ネキストノーマル時代のネキスト・ショアリングとは、①その商品のローカル需要に対応出来るよう生産が顧客に近いところで行われるのがよいのか、②革新的なサプライ拠点の近隣でテクノロジーの変化に遅れないためになすべきことは何か、を明確にすることである。ネキスト・ショアリングとは、生産がどのように変化しているか(特にデジタル化と自動化)を理解することだ。フレキシブルなロボット活用、3Dプリンター、その他のテクノロジー活用が重要だ。労賃は、多くの場合、小さな要素だ。
<筆者加筆> 日本のファッション業界で変容が不可欠と筆者が考える最大の問題は、サプライチェーンが長いこと、その中に中間業者が多層に介在することです。卸機能が介在する形態は、コスト増の問題以上に、企画・生産・在庫・販売を一元管理できない、スピード対応が出来ない、エンドユーザーに直接つながらない、といった問題があります。米国で近年注目されてきたDTC(Direct to Consumer=メーカー/創り手から消費者へ直結)はまさしくポストコロナ時代のビジネスモデルと言えましょう。
デジタル化も日本の喫緊の課題です。たとえばデザイナーがペン入力でデザインを描くペンタブレットは、世界ではごく当たり前に使われています。またそれを取り込むPLM(Product Lifecycle Management=製品ライフサイクル管理)の活用も拡大しています。製品の設計図や部品表などのデータを、企画段階から廃棄、リサイクルに至る全行程にわたって関係企業で共有することによって、製品開発力の強化や設計作業の効率化、在庫削減やスピードアップを目指す取り組みです。これが、コロナ禍のもと、日本でも加速することを期待します。このシステムが、従来の“順送り”から、フラットで水平的な“同時進行”のシステムであることも、ポストコロナの時代の典型的な仕事の進め方だと考えます。
4.「短期の経営」 から→ 「長期視点のキャピタリズム」へ <From managing for the short term to capitalism for the long term>
四半期ごとの収益予測はやめよ。コロナ感染拡大という予測困難な状況の中で、収益予測を出さない企業も増えたが、これは良いことだ。本質的投資家は、企業を四半期よりはるかに長いスパンで見ており、目先の施策よりはもっと深く収益を見ている。
株主価値を唯一の目標とすることも止めよ。企業には利益を上げるという基本的責任があり、投資リスクを取る株主に報いることは重要である。しかし、価値創造と、従業員・サプライヤー・顧客・債務者・社会・環境の利益になるよう努めることの間には、本質的な対立はない。
リーダー、次期CEO、への照準を開始し、パートナーと共によりよい未来を創る仕事に取りかかれ。CEO継投の平均年数は、10年(1995年)から5年に短縮している。世界のトップ企業のCEOは15年(ハーバードBS調査)で、ボード(取締役会)と密接な関係で危機を乗り越えている。
資源の再配分を加速せよ。経営者は、「柔軟性」 「アジャイル」 「革新的」、という言葉を好んで使うが、実際の予算を見ると、「慣性・惰性」の方が目を引く。先の経済変容での「インフラ」とは、道路やパイプラインだった。民主的社会では、政府が計画を立て安全やその他の規制を確立し、企業が実際の構築をする。今これが2つの分野で必要だ。一つはデジタル・テクノロジーの抵抗不可能な台頭、もう一つは労働市場だ。 McKinseyは2017年に、「2030年には職業の3分の1が自動化される」 とした。よって、ミッド・キャリア人材の職業訓練とより効果的なOJTが必要だ。特に働く人に求められるのは、アジリティ。現在のシステムはそれに向いていないからだ。
<筆者加筆> 日本はこれまで、米国よりも長期的な企業の存続を重視し、そのための人事・労務制度を取ってきました。しかしそれは、保守・安定志向で、大胆な変革を避ける結果になっています。今回のコロナ禍は、日本企業に経営と人材活用の抜本的な変革を迫るものです。さらに、ファッション・流通産業では、目先のトレンドや表層的な価値を追う短期的な収益志向で推移してきた企業が大半と言っても過言ではないでしょう。企業の持続的発展、とくに顧客・消費者に信頼され愛される会社/ブランドになる。そのためには、What(何をやる)、より前に、Why(何のために)、が重要です。パーパス(企業存在の目的、社会における存在意義)と言い換えてもいいでしょう。Why をぶれない理念として持ちながら、時代の変化に柔軟・果敢に対応し、長期に存続する企業が成功する時代になっています。