旭化成FITセミナーの初めの10年、すなわち第I期は、 ファッション・ビジネスの専門分野の基本を、F.I.T.の教科にくわえ、米国の実践事例によって学んだ時期でした。
<第Ⅰ期に開催されたコース>
この第I期(1970年~79年)で取り上げた専門分野は、「デザイン」、「アパレル生産」、「マーチャンダイジング」の基本3分野に加え、「アパレル・マーチャンダイジング」、「テキスタイル・マーチャンダイジング」、「ファッション・コ―ディネーション」、「テキスタイル・スタイリング」、「セールスマンシップ」。さらに、トップ教育をしてほしい、との受講者の要請にこたえて、「トップセミナー」も開催しました(1973年から)。これらのコースは、そのままの形でF.I.T.が実施していたものではなく、カリキュラム開発から講師の発掘まで、F.I.T.の協力を得ながら、新規に企画することになりました。講師も、F.I.T.で正式コースになっていたいた基本講座はF.I.T.教授陣で継続しながら、あらたに業界のエグゼクティブを講師に招くコースを1972年から並行して開催しました。
これらの中から、今振り返って、業界へのインパクトが特に大きかった3コースを紹介しましょう。
<反響が大きかったコース 3事例の紹介>
A) 小売りのマーチャンダイジング=Tea Pot理論
ジョセフ・シーゲル氏(Lane Bryant社 副社長 当時)を講師に迎えた1972年の 「ファッション・マーチャンダイジングとマーケティング」コース(会期3週間)では、マーチャンダイジングのコンセプトを図に描いた、“リテール・マーチャンダイジングのティーポット理論”が大きな感動を巻き起こしました。
「小売りの売り場は、つねに新鮮でエキサイティングにキープせよ。絶えずおいしいお茶を淹れているティーポットであるべし」
とするシーゲル氏の “ティーポット理論”は、次のようなものでした。
(「下の図はシーゲル氏の当時の手元資料。講義ではこれを黒板に書いて説明。日本語訳は、このブログのため尾原が挿入」
“ティーポット”には、まず「商品の仕入れ」として水が入る。それを下から火力(「販売と販促=資金投入」)で沸かす。結果として出る蒸気が「売り上げ」となる。ここで重要になるのは、「最適在庫水準」。「在庫の不足」は売り場の活気をそぐし、欠品にも要注意。だからと言って過剰の在庫は売り場を雑然とさせるし、必要な火力も大きくなり、売れ残り商品(売り場の「ゴミ」=古い茶葉)も早く処分しないと、売り場が汚くなってしまう。、、、といった具合に、マーチャンダイジングの進め方を、各プロセスに分けて、詳細に解説するものでした。(売れ残りについては実際に、ガラスのコップに水を入れて受講者に飲んでもらい、その後、黒板のチョークの粉(ゴミ)を入れて、「こちらも飲んでみて。毒ではないよ。」と云っても、誰も手を出そうとしない、という演技までありました。)
- ティーポット理論を象徴するアイコンのお土産
このコンセプト図は、マーチャンダイジングの素晴らしいアナロジーだと私自身も納得しました。しかしそれ以上に感心したのは、講師が、そのコンセプトのアイコンとして、「根付け風」に仕立てた小さな金属製のティーポット・ストラップを、講義最終日に参加者全員に配ったことでした。
講義の核となるコンセプトを象徴するアイコンを、自ら用意して、お土産として配る! 何という憎い演出でしょう。 私はここでも、アメリカ式の 「顧客(ここでは受講者)重視」のマーケティングの神髄を見る思いがしました。(根付風ストラップは、なんと、東京観光でご案内した浅草仲見世でみつけた、と。閉講式に間に合うよう、早めに発注をされていたことを後日知りました。)
ちなみにこのコースは、高島屋の石原一子氏、海渡の海渡五郎氏などが受講されましたが、ティーポット理論は、受講者以外にも広く浸透しました。
B) アパレル・マーチャンダイジング=キャリア・ウーマンの台頭とコンテンポラリー・ファッションの先がけ
(画像の〇で囲んだポートレートは、左から、シーゲル講師、ゲルファンド講師、ニューマン講師。旭化成FITセミナー20周年記念冊子表紙より)
1974年に開催した「衣服メーカーの」マーチャンダイジング」(会期12日間)では、当時の米国で話題を呼んだ、アパレル企業の女性社長 グロリア・ゲルファンド氏 (Picato社長 当時)が講師でした。大手食品グループのGeneral Millsが、急成長するアパレル分野に参入するため設立したPicato社の社長にとスカウトしたゲルファンド女史。大学で化学を専攻したチャーミングで人懐っこい人物で、キャリアのスタートはファッション・モデルでした。こんな女性が社長に抜擢されるアメリカは、まさしく新時代を切り開いている、と、大いに感動したものです。
講義の主な内容は、ファッション・マーチャンダイジングとは何か、にはじまり、“2次製品メーカー”(アパレルの言葉は当時まだ普及していなかった)のマーチャンダイジング組織や専門職の役割(スタイリスト、デザイナー、ファッション・コーディネーター)、年間カレンダー、マーケティングの重要性など、当時の日本にとっては、目新しいことばかりでした。
当時の米国では、ファッション・サイクルの短縮化と企業規模拡大による変化が起きており、それらのマーチャンダイジングへの影響、消費者ターゲットを明確にする必要性、ベーシック・スタイル対ファッション商品、価格ポイントなどについても詳細な講義がありました。
女性の社会進出も目立っていました。Picato社はその新しい客層に、おしゃれな“Sportswear”(単品コ―ディネートによる活動的ウェア。日本ではタウンカジュアルなどと呼ばれた領域)を提供し注目を浴びていたのです。この流れはその後の、“コンテンポラリー・ファッションの先駆けとして、受講者に強く印象づけられました。
- 女性エグゼクティブの先駆者としての言動
ゲルファンド氏に関して、最も強く私を揺さぶったのは、取締役会デビューのエピソードです。初めて新社長として紹介される日、ゲルファンド氏は、本部から出張してきた会長の訪問を受けていました。会長がリラックスして雑談にまでおよぶ間、ゲルファンド社長は気が気ではなかった。なぜなら彼女は役員会に間に合うよう、同じビル内の美容院に予約を入れていたからです。刻々とせまる役員会の開始時刻。ついに彼女は意を決して宣言しました。「Mr. Chairman. You’ve got a WOMAN President!!」(「会長さん、あなたの新社長は女性なのです!」) そして席を辞し美容院に駆け込んだそうです。 時代を切り開いてゆく、女性エグゼクティブの決死の行動に、大いに共感しました。
ゲルファンド氏の言葉: 「ダイナミックな米国のファッション産業と経営者にとって、正しい道は一つしかないか?」 まとめのメッセージ、「あなた自身を信じなさい」も、意気盛んな受講者には、大きなインパクトを与えました。
C) テキスタイル・スタイリング=感性をシステムに乗せるクリエイティブ活動
「テキスタイル・スタイリング」 コースは、Dan River社 クリエイティブ・ディレクターのエドウィン・ニューマン氏を講師に招きました。1976年開催した1回目の講義中心の講座(会期3日間)を、翌年には7日間の実習コースに拡大。その後も人気コースとして継続して、多くのすぐれた人材を輩出したと自負するコースです。
- “スタイリング”という、未開拓の領域
テキスタイル・スタイリングとは、テキスタイル・デザイン(プリントや編織の柄が中心)とは異なり、生産手法(編・織、染色・加工手法、など)、ビジネス条件(コスト、生産ロットなど)を纏めて、ファッション(流行)の観点から、生地作りを総合的にマネージする専門業務です。ファッションという複合的視点でマネージする仕事ですから、基礎能力の上に実践的で高度なノウハウを必要とします。教育プログラムにくみ上げるにも、適切な教材や優れた指導者が不可欠でした。このコースは、当時のF.I.T.にもありませんでしたが、テキスタイルの歴史と優れた技術を持つ日本の将来には、非常に重要で有効なプログラムだと、私は考えたのです。
- クリエイティブな発想のエグゼクティブとの出会い
講師を探すうちに、幸運にも、ダン・リバーのニューマン氏に出合いました。ダン・リバー社は垂直型テキスタイル・メーカーで、コットン素材を中心に、アパレルとホーム関連(シーツ等)の生地を、先染めやプリント中心に企画・販売しているトップ企業の一つ。氏はそのデザイン室長として、シーズン・カラーの設定から最終生地の完成までをディレクトしていました。
「この人は、すごい!」と感服したのは、デザインの現場での氏のスタッフを啓発する指導力でした。また100人近いテキスタイル・デザイナーの仕事をコ―ディネートする手法として彼が実践している手法にも感動しました。例えば、異なるファブリックの色をコ―ディネートする仕事では、デザイナーたちが個々に気に入った色彩群を選択するのではなく、あらかじめ使用できる色を絞り込んでおく、というシステム化です。彼は毎シーズン、ダン・リバーとしての“トレンド・カラー”(100色余)を設定し、デザイナー達が使えるのは、それらの色に合わせて調合された “絵具”、または、そのトレンド色に染めた“試織用糸”だけ、というルールを実施していました。これは当時日本でも困っていた問題、すなわち個々のデザイナーが自分の好みの色でプリント柄やチェック柄をデザインする、それをデザインが出来上がった後でカラー・コ―ディネートする、のが難しいという、難題を解消していたのです。
- テキスタイル・スタイリングの7ステップ
スタイリングの実習コースは、カリキュラムの開発からはじまりました。1年目のレクチャー講義をもとに、それにどのような実習を加えれば、スタイリングの最前線が学べるか? これには筆者だけでなく、ニューマン氏も大いにエキサイトされ、ニューヨークでの打ち合わせはトントン拍子に進みました。企画の主なポイントは:
■テキスタイル・スタイリングのプロセスを 7 ステップに分ける:具体的には、
Step 1 情報の収集(市場、消費者、社会経済環境など
Step 2 ファッション傾向のまとめと提示
Step 3 カラーの選択(カラー・ストーリーの作成)
Step 4 商品ラインとコンセプトの準備(テーマも)
Step 5 コンセプトの展開=試作・検討(製品化への)
Step 6 商品ラインの絞り込み、編集
Step 7 最終ラインのプレゼン(全受講者に対して
■ 実習に必要なカラーチップの準備 (色生地、色糸のサンプル帳、パントン・カラー等)
■ 各自が企画を立てる材料としての多種多様な生地 (生地問屋やメーカーに協力いただいた生地サンプルを段ボール30箱以上用意)
(テキスタイル・スタイリングの実習でのプレゼンテーション。右端がニューマン氏)
- 「自分で考えさせる」手法の徹底
受講者は多種多様でした。ベテランのテキスタイル・デザイナーや生地問屋の企画者は勿論ですが、合繊メーカー(旭化成以外)の営業課長も、産地の生地メーカーの経営者も参加されていました。つまりファッションやデザインの知見も体験も千差万別。それでもニューマン氏の指導は、「まず、やってみなさい」でした。そして各人の作業状況を見ながら、初心者には「なかなかいいね」と激励を、ベテランには、よくできている仕事でも、「もうひとつだね。もっといいものが出来るのでは?」と突き放しながら、考えるヒントを与える、といった具合でした。
この教え方を、「もう少し親切に、やり方を教えてくれるといいのに」と見ていた私でしたが、「500円づつ与えて、カラー・ストーリー事例を街で探す、午後半日のリサ―チ」プロジェクトの結果に、仰天しました。カラー・ストーリーは “エモーション”、どんな感情を引き出すか、だとするニューマン氏は、エモーションの源泉を見つけに受講者を教室から街に出したのです。驚いたことに、カラーについては全くの素人と思われた受講者までもが、例えば、ピンクや白やミント(薄緑)のパステルカラーのハッカのキャンディーが詰まった袋を購入して、“ベビーを見つけた”、といった素晴らしい報告をしました。皆、非常に苦労したようでしたが、「あれ以来、見るものすべてが“カラー・ストーリー”に見えます」と言った受講生に、感服。「まず、やらせてみる」、に納得でした。
- 「テキスタイル・スタイリング」は、I.T.の正式講座に
実はこのコースについては、F.I.T.からチェックが入りました。コースが非常に好評だったと聞いたF.I.T.のマービン・フェルドマン学長からで、「ヨーコ、あなたはF.I.T.にないコースを 『FITセミナー』 と称してやっているそうじゃないか」と。ユーモアたっぷりのクレームでしたが、私は弁明に努めました。ところが何と翌年から、F.I.T.本校で、このコースが正式に講座になったのです。それも、ニューマン氏が担当教師で。
FITセミナー第I期で、「テキスタイル・スタイリング実習コースほど感銘を受けたコースはなかった」と、私自身が繊研新聞のコラム、「FBへの提案」で書いた達成感を、いまあらためて思い出しています。
(第5回に続く)


