【ファッション・ビジネス回顧録】  ― 日本のファッション・ビジネスの  誕生・発展 と 旭化成FITセミナー   <第1回> FIT留学と「実学」体験

「ファッション・ビジネス回顧録」をまとめたいと思ったきっかけは、FIT(筆者の留学先=ニューヨーク州立Fashion Institute of Technology)で、同校資料センターのアーカイブに、「日本のファッション・ビジネスの母が語る回顧録」として私のインタビューが収録されたことでした。想像だにしなかった米国の評価に、感動すると同時に、日本でも「ファッション・ビジネス回顧録」を纏めておく役割があると感じたからです。

“ファッション・ビジネス”という言葉が、日本語として生まれたのは、1968年です。それは、当時の米国で「ファッション・ビジネスのバイブル」と言われていた本、“Inside the Fashion Business”(ジャネット・A・ジャーナウ/ベアトリース・ジュデール共著)を、筆者が翻訳し、旭化成が「カシミロン販売10周年記念」事業の一環として出版した、『ファッション・ビジネスの世界』(東洋経済新報社 1968年)によるものでした。Fashion Businessという、当時の日本語にはなかった英語を、何と翻訳するかで、3時間半もの議論が必要だったことは先回ご紹介しました。   

原著 “Inside the fashion Business”

訳書 『ファッション・ビジネスの世界』

 

 

 

 

 

 

 

その本は大きな反響を呼び、業界の要請にこたえて旭化成FITセミナーが1970年にスタート。28年間の長きにわたって毎年継続開催され、世界の先端を行く米国を中心に ファッション産業の仕組みやノウハウ、専門職能などが日本に紹介される結果になりました。さらに、日本にFITのような「実学」、つまり、真に産業志向の教育機関を設立すべし、という運動にも発展し、10周年の1979年にまとめられた「旭化成FITセミナー白書――真の産業教育を目指して」の提言は、その後1992年の (財団法人)ファッション産業育成機構 の創設と IFIビジネススクールの理念の基本となりました。
旭化成FITセミナーは、28年間続いた歴史を1997年に閉じました。IFIビジネススクールが遂に1998年に正式開校の運びになったことが最大の理由ですが、同時に、ファッション産業の構造的あるいは物理的変革はほぼ出尽くし、ITやデジタル技術がビジネスを変容させてゆくステージに入り始めたからでもあります。
1966年のFIT留学から、1997年のFITセミナー終了まで(さらにIFIビジネススクール学長時代も)一貫してファッション・ビジネスを学び、考え、教育のためのカリキュラム企画・構築や招聘講師の選択、セミナーの運営に携わってきた筆者が見た、あるいは体験したファッション・ビジネスの変革、言い換えれば 「時代を画した」イベントや講義を振り返ってみましょう。それにより、FITセミナーが日本のファッション・ビジネスの土台を構築していった歴史を確認していただけると思います。

<FIT(ニューヨーク州立Fashion Institute of Technology)留学>

1966年、フルブライトの奨学生として尾原蓉子がFITに留学した目的は、当時米国で注目されていた ビジネス手法の「ファッション・マーチャンダイジング」を学ぶことでした。
1962年に私が入社した当時の旭化成は、自社技術で開発したアクリル繊維のカシミロンを、おしゃれなニット製品として開発販売すべく苦労を重ねていました。その製品や糸や生地の開発担当要員として、大学卒女子の正規採用は大手メーカーでは皆無の時代でしたが、ただ一人採用されたのです。流行の予測や衣料品の消費性能について学びながら、デザイナーと技術陣と営業マンという3分野の意向を取りまとめて新製品を開発するという、正に手探りの仕事でした。「誰も教えられる人はいない。お金はいくら使ってもいいから、自分で勉強してくれ」 と言われて、高価な業界専門誌や情報を海外から取り寄せていた中で、胸が躍ったのが、「ファッション・マーチャンダイジング」だったのです。
そこで留学を願い出たのですが、「そのうち留学させるから、当面は開発に専念してほしい」といわれて、独自にフルブライト留学に応募しました。しかし筆記試験はクリアしたのですが、面接では大きな壁にぶつかりました。面接官いわく:「マーチャンダイジングとは一体何か?」、「ファッション工科大学(FIT)など、聞いたことがない」、「マーケティングの修士課程の枠で応募しているのに、この大学の学位は経営学修士(MBA)ではない」、などなど。 私は、マーチャンダイジングとは何か、ファッション・マーチャンダイジングを大卒レベルで教える教育機関は米国広しといえどもFITしかない、と必死に説明しましたが、3人の日本人面接官は頭を振るばかり。ただ有難いことに米国人らしい一人の面接官が、「彼女は新しい専門領域を学びたがっている。それを教える大学がFITしかないのなら、行かせてやったらよいではないか」と援護射撃をくれたのです。それでも「落ちた」と諦めていた私は、合格通知に飛び上がったことは言うまでもありません。

<当時の既製服の状況>

ちなみに“おしゃれな既製服”は、当時の日本では一般的ではなく、専門店もまだ少数。百貨店での婦人既製服のサイズ展開も、大手3社が1964年に 5・7・9号に統一したばかりで商品は限られていました。おしゃれな服は、百貨店などのイージーオーダー(生地売り場でファブリックを選び、マネキンに着せたデザイン見本から好みの服を選んで仕立ててもらう)か、家庭縫製、あるいは仕立て屋さんに作ってもらう時代でした。当時、既製服に先立ってニット製品(セーターやニットスーツ)の人気が急上昇していたのは、伸び縮みするニットはサイズの問題が既製服ほど厳密でなくてもよかったからです。
実は私は、FIT留学の11年前、1955年に、AFS(American Field Service)の高校交換学生として、米国ミネソタ州のマンケイト・ハイスクールに留学したのですが、渡航した氷川丸の甲板で撮った興味深い写真があります。(画像参照)

日本で仕立てたドレス(1955年出発時)と米国の既製服(1956年帰国時)

左の、横浜港出港の時に着ている服は、名古屋から京都までわざわざ出かけて手に入れた生地を、海外雑誌を参考に流行のパニエ入りのスタイルで、何度も仮縫いをして仕立ててもらったものでした。これに対して右側の写真は、1年の留学の終わりに、ロサンゼルスで たまたま立ち寄った百貨店で “留学記念に”と買ったものです。小柄な私にサイズ5でぴったり、きれいなレースの細かいフリルがいっぱいついたオシャレなもの、そして何と30ドルの値札がセールで10ドルになっていました。この時点(1956年)ですでに、米国のファッション・ビジネスは、かなり発展した段階にあったことが分かります。           (第2回 に続く)

米国ファッション工科大学(FIT)の図書館に、尾原の回顧録が収録されました

8月、特に2025年の今年は第二次大戦・太平洋戦争の終戦80周年を迎え、改めて日本の敗戦と世界大戦の重み、そしてその後の変容を深く考える時です。

今年は私個人にとっても記念すべき年です。というのも、初めて米国に高校2年生で留学してから丁度70年。そしてまた、今年4月に、ニューヨーク州立ファッション工科大学(略称のFIT)の記念イベントの一環として、 “日本のファッション・ビジネスの誕生と発展”についてニューヨークで講演したり、FITの資料センター(図書館やファッション博物館)のアーカイブに、尾原の回顧録として“米国に学んだ日本のファッション・ビジネス物語”」が単独インタビュー(いわゆるOral History)としてビデオ収録される、という名誉を頂くことになったからです。英語でのインタビューは、「日本のファッション・ビジネスの母」と紹介されました.(画像はFITでの講演で、ジョイス・ブラウン学長と)

インタビューで驚き感激したのは、『ファッション・ビジネスの世界』の著者のジャネット・ジャーナウ教授の言葉として司会者(インタビューアー)が紹介した内容でした。曰く、「ヨーコは、FIT卒業生の中で、最も成功した卒業生だろう。なぜなら彼女は、デザイナーで有名になったのでも、会社を設立したのでもなく、大手企業のトップになったわけでもない。しかし彼女は、“ファッションという産業を構築したのだから。」 FITが卒業生を、個人の名声だけではなく、“産業を構築した”といった視点とスケールで評価することに、大いに感動しました。(もちろん、それは私一人の力ではなく、旭化成やFITセミナーで熱心に学ばれた業界リーダーの力によって達成出来たものですが、、、)(下記画像はFITアーカイブ収録のビデオ・インタビュー。提供:FIT/ Gladys Marcus Library)

インタビューは、この言葉をきっかけに、フルブライト奨学生としての尾原のFIT留学や、同校のFMM(ファッション・マーチャンダイジング/マーケティング)コースでの刺激的学び、日本にファッション産業(特にアパレル/小売り業界)の最先端を日本に紹介したいとの想い、『ファッション・ビジネスの世界』の翻訳出版、そして28年間にわたって続いた業界向け教育プログラムの「旭化成FITセミナー」の企画エピソード、さらには160余名の来日講師(米国のみならずヨーロッパからの)、、、などについて展開しました。   (画像は、『ファッション・ビジネスの世界』1968年初版と旭化成FITセミナーのパンフレット)

日本におけるファッション・ビジネスは、振り返れば原著タイトル “Inside the Fashion Business” の Fashion Businessを何という日本語にするかで出版社(東洋経済新報社)との3時間半の激論の末、「これ、日本語にしてしまいましょう」との編集長のリードで1968年にスタートしました。そして、1970年代のアパレル企業の目覚ましい成長(1973年に起きた石油ショックにさえも、日本のアパレルは殆ど影響を受けず2桁成長を続けた)、さらにその後の多様な変革と発展を経て、今日にいたっています。

今、その産業は、アパレルあるいはファッションに関しては、かなり厳しいものになって来ています。しかしそれとて、経済成長とともに人々の生活が豊かになり、価値観の変化・多様化という進化が起こった結果である事は、「マズローの欲求5段階説」を引くまでもなく、周知の事実です。“有名ブランド”に付いていたプレミアム価値の多くは剥げ落ちて、今や、580円の「冷感  T シャツ」が大ヒットする時代になっているのです。

テクノロジーの進展、具体的には、コンピュータやインターネット、スマートフォーンの普及、デジタル化やSNSの拡大も、ビジネスを大きく変えました。商品の作り手、売り手は、かつての素材メーカーやアパレルメーカーばかりでなく、消費者にも広がって CtoC となり、さらに受け手である消費者は、BtoMe、あるいは、CtoMe,つまり一般的に言う「個人」から「Me=私」になってきているのです。 

そんなことから、今年は、“ファッション・ビジネスの回顧”  あるいは “キャリアの整理” のつもりで私が体験したファッション・ビジネスの変容をまとめたいと考えています。  ( → 次回から「日本のファッション・ビジネス回顧録」のシリーズを書く予定です)

「変化の波に乗る」 2025年 NRF    (米国小売業大会)リポート

2025年の幕が開き、米国トランプ大統領が次々に打ち出す施策に驚き、あるいは翻弄され、予想される世界情勢の劇的変化と大きな不安が拡大したこの2か月、あっという間に時が過ぎました。小売業も更なる変容が続くことでしょう。

2月28日に日本専門店協会の「新春講演会」で2025年NR大会と米国小売業の現況/注目点について講演しました。そのNRF関連部分をご紹介します。

恒例のNRF Big Showは、1月12日~14日にニューヨークで開催されました。世界最大の小売業コンベンションとして115回目となる今年も、世界105国以上から約4万人(参加企業/ブランド6200社超)が集まり、最新テクノロジーの展示や170を超えるセミナー(登壇講師450人以上)で学びや体験を深めました。私は今年もリアル参加はできませんでしたが、この大会が年々発展していることを頼もしく思います。NRF大会会場 NRF提供

今年のNRF大会から学べることを、現地友人の専門家やリサーチャー、NRFなど各種の報道を通じて得た知識や情報から私の知見としてまとめました。

(画像はNRF大会風景 NRF提供)

大会のテーマは、「Riding the Wave of Change=変化の波に乗る!」

激動する世界情勢、トランプ新政権で予想される関税問題など色々な不安要素、生活に不満を抱く消費者の意識と行動、そして何よりも、猛烈なスピードで進展するAIテクノロジーが、今年を“いつもとは全く違う年”にすると思われます。変化はチャンス! その変化の波に乗れ! Game Changerになれ!がメッセージです。

 「AIはバズワードからリアル実装へ」、「反動としてヒューマン・コンタクトが重要に」

AI が中心に躍り出た大会、と言われる今年のNRFは、「AI」 の言葉の頻出で前例のない年でした。またその反動として、AI(人工知能)ではなく「人間」(ヒューマン)、つまり人の心や感覚が重要になり、あらためてリアル店舗の重要性が、各所で強調されました。例年以上に有名企業/ブランド、それもCEO登壇のセミナーが多かった今回でしたが、際立ったメッセージが少なかったのは、各社が各様に、自社の存続・発展を狙ったロイヤル顧客づくり、強固なブランド構築に、それぞれの戦略を地道に展開しているからだと考えます。またトランプ新政権が、DE&I(多様性・公平性・包摂性)や女性活躍などの社会問題に否定的であることに配慮し、時代を画する象徴的なトピックを打ち出さなくなっていることも無視できません。

 「NRF 2025小売りトレンド」はなんと25項目

NRFは、「“予測”はますます困難になった」と、今年は例年の7~8項目に絞り込むことをやめ、多様な専門家の考えをまとめた形で、25トレンドを挙げています。ビジネスの多様化で、課題も解決策も様々な中、苦肉の策の感じです。

そのなかで私が注目したものは下記です。

◆ライブショッピングは2025年に火がつく、◆実店舗は生まれ変わる、◆デジタル・ネイティブ世代はブランドとマーケターに挑戦し続ける、◆広告への不信感拡大、◆マーケティング業務は今後数ヶ月で厳しくなる、◆ソーシャルコマース繁栄の年、◆キャッシュレス決済は変曲点、◆循環型社会が小売業の未来、◆サイバーセキュリティ(透明性、安全性、プライバシー第一)戦略は消費者の信頼維持の鍵。

 NRF 2025から学ぶべきものとして、私が重視したい6点

1.AI の躍進: バズワードから実装へ

2.AI 拡大の反動として、ヒューマン(人間)が重要に

3.コミュニティ作りの重要性

4.パーソナル化でロイヤル顧客づくりとブランド構築

5.サステイナビリティは サーキュラー(循環型)志向に

6.リアル店舗で顧客とつながるスロー・リテールを

今回は、これらのトレンドを代表する2つの基調講演、「リアル世界のAI」 と 「レント・ザ・ランウェイ」について書くことにします。

 1.冒頭の基調講演: 「小売りのゲーム・チェンジャー」 ――エヌビディア社とウォルマート社

2024年に、生成AI/チャットGPTが自然言語による文章や画像作成で急拡大したAIは、2025年 さらに大きく発展を続け、各種テクノロジーの統合的活用による成果が拡大します。

テーマ、「リアル世界のAI: あなたをより賢く、より生産的にしたいと待機しています」 のもとに、トップバッターとして登壇したのは、ウォルマートUS社のジョン・ファーナーCEO(現NRF会長)と、エヌビディア社 小売り部門担当バイス・プレジデント、アジタ・マーティン氏でした。エヌビディア社は言うまでもなく、米国の大手半導体メーカーで人工知能コンピューティングの世界をリードしている会社です。

基調講演:ウォルマート社ファーナーCEOとエヌビディア社マーティンVP (画像はNRF)

マーティン氏は、最近発表したエヌビディア社の新技術、“MEGA” や “AIエージェント”、“フィジカル(物理)AI ”等について熱っぽく語りました。 「AIは本物です。どこから手をつけるべきか迷うかもしれませんが、ともかく始めましょう。それにはトップのバックアップが不可欠。トップはAIを信じる必要があります。」と自信を見せました。

“MEGA”とは、デジタルツイン(現実世界から収集したデータを基に、仮想空間上に現実世界を再現する技術)を構築できる新しいBlue Printの一つで、倉庫や産業用工場でのロボット群団の大規模なテストを、実世界の施設への導入前に、可能にするものです。“AIエージェント”とは、人工知能(AI )を活用して人間の介入無しに自律的にタスクを実行するプログラムやシステムのこと。“物理AI ”とは、現実世界の物理的な法則や環境(重量や奥行き)を理解し、それに基づいて自律的に判断・行動できるAIシステムを言います。コンピュータ・ビジョンと物理AIモデルの統合が小売りの現場で果たす役割にも期待が集まります。

 ロウズ社(大手ホームセンター・チェーン)の活用事例

ロウズ社は、1,700店舗のデジタルツインを作成し、1日に数回、運用データと在庫データを更新しているとマーティン氏は言います。「その結果、さまざまなレイアウトをシミュレートし、顧客の店舗での買い物方法を、レイアウトの変更や最終的売上と収益の向上を目指して実際に最適化します」。同社は現在、マーチャンダイジング最適化のため、プラノグラム(棚割図)を使用した3Dデジタルツインを試みているとのこと。

ロウズ社では、店舗のコンピュータ・ビジョンとAI の連携により、品べりを削減したり、支援が必要な顧客に店舗スタッフをリアルタイムで配置することもできます。「コンピュータ・ビジョンが助けを要する顧客を見つけ出し、従業員に(個人の)Zebraデバイスで警告する」。このデバイスには、顧客の質問に答えるために使用できる生成AI (GenAI) チャットボットも組み込まれているとのこと。「私たちはアソシエイトに超能力を与えています。誰もが専門家になるのです」。

 Walmartが進めるAI活用  

ウォルマートのファーナー氏は、NVIDIA のデータサイエンス・アクセラレーション・ライブラリとも連携して、予測に注力していると述べました。AI導入により予測精度が向上し在庫管理を最適化。「1%の予測精度アップが巨大な利益もたらす」と。在庫管理・在庫配分では、過去の販売データや天候、イベント、トレンドなどの外部要因を分析し、適切な在庫レベルを算出。在庫過多や欠品を防ぎ、コスト削減と売上最大化の両方を実現。在庫切れが30%削減できたと報告しています。

AI支援のパーソナル化による顧客体験の向上でも成果が上がっており、顧客データ分析がAIで進化したことにより、購買履歴や行動データに基づき最適商品をレコメンド、コンバージョン率向上につながっているとのこと。

ファーナー氏は、サプライチェーンにおける人工知能の有効性を強調しましたが、マーティン氏もこれに共鳴、「サプライチェーンは、AI活用で最も成果が得られる分野」 と二人が興奮していた、とあるメディアは伝えています。店舗や配送センターの物理的に正確なデジタルツインを作成する機能により、多様なレイアウトのシミュレーションが可能なり、設備投資の前に人や物がどのように相互作用するかを観察することができるからです。

 AIが、顧客体験、従業員のパワーアップ、効率向上を向上させることを立証

昨年のホリディ・シーズンが、AIの有効性を立証した、とアドビ・アナレティックスは分析しています。アドビによれば、生成AIチャットボットから小売サイトへのトラフィックが、2024年ホリディは前年と比較して1,300% 増加、サイバーマンデーでは1,950% 増加したといいます。同社の調査では、生成AIをショッピングに使用したことがある回答者の70% が、生成AIによって買い物体験が向上すると考えています。

NRF 2025 の注目テクノロジーは AI 中心でしたが、ローテクエンドにあるRFIDも重要だという認識が高まっています。「現在RFIDを活用する小売業者は15% だが、これは急速に変化し、5年以内にRFIDを使わない企業のほうが15% になる」 との予測があります。(SMLのRFIDソリューション担当プレジデントDean Frew氏)。 RFIDが、単なる在庫の可視化にとどまらず、返品処理、クリック&コレクトの推進、品べり削減などで、小売業者を支援するようになっています。

2.基調講演 「ファッションの未来:Rent the Runwayのイノベーションとインパクト」

ファッションのレンタルビジネス 「レント・ザ・ランウェイ」を創業したジェニファー・ハイマンCEOが登壇したこのセッションは、今年のNRF大会のハイライトの一つといえると思います。(右下画像はハイマンCEO NRF提供)レント・ザ・ランウェイ創業者ハイマンCEO

「レント・ザ・ランウェイ」は、リーマンショックの翌年2009年に登場した多くのディスラプター(市場原理を覆す破壊的イノベーター)の中でも、脚光を浴びた新興企業でした。しかし、“レンタル”の新しい概念の浸透や最適なビジネスモデルの模索、またコロナ禍でのイベント激減や衛生面の懸念などで苦戦し、20年8月にはニューヨーク旗艦店を含めた全店を閉店した経緯があります。待望のIPO(ナスダック上場)を実現(2021年)した後、しばらくして業績は回復しはじめ、昨年の最終赤字は「前年の3200万ドルから1900万ドルに減った」 とのこと。そんな状況にありながらもハイマン氏が注目されるのは、ハーバード・ビジネススクール在学中の女性の起業、ユニークなコンセプトで巨額資金を獲得、ITシステムの効果的活用、米国最大のクリーニング工場設置、SNS活用のマーケティングなど、ダイナミックなアントレプレナー経営者としての行動が注目されるからでしょう。

「レント・ザ・ランウェイ」は、実は筆者が2016年に上梓した 『Fashion Business想像する未来』(繊研新聞社)、“ファッション・ビジネスに破壊的革新を起こさねば未来はない” を訴えた著書でも注目し、冒頭の第1章を「革新的モデル レント・ザ・ランウェイ」 にあてています。 

ユニークなビジネスモデル=ファッション・ビジネスをディスラプトする

「Rent the Runway」 起業のきっかけは、ハイマン氏の妹が、「友人の結婚式に着る服がない」とタンスは服で満杯なのに2000ドルのドレスを購入してクレジットカード支払いに苦労していたことでした。“図書館のように必要に応じて借り出して使用する 公共財”のようにすれば、個人の支出だけでなく環境保護にも大いに貢献する、がコンセプトになりました。そこで相棒(共同創業者)と リサ―チを重ね、ラグジュアリー・ファッション(オケージョン用ドレスやアクセサリー類)のレンタルをサブスクリプション方式(定額課金)でスタートさせました。

当初のモデルは、「4日間(移動日を含む)」を1単位とするレンタル・パターンでしたが、現在では、レンタル、キープ、購入、再販、など多様な展開となり、会費も「クローゼット限定アクセス」では月々$94で5点(月1回出荷、1度に5点)、「フルアクセス」では、月 $119(初回月 $95)で5点(月1回出荷、1度に5点)、あるいは月 $144(初回月 $99)で10点(月2回出荷、1度に5点) 等となっています。送料・クリーニングともに無料、個人スタイリストもつきます。

レント・ザ・ランウェイの商品:カジュアルからオフィスからオケージョンまで(画像は筆者あての同社メルマガより)

コミュニティの重視も同社のユニークなアプローチです。レンタルした服でパーティなどを楽しむ自分の写真をSNSでアップする、は当初から人気があり、「同じ服でもこんなに違うイメージに」と私も驚きましたが、これは現在でも続いており、「着たことのないブランド」を試した客の90%がSNSに参加していると聞きます。

レント・ザ・ランウェイのコミュニティ。同社ホームページより

 ファッションは変化し、ラグジュアリーに対する消費者の見方も変わった

ファッション、ラグジュアリー、の意味合いは、特にリーマンショック以降 大きく変化しており、これをしっかりとらえた同社の戦略やマーケティングから多くを学ぶことが出来ます。

◆消費者は多様性とユニークなスタイルを求めている。◆ファストファッションの品質が上がり、ラグジュアリー商品の品質は逆に下がっている。にもかかわらずラグジュアリーが高騰している。◆顧客はブランドよりコスト効率を重視、◆ラグジュアリーライフは質的に変化し、アパレルなどから旅行/バケーション、ビューティ、ウェルビーイング重視へ移行。◆スノッブだった富裕顧客は賢くなり、ラグジュアリー・グッズ一辺倒の生活を卒業した、など。この中でブランドとして生き残るためには 「ターゲット顧客を明確にし、一貫したブランド・イメージを打ち出すこと」、「自分の意志を強く持った顧客、あるいは美意識を強くもつ顧客をつかむことが不可欠」、「それにはSNS(主要チャネルはTikTok)やインフルエンサーも重要」とハイマン氏。

「私たちは1兆ドルのファッション産業を破壊し、無限のデザイナースタイル満載の夢のクローゼット(クラウド(雲)・クローゼット)からレンタル、着用、返却 (またはキープ)することで、女性の服装を永遠に変えました。」と言い切る氏は、ミッション・ステイトメントで 「私たちの使命は、女性をパワーアップし、毎日を最高の気分で過ごせるようにすること」と述べています。

さらに「服以上のものを共有するコミュニティ」を重視し、「服からインスピレーション、アイデアまで、あらゆるものを交換するコミュニティです。自分が最高の気分になれるものを身に着けることができれば、最高の自分になれるのです」。

未来について、「私たちは循環型経済の出発点となるためにビジョンを広げており、その道は まだ始まったばかりで。ぜひ参加してください。」というハイマンCEOの心意気は、社会変革を実践する “ゲーム・チェンジャー”のものと、大いに感銘を受けました。

                                                                                                     END